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わにとかげぎす
ホームセンターで一人きりで夜間警備員をやっている32歳独身の男が、あるとき突然自分は孤独なのではないかと思い悩み始める。孤独から抜け出そうともがく彼のもとにさまざまな人たちが集まり、やっかいごとを持ち込んだり、幸せなひとときを運んできたりする。

大ヒットギャグマンガ「稲中卓球部」の作者が、その後の文学的な作品群「僕といっしょ」「グリーンヒル」「ヒミズ」「シガテラ」に続いて出した同路線の作品。私の大好きな作家の一人。さえない主人公が真剣に悩むところにどこかしら引っ掛かりを感じ、色々なことを考えさせられる。

単行本で全4巻。大きく4つに分けることが出来ると思う。

まず最初は浮浪者編。一人の浮浪者との出会いがある。浮浪者はギャンブル狂いでどうしようもない自分を省みず、一発逆転の夢を主人公に語る。どう見ても人間のクズだが、主人公は彼をほうっておけない。

その後がホームセンター仲間編で、主人公のもとに二人の男が現れる。高校を卒業したばかりの真面目だがムッツリで陰険な小男と、頭が弱くて夢の中に出てくる女との出会いを真剣に語るチンコの大きな大男が、主人公の部下として警備に入ってくる。さっそくいがみあう彼らの馬鹿さ加減にあきれつつもなんとなく幸せ(?)を感じる主人公。小男はあるとき、長いこと思いつめてきたやくざの愛人と接触をし、大男と一緒に彼女の頼みを聞くことになり、それが大変な騒動に発展する。この展開は一つの娯楽要素の大きいミステリー仕立てなのでネタバレ不能で解説できないが、やはり主人公は彼らを助けにいこうとする。

ここまでの展開で作者はたぶん、孤独じゃない状態とはなんなのかを分かりやすい形で描きたかったんだと思う。登場する男三人はみんなどうしようもない人間なので、そんな男たちと付き合いがあったからといって直接的に何かいい事があるわけでもなく、逆に振り回されて悪いことばかり起きる。だからこそ却って孤独じゃないことの良し悪しが抽出されていると思う。

ここまでの展開の中で、主人公のことをなぜか好きになってしまうアパートの隣人の小説家志望の少し異常な性格をした美女が出てくる。変人ながら明らかな美女に惚れられる主人公だが、肝心の主人公自体の内面が変わっていないばかりに、彼にとっての生活がほとんどなんら変わりなく続いていってしまう。つまり孤独とは心の持ちようであることを暗に語っているようだ。

その後主人公は、広大な敷地を持つ総合娯楽施設でのやはり夜間警備に転職する。ここには既に先任で斉藤という孤高の男がいた。ここからが斉藤編。なりゆきで孤独だった主人公と違い、斉藤は自らの意志で孤独を選び取ってきたような男だった。かに見えたが、斉藤は無表情で淡々とした仮面の下から時折感情らしきものが浮き出てきたかのように顔を紅潮させる。そんな斉藤に対して主人公は自分を省みて色々と進言し、斉藤はそれを淡々と拒絶しながらも行動に移していく。

斉藤のエピソードは明らかに人間の精神の表層と深層をテーマにしている。世にあふれる凡作が「実は私は心の奥底で○○を願っていたんだわ」みたいな分かりやすくて馬鹿馬鹿しい展開に流れるのと違って、斉藤以外にも登場人物の表層と深層がきっちりと分けられていて素晴らしい。というか、表層や深層なんてものすらどっちがどっちなのか分からないようなしびれるほどのリアルさがある。何が異常で何が正常なのかという境目もあいまいだ。

そんな斉藤が主人公のもとを去ったあと、主人公は変人美女と行き違いになってしまい、そこでようやく主人公は自分が幸せな状態だったことに「気づく」。「気づく」というより、ここにきて初めて主人公の内面世界が変わったことで、ようやくこれまでの自分のことを幸せな状態だったと思うようになる。しかし同時にそれを失ったことを限りなく不幸な出来事だと思うようになる。

ここからラストに至るまでの流れはちょっと難解だが、この作品全体のテーマとして考えてみるとこういうことだと思う。要は心の持ちようだということだ。ホームセンターの屋上で孤独に苦しんだ主人公の立場を、あんなに広くて見晴らしい場所を占有していて羨ましいと言う人がいる。美人に惚れられているのに最初まったく気づかず、気づいてからもさまざまな疑心暗鬼や思い込みでおびえる男(主人公)がいる。そして心の持ちようさえあれば、どんなに希望のないかのような状況でも好転する望みがあるということ。斉藤編が終わってからラストまでの流れはたぶんそんなことを言いたいのだと思う。主人公以外の男たちは心の持ちようがあっても作中では大失敗ばかりするのがなにやら皮肉っぽくもあるのだけれど。

何が良くて何が悪いと言っていないところがこの作品の深くて難しいところだ。あえていやらしく意味を付加しようとするとこうだ。人付き合いなんてデメリットのほうが多い?素晴らしい幸運に恵まれるなんて期待していたらダメだ?なんてことを考えているうちは幸運なんてやってこない。宝くじが馬鹿げてる?美女に惚れられるなんてありっこない?そんな悲観的なことを考えていることがその人の内面世界ひいては現実を作り出してしまう。もちろん人生はそううまくいくわけじゃないけど、思ってさえいればうまくいくこともある。悲観的な考え方をしていたら幸運にさえ気づかずにすりぬけてしまう。こんなところだろうか。

学生の頃、クラスで一番人気があると思われた女の子から、いまならどう考えても好意としか取れないいくつかのことを自分はされていたのに、仲良くなれるなんて少しも思えずに自分から可能性を閉ざしていたことを思い出し、たびたびやりきれなくなることが私にはある。たとえそれが私のひどい思い込みであったとしても、そんなウソみたいな幸運の存在を信じられなかったことが私の最大の不幸だった。
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