一下級将校が見た帝国陸軍 |
大学卒業後、急ごしらえの下級将校として太平洋戦争末期のフィリピンで戦った著者が、動員から敗戦後までの体験から旧日本陸軍の構造を批判した本。
作者は少尉だった。砲兵の小隊を任されていた。私が意外に思ったのは、小隊ごときに将校がつくということだった。歩兵は10人で小隊なのかとばかり思っていた。調べてみたら、歩兵は大体30〜40人で小隊なのだそうだ。下士官の中で一番低い伍長は5人の長、さらに上には軍曹、曹長とあり、その上にようやく准尉、少尉、と続く。イラクで拘束されたという元フランス外人部隊の日本人は上級特務曹長だったというが、将校(士官)手前のギリギリの階級なのだろう。現在の日本の自衛隊は、非常時は国民を徴用して10倍に膨れ上がるようになっているらしく、自衛官全員が下士官以上となって軍隊を構成するのだという。ちなみに空軍の場合は戦闘機一機が小隊扱いで、パイロットは全員士官だ。一機数十億するだけある。
大戦時は下級将校の消耗率が群を抜いて高かったらしい。というのは、現場の指揮官を狙撃するというのがどの戦いでも有効だったからである。そうなると職業軍人だけでは足りなくなる。その結果、作者のような大学を出たばかりの厭世的な人間も将校に駆り立てられたのだ。なんでも手続きのときに幹部候補を希望するかどうかを書く欄があり、作者にはまったくその気がなかったのだが、現場にいたやたら居丈高な男(平時はおとなしいサラリーマンだったらしい)に言われるがままに書き入れ、選考ののち幹部候補となったのだそうだ。選考に通った理由はほぼ学歴だったらしい。軍隊は学歴を嫌う反面依存もするという妙な背反があったとのこと。
それからというもの、砲兵連隊を抱える施設で厳しい訓練を受ける日々を送り、軍隊の洗礼を受けることとなった。
書いているとキリがないので要点だけにするが、作者は旧軍の場当たりな教育訓練をこき下ろしている。作者は砲兵部隊の士官としての教育を受けたわけだが、当時受けた教育はカイゼル時代のドイツ軍の砲術そのままだったと言っている。砲術というと、織田信長が武田勝頼を破った長篠の戦で信長がとった火縄銃の三連射ぐらいしか思いつかない人が多いと思う。もともとコンピュータは大砲の弾道計算をするために作られただけあって、砲術というものは測量と計算の塊らしい。ドイツ軍がロシアを散々に打ち破った砲術も当時としては革新的だったが、大戦当時のしかもジャングルの中での戦いからすれば時代遅れだったと言っている。
そして作者がことさらに書き立てるのは、戦術面の時代遅れよりも、旧日本陸軍の精神構造のほうである。批判先行で事実描写があとにきていることが多く、最初何のことを言っているのか分からないことがたびたびあった。よほど作者は腹に据えかねていたのだろう。とにかく熱い想いが伝わってくる本である。原因があってこの結果なのだという順序で書きたかったのだろうが、まず事実描写から入ってほしかった。さらに、時制を入れ替えているところがいくつもあり、どこからどこまでが回想でどの時点が現在なのかが分かりにくく、混乱させられた。
作者が語る旧軍の劣悪さの中で、私の印象に残ったものをいくつか選んでみよう。
まず内地(本土)からフィリピンへの輸送船の人口密度がすごい。畳二畳分のスペースにひざを抱えた男が10人、それが三段重ねの棚になっていたのだそうだ。想像するだに恐ろしい。今の中国人の密航船を笑えない。これがたった60年前の日本政府によって国家的に行われていたというのだ。
本来馬六頭立てで牽引する大砲を、人間が引いて延々と進軍することがあったそうだ。大砲は300キロほどもあり、車輪がついているとはいえ、舗装された道路を行くとは限らない。砲兵は休憩時間に死んだように休みを取っていたのだそうだ。そんな大砲を運んで、上層部の指示で転進転進また転進させられる。一箇所でふんばって戦ったほうがまだ良かったのに、移動につぐ移動で自滅していったと書いている。砲兵士官は大砲をなくすと切腹だ。それでもリベラルな作者は、自分の部隊がこのままでは身動きが取れなくなるという状況になり、最終的に自分の管理する大砲を5門も破壊したそうだ。戦後になってから、そんな人がいまになってこういう本を書けるようになったとは世の中変わったものだと、半ば非難も受けたらしい。
員数主義がすべてだったのだそうだ。員数主義とは、一言でいえば、数さえ合えばオッケイという考え方だ。部隊から備品がなくなったら、よその部隊から盗んでくることになっていたらしい。作戦や命令や報告でもそうだった。数が一致していれば中身は問わない。読んでいて空恐ろしくなった。バレたら厳罰だが、職務上のこととして、蔑まされることはなかった。仕事のためなら法律を破ってもやりとおせということだ。
事大主義という言葉の意味を私は勘違いしていた。強い者にへつらうこと、というのが第一義なのだそうだ。どうでもいいことをおおげさに扱うという私が勘違いしていた意味も一応あるらしい。それはいいとして、強い者には従うべしという風潮が旧陸軍に蔓延していたことを恨みがましいタッチでネチネチと書いている。
最初に書いたように、もっと事実は事実として、情念は情念として書き分けてくれていれば、もっとすっきりとした分かりやすい文章になったと思うのだが、この二つがドロドロとまざっていることにより、作者が悪夢の中を泳いできた臨場感みたいなものがある。熱帯のジャングルの中を、汗まみれになって行軍する場面が、赤黒いモヤのかかった回想シーンとして、低いトーンのナレーション付きで語られているような、そんな感じがする。
作者は本職の通訳ではなかったが、多少英語ができたようで、通訳のようなこともやったのだそうだ。終戦後に収容所に入れられたときに、アメリカ兵の間で日本人捕虜の中から芸術家を見つけて美術品を作らせることが流行ったとある。作者は米兵の勘違いでなぜか芸術家として遇され、宝石箱を彫って多少良い待遇を得られたそうだ。現代の平和日本もいつ崩れるか分からないので、いまのうちから英語いや中国語あたりを勉強しておくと良いかもしれない。と弱気なことを言ってみる。あるいは技術者が優遇されたり。
私がこの本を読んで本当に驚愕したのは、現代日本のメンタリティは大戦当時からほとんど変わっていないのではないかということだ。作者は旧陸軍の実態を日本人の民族性と結びつけて批判しており、日本人の悪い面が旧軍で顕在したのだと説明している。しかしあくまで、旧軍という特殊なものがあったからこそ表に出たのだという姿勢であるかのようだ。さすがに現代日本でここまで顕在することはあまりないと思うが、私の所属する企業社会や、週刊誌のゴシップ記事に見られる芸能界や政界やその他もろもろに見え隠れしている。
情念先行なところが唯一難点だが、作者の分析は鋭く、戦場のみならず日本人というものをえぐりだしている。凡百の日本人論を吹き飛ばすほどの威力がある。日本人を知る上で不可欠な本の一つだと私は断言する。
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