ワールドカップへの道 〜 独占告白「僕がトルシエに使われなかった理由」 |
移籍先のポーツマスでチームの不調の原因にされて出場機会を奪われ、ワールドカップではトルシエからスタメンをはずされた。そんな日本代表ゴールキーパー川口能活が自ら筆を取り、現在進行形で週刊文春に連載または特集記事として書いた文章。
イングランドのポーツマスでは、チーム一番の年俸で期待されていた。ところが、チーム全体が不調に陥ったときに、彼が発した日本流の控えめな言葉により、チームのスケープゴートにされてしまう。自分が悪い。外国では絶対に言ってはならない言葉の一つだ。
高額の年俸は、日本人観光客や放送局が来ることを当て込んでのことだった、とも言われているが、イングランドではゴールキーパーは一番人気のあるポジションであり、当時日本代表正ゴールキーパーとしての実力を買われていたことを考えればそれほど割高ではない。
チーム上層部からそっぽを向かれ、出場機会が奪われた。しかしその後もチームは不調続きで一向に回復しない。最初は流れで川口を叩いてきたファンやマスコミも、次第に川口に好意的な態度を見せるようになっていく。同僚の選手たちも、表立って文句を言わずに練習をこなしている川口に対して、慰めと励ましの言葉を掛ける。
しかし肝心のチーム上層部の態度は変わらず、彼が退団・移籍を口にするのを待っているかのようだ。川口はついに自分で行動することを決意し、会長宅を訪れるが、返事は温かいものではなく、結局なにも変わらなかった。
言葉のあまり通じない異国で、たった一人で、しかもピッチの外で戦う川口。そんな自分を冷静な目で客観的に見つめ、不安と孤独にあふれつつもテンションを保って闘う気持ちを持ち続けた自分を語る。淡々と語るだけでなく、時折自分の精神状況を吐露して見せる。
本当に強い人だ。
かわいそう、とか、がんばれ、よくがんばってる、とかいう言葉は、彼に送るにはふさわしくない。きっと好転するよ。このへんじゃないだろうか。
トルシエ・ジャパンで 23人の代表に選ばれながら、結局一試合も出場しなかった川口。チーム内では一番陰の人間だったと自ら述べている。そりゃそうだろう。私もなぜ川口が正ゴールキーパーじゃないのか分からない。
この記事が掲載された同じ紙面の別コーナーで、あるサッカー解説者が一番ありうる線として挙げるのは、ヨーロッパ遠征でポーランドだかと戦ったときに、多くのサッカー解説者がトルシエの一番有名な戦術フラット3 を批判していたのだが、トルシエはそれをハイボールの苦手な川口ということにして責任逃れをしたことだ。しかし、同じ試合、彼はハイボールをよく止めていたという。トルシエにとってあの敗戦は誰かのせいでなくてはならなかったのだ。
ちなみに、私の友人が言うには、トルシエが最後のトルコ戦で出てきた西沢を高く評価していたのは、トルシエの采配に最も疑問がもたれていたときに、それを払拭するかのように得点を挙げて勝利に大いに貢献したからだそうだ。
イングランドから帰国した川口を、トルシエは温かく迎えた。「イングランド人GK」トルシエは川口にそう言ったそうだ。よく考えると変な言葉だが、国際経験を重要視したトルシエの口から出たこの言葉には、ある種の賛辞の意味が込められていたと川口は思ったそうだ。イングランド人GK なんだから日本代表じゃねーよ、という深読みもできるが、実際のところどうなのかはトルシエ本人に聞いてみなければ分からない。
代表での練習のとき、トルシエは川口のことを「サル」と呼んだそうだ。練習中の彼独自のスタイルがトルシエにはサルに見えたからではないかと川口は言う。その後「おかま」と呼ばれたらしい。川口はこれについて、ゴール枠の外に飛んできたボールをいちいち処理しにいった姿勢が気に入らなかったからではないかと言っている。本当にこんなことをトルシエが言ったのかは、川口のこのレポートからでは、客観性がないので確実ではないが、本当だとしたらやはりこの人はどこかネジがゆるんでいるとしか思えない。
今日の昼食中にサッカーに詳しい先輩から話を聞いたが、トルシエはアジアカップ優勝前はかなり精神状態が悪かったらしい。縁起かつぎのためかどうか知らないが、なぜかダルマを常にカバンの中に入れていたらしい。この勘違いぶりには目をつぶるとして、神頼みの一種なのだろう。その後は自信を取り戻したというが、やはりどこかおかしかったように思う。
この記事が掲載された週刊文春の同じ号でも、選手たちが初めて語った「トルシエ神話」の虚像、という名前の記事で、トルシエがいかに選手らから信頼を得ていなかったかが書かれている。中でも、勝利のあとで誰もトルシエのところに行かなかっただとか、フラット3 が結局選手に無視されたとか、いくつか挙げている。フラット3 は、真ん中の宮本が英語に堪能なのでトルシエの言うことをきいていたらしいが、両サイドの中田浩と松田が練習中以外でも話し合った結果、フラット3 を崩すことに決めたらしい。この両サイドの二人が最終的に真ん中の宮本を説得し、宮本も結局崩すことに同意したのだそうだ。
川口の精神状態もひょっとすると相当なものだったかもしれない。文面からは読み取れない複雑で強い感情に支配されていた可能性もある。まあ、いまでは気持ちを切り換えて練習を開始したと結んでおり、トルシエを明に批判するような箇所は一つもないので、冷静さをたもつことができたのだろう。自分が他の代表選手といるとみんな遠慮するだろうから一人で閉じこもっていた、というのも正しい判断だったと思う。
週刊誌に文章を書くという作業は、おそらく彼の精神状態の維持に重要な役割を果たしたと思う。
それで、なぜ川口か、なぜ週刊文春か、というと、私の深読みかもしれないが、窓際サラリーマンから深い共感を得られるからではないだろうか。上司から評価されず窓際に追い込まれるサラリーマン。川口の境遇はまさにそれである。連載の最初の頃はうまくいっていたようなので、これは本当に偶然なのだろうが、彼には悪いが結局うまいことハマったように思う。川口がイングランドにワールドカップに大活躍するより、いい記事になったのではないだろうか。
読んでいて暗くなってくるのは仕方ないとして、とてもいいものを読ませてもらった。ドイツ代表でナンバーワンゴールキーパーと呼ばれるカーンの裏に、日本代表のベンチを温めたこんなゴールキーパーがいたことを多くの人に知ってもらいたい。
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