Deep River |
宇田多ヒカルの 3枚目のフルアルバム。主な収録曲は、SAKURAドロップス、光、traveling、FINAL DISTANCE など。
最初に聞いたときの印象は、普通だなと思った。特に際立った曲がない。上に挙げた四曲はいずれもシングル曲なのだが、SAKURAドロップスと光はミドルテンポで平凡な曲に聞こえ、FINAL DISTANCE は 2枚目のフルアルバムに収録されていたアルバム曲の最悪なリメイクに思え、traveling だけ印象が良かった。
しかし聞いているうちに、まずアルバム曲の最後の方の A.S.A.P. と嘘みたいな I love you がとてもかっこよく思えた。私が最初に聞くときは、詞は頭に入らず、まず曲の良さが耳につくのだ。どちらもビートが効いていて聞きやすい上に、編曲に工夫があって心地よい。
そのあとで、自宅のオーディオで聞いているうちに、アルバム曲全般がよくなってきた。やはり通勤電車の中で聞くのとは違う。楽器の音の良さがいい。アコースティックな響きは不可欠だ。
そしてようやく詞が頭の中に入ってきて、光がとてもよく思えてきた。「光」が「真夜中」にさす、というのは非常に叙情的ですばらしい。真夜中というのは比喩であって、暗くて静かで何も起きそうもない日常に突然光がさすのだ。歌詞が非常にあいまいで、しかも「今日はおいしい物を食べようよ」とか「テレビを消して」とありきたりな言葉が耳につくが、ぼんやりとした中にある叙情的なフレーズ一つ二つだけでこの曲が際立っている。
一応詞を全部読んでみたが、非常にぼやけた詞だと思う。他の売れている曲の歌詞とは明らかに違う。宇田多ヒカルが自分で全部詞を書いていることが非常によく分かる。商売的な要素がない。先に挙げたありきたりな言葉も、彼女の最近感じていることなのだから、意図的に避けようなどと作家的なことは考えなかったのだろう。あるいは、浮かんだままを書いただけかもしれない。
ここまで宇田多ヒカルが売れまくっているのは、私はやはり巨大なニッチだからだと思う。巨大なニッチという言い方はおかしいのだが、これまで音楽を商売として戦略的に曲を作り出してきた人々がすっぽり抜かしてきた部分が、巨大な穴となってそのまま彼女の占める場所となったように思う。
浜崎あゆみも宇田多ヒカル同様に詞を書き高く評価されているが、浜崎あゆみの書く詞は詩として完成度が高く、うまくまとまっている。しかし、想いが理想化されていて、悪く言えば陶酔感のある詞となっているように思う。
宇田多ヒカルの詞は、レトリックが駆使されており、どれも大げさに聞こえるが、日常的な現象を描写している。しかも、非常に焦点のぼやけた描写の仕方をしているので、情景を思い浮かべることはできなくて、人物の気持ちだけが伝わってくる。
本当はみんな、シンプルな曲が聞きたいのだ。だけど、シンプルだとワンパターンで飽きる。ちょっと言い換えればかっこよくもなる。「好き」を I love you に変えるのもその一つだ。宇田多ヒカルの詞を見てみると、シンプルな想いを別の形に言い換える感覚が非常に新鮮だ。「無理はしない主義でも、きみとならしてみてもいいよ」と、欧米圏のセンスがちょっと効いているあたりがいい。言い換えが、陶酔方向ではなく、ちょっと理屈っぽいというか変人っぽい方向に向いているあたりが気持ちいい。宇田多ヒカルは変人だ。
ジャケットの写真も相変わらずいい。2枚目のフルアルバムのジャケットは、人工的に作りすぎて違和感があった。やはりこの 3枚目のアルバムにもそれなりの違和感があり、本当はダサい宇田多ヒカルをいかにも「等身大」っぽく写している。あのダサい宇田多ヒカルの写真にしてくれればいいと思うのだが、ダメなのだろうか。
ところで、このアルバムはワールドカップで日本がトルコに敗れた翌日に発売された。そんな関係で、新聞全面広告も出すことができず、プロモーション的には失敗気味だったといわれているらしい。というのは、実質プロデューサーである宇田多ヒカルの父親がアメリカの文化に影響を受けている人で、ワールドカップがここまで日本に影響力を持っているとはまったく考えていなかったからだそうだ。私も、人に言われて気づいたぐらいで、まあテレビをあまり見ないせいかもしれないが、発売の気配すら感じなかった。
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