ゲリラの戦争学 |
これまで文春新書で「戦争学」「新・戦争学」「名将たちの戦争学」と戦争学シリーズを出してきた著者の最新刊。やはりアメリカの9・11事件のあとで書いただけあり、今回はゲリラ戦も含んだ持久戦を、正反対の概念である決戦との違いなどから解説している。
戦争当事国の詳しい資料は残ったり残らなかったりする。戦勝国側や敗戦国側の意図により焼却されることもあれば、紛失してしまったり、十分に資料を作らなかったりすることもある。ましてゲリラ戦ともなると、普通の戦争よりも資料がかなり少なくなるらしい。そんな数少ない資料をまとめたのが本書なのだそうだ。
取り扱っている範囲は非常に広い。アレキサンダー大王の優れた対ゲリラ戦術や、ローマ帝国に抗戦して勝利を勝ち取ったゲルマン人の戦い方から、ナポレオンのスペイン戦、アメリカ独立戦争でイギリスを相手に当初はゲリラ戦で戦ったワシントン、蒋介石の共産党討伐、ベトナム戦争、アフガニスタンでのイギリスやソビエトやアメリカの戦い方などである。
ゲリラ戦が行われる意義を政治的なことから説明しているのが興味深い。
そもそも世界の勢力は、現状維持派と現状打破派と現状抵抗派に分かれ、現状維持派の強国に対して現状打破派が「瀬戸際戦略」で揺さぶりを掛けて勢力図を塗り替えようとする。現状打破派の軍事力は現状打破派より弱いものの、局所局所では勝利を得る力があるとすると、覇権の隙間を狙って影響力を広げようとする。現状打破派は、現状維持派が総合力に訴えてくるギリギリのラインで行動するのだ。現状打破派は、負けないように戦えば、戦略的な勝利を得ることができる。
しかし局所での戦いもできないほど戦力が足りない現状抵抗派の勢力は、現状維持派の覇権を破るにはゲリラ戦を行うしかない。
要するに、軍事的に劣る勢力が、軍事的な優位を持つ勢力に対抗していくには、持久戦の理論が欠かせないのだそうだ。そして、軍事的に明らかに劣る勢力は、相手の正規軍にまともに当たることができないので、ゲリラ戦をおこなうことになるのだという。
著者は、ゲリラ戦を戦うために必要な条件を挙げ、いかにゲリラ戦がシビアなものかを説明している。ゲリラ戦を成功させるための要件、ゲリラを掃討するための優れた戦術を、戦史をひもといて紹介している。装備も練度も劣るため、ゲリラ戦を行うには多大な犠牲をともなう。また、最終的には相手の正規軍と決戦を行わなければならないため、装備も練度も時間と共に強化しなければ勝利できない。長期間戦うためには兵士一人一日あたり食料何キロ弾薬何キロ、そのためには地域住民や周辺国の援助が欠かせないなど、読んでいると本当に過酷な戦いだということが伝わってくる。
最終章で作者は、こんなことを言っている。インテリ層は、冷戦後の国際社会を説明するための新たな観方を形作ろうとしているが、マキャベリズムつまり冷酷な国際政治の視点を避けようとしているので、うまくいっていないのだという。冷戦の頃は、共産主義は非人間的だ、みたいなことを言って自由主義陣営の中では説明がついていたが、冷戦後の民族主義・テロリズムをどう説明するか、自由主義陣営の覇権をどう正当化するか、いまだあいまいなままだが、いつまでもこんな状態は続かないだろう。
非常に面白い本だった。戦史だけをなぞるだけでも満足できるが、元自衛官陸将補で戦史を研究してきた著者の戦略眼は、これまでの戦史の分析の上で導き出された理論で語られており、非常に分かりやすくはっきりしている。近現代の戦争の結果が、古代以来の経験則からすれば何の不思議もない、などと言い切ってしまうところは非常に痛快である。
ただ、最後に脱力したのは、日本が独自の戦略を求める上で、国連を使うのを有力な選択肢として推していたことだ。いまも旧敵国条項の残る国連で、世界で二番目に多くの金を出しながら、常任理事国にもなれず職員も相応に送れていないで、一体どうしろと言いたいのだろうか(SAPIOの国連特集から)。とくに著者は日米同盟の是非にはまったく触れていない。しょせん軍人出身の視野とはこんなものなのだろうか。それともやはり立場上自重せざるをえないのだろうか。
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