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マリア様がみてる 「薔薇のミルフィーユ」まで
ミッション系の女子高にかようお嬢さんたちの成長とちょっとした同性恋愛を描いて一部に熱狂的なファンを生んだアニメの原作。少女小説で有名なコバルト文庫の中の作品。

まずこの小説ありきで、その次にアニメが、そして最近ではマーガレットでマンガまで生まれたそうなので、最初に語るべきはこの小説版なのだ。私は大体、原作がアニメ化された作品のうち、九割五分は原作のほうがよく出来ていると思う口なので、楽しみにして原作を手に取った。

原作の第一巻は、アニメの第一話から第三話までである。主人公の祐巳が、祥子さまの妹(スール)になるまでを描いたエピソードである。原作は文庫で大体200ページの分量だ。結論から言うと、原作とアニメはほとんど変わらなかった。正直に言うと、原作が思ったよりそのままだったので驚いた。小説ならではの描写にあふれていて、アニメとは違ったディテールを楽しめるのかと、そういった私の期待は残念ながら裏切られてしまった。むしろアニメのほうが情報量が多いのではないかと思ったぐらいだ。

私は原作をけなすつもりはまったくない。詳しいことは後述するが、作者の文章はとても素晴らしいと思う。小説の方にしかないプロット、小説の方にしか描かれないニュアンスを発見することも多い。ただ、アニメはよくやっていて、原作ならではと呼べるものが意外に少なかったと思う。

アニメの1クール全13話は、小説の一巻から六巻まで、つまり「ウァレンティーヌスの贈り物(前編)(後編)」までとなっている。読んでいて気がついたのは、一番有名な第10話「いばらの森」と第11話「白き花びら」が、原作では完全に分離されていたことか。このあとのエピソードでも見られるが、作者はまず本筋を一つの作品として描いたあとで、裏話を別エピソードとして描くのが好きなようだ。それ以外は、小説もアニメもほとんど変わらなかった。あ、アニメにも一編だけ、ちょうど「びっくりチョコレート」に対する「赤いカード」が裏話にあたる。

アニメの2クール目、全13話は、基本的には七巻から11巻まで、つまり「いとしき歳月」から「パラソルをさして」までとなっている。ただし、四巻にあたる「ロサ・カニーナ」に収録されている「長き夜の」が第一話だった。「長き夜の」は、原作とアニメでは少し内容が違う。原作では、祐巳を拉致った白薔薇さまが、二人で途中で神社のお祭りに寄るシーンがあるほか、薔薇さまがた勢ぞろいではなく祥子と柏木優と祐麒しか出てこない。何故違いが出てきてしまったのかというと、柏木優の同性愛をアニメではあまり描きたくなかったからだろう。

アニメの2クール目の前半部は、三年生との別れや想い出話がこれでもかと詰め込まれていて、どれも感動的なのだがちょっと感傷的に過ぎるように感じた。それらは大体、原作の「いとしき歳月(前編)(後編)」に収録されている。私は黄薔薇さまこと鳥居江利子のとってつけたような性格づけやエピソードが好きになれなかったが(「黄薔薇まっしぐら」がそう)、それ以外はどれも素晴らしい。でも2クール目から見始めた人はシラけたかもなぁ。

アニメの2クール目の第7〜8話が、待望の新入生を迎えての「チェリーブロッサム」で、なんと本シリーズはこの作品からすべて始まっているのだという。なるほどそういわれてみると確かにこの作品だけ一話完結で劇場的な造りになっている。ここから作者は半年遡って、卒業した薔薇さまたちを描いていったというから、プロの作家とは恐ろしいものだ。原作の「チェリーブロッサム」では、さらにアニメでは描かれなかったマリア祭の宗教裁判の裏話などの、瞳子デビュースペシャルとなっており、2クール目のクライマックスである「レイニーブルー」〜「パラソルをさして」への前振りとなっている。

アニメの2クール目の第9〜11話は、そのままの形で原作の「レイニーブルー」に収録されている。特に第11話は、アニメを見ている限りでは第11〜13話の中の序章部分なのかと思っていたが、なんと原作では単独の作品となっている。ずぶ濡れになって悲しみにくれる祐巳、で終わってしまっているのだ。まあその第12〜13話がそのまま原作の「パラソルをさして」になるのだから大したことはないのだろうけど、うーん、こういうやりかたもアリなのかと感心する。作者があとがきでおどけていて面白い。

さてここからはアニメのみの人にとっては未知の領域だ。ネタバレはしないよう気をつけるので安心して読んでもらっていいのだが、それでも不安な人はここでやめておいたほうがいいだろう。

アニメの2クール目は Spring という副題がついていたが、もし3クール目があるとしたら、ひねり無く Summer としてもいいくらいに、夏のエピソードがたくさん出てくる。分量的にも多分ちょうどいいくらいだろう。

まず「子羊たちの休暇」。祐巳が祥子さまの別荘に招かれる話。私はあらすじを見て、ちょっとした小話なのかと思ってあまり期待せずに読んでいたが、最後はしっかり感動させられた。よくまとまった作品だ。アニメにしたら二話分か、ひょっとしたら三話分くらいの分量だ。本筋はほぼ進展なしなので挿話として楽しめる。

「真夏の一ページ」は、中編二つで構成されている。一つが、学園祭の前振りついでに祐巳が祥子さまの男嫌いをなおそうと花寺の生徒会の面々と仲良くなろうとする話。花寺の生徒会の面々がここでデビューする。前作でもちょろっと出てきたけど。もう一つが、及梨子の仏像仲間タクヤ君をスクープするために新聞部の次期エース真美が調査しようとする話。二年次から祐巳はこの真美と同じクラスになったことで、真美が新たに光を浴び、本作はそのデビュー作と言えよう。本筋にほぼ進展なし。アニメでも多分一話ずつぐらいになるだろう。

「涼風さつさつ」は、花寺の学園祭に薔薇さまたちが手伝いにいく話に、一年椿組の三人組のデビューが盛り込まれる。三人組といっても及梨子と瞳子に可南子が加わるだけで、実質可南子のデビューか。祐巳と佐藤聖と柏木優、祐巳と蔦子と真美の掛け合いがなんとも楽しい。それに話がグルグル展開して楽しい作品ではある。アニメにするとひょっとしたら三話構成ぐらいになるほどストーリーが動き、見せ場も用意されている。

「レディ、GO!」は、体育祭を丸々一冊で描いている。学園祭はまだかとの読者の声をまあまあとたしなめている作者がいる。祐巳と可南子がらみの話が底に流れる。なにげに志摩子の深い描写がある。由乃にプレッシャーが掛けられ「妹オーディション」の前振りがある。陸上部の逸絵さんというキャラが軽くデビューする。山場は大きく一箇所しかないのだけど、うまくやって二話ぐらいになりそう。

バラエティギフトは四つの短編をのりでくっつけた感じ。「降臨祭の奇跡」は薔薇さまと関係ない独立した小品。「ショコラとポートレート」も薔薇さまと直接は関係ない作品で、ガリ勉で薔薇さまたちを覚めた目で見る姉を持つ笙子がデビューする、時期的に「ウァレンティーヌスの贈り物」と重なる一編。「羊が一匹さく越えて」は及梨子のリリアン受験前後の話。「毒入りリンゴ」は、「黄薔薇まっしぐら」からしばらくたった鳥居江利子をちょっとだけ描いた一編。これら四つの短編をつなぐのが、鳥居江利子からの謎の贈り物の意図について悩むつぼみたちを描いた「バラエティギフト」である。

バラエティギフトはアニメにするとしたら扱いが難しそうだ。私はアニメの監督じゃないのでアニメのことを考えることなんてないのだけど一応考えてみよう。「降臨祭の奇跡」は丸々カットするだろうなあ。完全に独立した作品なのに重い。それとも原作に敬意を表して、入学がらみで「羊が一匹さく越えて」とセットで一話作るか。「ショコラとポートレート」は、学園祭を描いた「特別でないただの一日」の前振りにもなっているので外せない。ただ、一話にするにはちょっと短いか。一応、鳥居江利子が絡むので、それ関係のも一緒に詰め込むか。そう考えると「毒入りリンゴ」はさらりと現在時制としてつなげるのに適している。ふーむ、これで二話分ぐらいにはなっただろうか。

「チャオ、ソレッラ!」はイタリアへの修学旅行。作者も言うように軽い作品だ。本筋にまったく進展なし。祐巳、由乃、蔦子、真美、の四人衆が定着していることが分かる。アニメだと一話にでも二話にでもできそう。

「特別でないただの一日」はいよいよ学園祭。この作品にはいくつもの謎があり、まだ読んでいない人にとって気になる展開があるので、詳しくは説明しない。ただ、完璧に近い筋書きを組み立てる作者にしては、ちょっと書き急いだ感がある。その後の作品でフォローされているのでとりあえず気にせず読むのがよい。

その次は出版順からすれば「プレミアムブック」という、アニメのストーリー紹介や声優たちの座談会、原作第一巻のほんの一部をマンガ化したもの、そして蓉子が祥子を妹にする前のショートショートが一編だけ収録された特別本がある。

「インライブラリー」は、「バラエティギフト」に続く短編集。「静かなる夜のまぼろし」はロサ・カニーナの寂しいクリスマスの一夜。「ジョアナ」は学園祭の時の瞳子の裏話。「チョコレートコート」は、「レイニーブルー」で築山三奈子さまが祐巳に言った破局した姉妹の話。「桜組伝説」は、何故桜組が二年にだけあるのか、伝えられる話をクラス全員で集めて冊子にしたというのをそのままの形で載せた小編。ぶっちゃけつまらないので途中で読み飛ばした。「図書館の本」は、「特別でないただの一日」までちょこちょこ出てきた日本古典のとある本についてのエピソードで、実は意外なつながりがあることが語られた小話。それらをつなぐ「インライブラリー」は、ちょっと謎仕立てで祐巳のもとから消えた祥子の行方を追うエピソードで、意外と面白い。

「妹オーディション」は、妹のできない由乃が言いだしっぺとなり、薔薇の館で合コンを開く話。妹(スール)問題が進展する予感のする、ようやく本筋が大きく動く予感のする話である。詳述はしない。

「薔薇のミルフィーユ」は、黄白紅の三姉妹についてのそれぞれの短編。これを書いている時点で本作が最新刊なのでよく分からないが、明らかに今後の展開の前振りとなる重要な作品群であることは確か。白がちょっと壊れてるけど(笑)。

アニメに3クール目が作られたとして、その副題が Summer だとしたら、花寺の学園祭を扱った「涼風さつさつ」を、場合によっては作品を入れ替えてでも最後にもってきて終わりそうな感じ。一番作品としてスケールが大きいし、一応感動もついてるから。学園祭まで入れちゃうと完全に秋になっちゃうし。あ、花寺の学園祭は一ヶ月早いだけだからそう差はないか。体育祭はイメージ的にどっちにも入れられそう。修学旅行はほぼ秋だ。4クール目もあるとして、Autumn を作るにはまだ原作が足りないような感じ。

佐藤聖が卒業後も結構しつこく出てくる。さすが人気者。作者は本当に読者のことを考えているんだなぁと感心する。いや感心なんてもんじゃなく迫力すら感じる。なんかプロだなあって。

アニメでは祐巳が割と純粋に描かれているが、小説では時々『おいおい』と心の中で突っ込みを入れていて、少しだけイメージが違う。そう大して気にならないし、むしろ親近感がある。

祐巳はちなみに徐々に、平凡で元気だけが取り柄の女の子、という見せ掛けが徐々に剥がされ、実は最高に魅力的な女の子なんだということが暗に描かれていく。うまい仕掛けだ。祐巳の卒業まで本シリーズが続くかどうかというのもあるが、もし祐巳が卒業しても作品が続いていくかどうかは微妙。というかそのまえに祥子さまが卒業したら終わってしまうかも? いやきっとこの作者のことだから、意地でも続けてくれると思う。祥子の卒業程度で終わらせるなんて、ねえ。

ただ、読んでいて思うのは、本作の主人公はやっぱり祐巳なんだってことだ。その次くらいに由乃、そして志摩子か。一年椿組の三人衆のうちの誰かを主役に切り替えて進むなんて考えられない。主役に向いていないから。やっぱり本作は、最短で祥子卒業時、最長でも祐巳卒業時に終わっちゃうんだろうな。

祥子さまがかわいくなってきている。

小説の技法の大原則として、一人称視点を変えてはならないというものがあるらしいのだが、本作は割とコロコロ変えていたりする。私は一人称変更おおいに結構だと思うが、保守的な読者は戸惑い呆れるかも。

「どどど、どうして?」みたいな台詞のあとで『祐巳は道路工事を始めた』のようなすっとぼけた記述があって面白い。

はっきりした台詞だけかぎかっこに入れ、ちょっと説明的になるんじゃないかというような続きの台詞をかぎかっこの外に出して流すのはうまいなと思った。それらを含めて、作者の文章は非常に洗練されており、私が読んだことのある文章の中では最上級の部類に入るくらい素晴らしい。ほとんど余計な描写がなくて読みやすく、完成された文体であり、作者の余裕すら感じられる。ただし、たまに登場人物がどこにいるのかという描写がすっぽり抜けていたり、誰がしゃべった言葉なのかの説明が足りないように感じることがある。

そんな余裕のある作者なせいか、残念ながら巻が進むにつれて中身が薄くなっていっているように思えてならない。「レイニーブルー」〜「パラソルをさして」以後に、目立ってよく出来たエピソードが少ないのではないか。登場人物を思い切って動かすことに臆病になっているように思わなくもない。特に志摩子なんかをおそるおそる動かそうとして、「薔薇のミルフィーユ」の白薔薇のとこで最後思い切って動かしてみたりと、作者が及び腰になっているさまが見て取れる。

そうはいっても、それは私の考えすぎかもしれない。たとえば、アニメの1クール目のラストエピソードになった「ファースト・デート・トライアングル」だが、これを退屈なエピソードだと感じる人がいたそうなのだが、私にとってはとてもいいエピソードに思えた。本当になんてことのない話なのだが、いい雰囲気で進むほのぼのとした展開で、これもまたシリーズ中とても印象的な話だからだ。「チャオ、ソレッラ!」なんかも凡作とするかどうかは受け取り手次第であると言えるような気もする。

ネタバレでもなんでもなく今後の展開についての私の推測を書くことにしよう。

まず、祐巳と祥子との関係は、やはりいつか沈静化される運命にあると思う。大人の二人の女性同士の関係にもっていかざるをえないだろう。いつまでも美しいライトな百合関係が続くわけがないのは、作者の倫理観(レズビアンの人には悪いけど)にもそぐわないだろう。そこで祥子には柏木優とのドラマが待っているに違いない。祐巳はそれを乗り越えることが出来るのか、と。あ、でも本作ではほのめかされて終わるだけかも。趣旨に関わるので。作者の意思を予測するとそうなる。

由乃には、姉としてうまくやるという試練がのこされている。わがまま放題にやっていた由乃がどう成長するのかということを書くつもりだろう。志摩子には、自分についている清楚なイメージをもっと取り払うイベントが待っているに違いない。瞳子には潜在的に一番ポテンシャルを感じる。ツンデレ流行りなので、読者をあっと驚かせる変身があったりして。それ次第では第二の主人公に納まって…うーん、それは厳しいか。ともかく、これまでにもたまに弱みを見せてきた瞳子を、作者は思い切ってドーンと泣かせてくれるに違いない。なーんて。

「薔薇のミルフィーユ」が祐巳の二年次の二学期の終業式でとまっているので、次は例年ならクリスマス、正月、バレンタイン、送る会、卒業式とまだまだ一杯ある。

最後に言い忘れたが、イラストのひびき玲音の絵も素晴らしい。登場人物の特徴がよく描き分けられていて、小説の魅力を十二分に引き出している。可南子の絵がちょっとヘボいのは残念だけど、蔦子や真美や美奈子さまやその他の脇役まで完成度が高くて愛着が持てる。

二十冊近い分量で私を夢の中にいさせてくれたこの作品に感謝したい。多分近い未来確実に読み返すだろう。
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