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猫物語 (白)
好きになった男を他の女にとられた優等生の羽川翼は、抑え込んでも抑えきれない気持ちを怪異として発現させることで発散させたが、それは根本的な解決になっていなかった。そんな中で彼女は、明らかに怪異としか思えない謎のトラと遭遇する。正しすぎるほどに正しかった彼女が初めて、いままで自分とは認めていなかった負の感情と向き合う。西尾維新によるライトノベル、「化物語」から始まる「物語」シリーズの七冊目。

不動の語り部と思われたシリーズ主人公の阿良々木暦ではなく、今回はなんと優等生の羽川翼が自分の物語を語る。びっくりした。すばらしかった。読者からかなり好評だったと次の巻で阿良々木暦に言わせているのもウケた。

今回の話を一言で言うならば、自己欺瞞を解決する話なのかな。

どんなときでも正しいことを貫き通す彼女は、自分のことを助けに駆けつけてきてくれた少年の駐輪違反をこれはこれと咎めたり、親から理不尽な理由で叩かれたときも感情を押し殺しておだやかに親の非をたしなめたりしていたことがこれまでの作品で語られていた。ついにこの作品でその真実が語られることになる。

なんというかとても精神分析的な話だと思う。ずばり言ってしまえば多重人格?まあこれまでの話で既に語られているように、彼女に憑いた猫の怪異からして既に彼女の人格から分離したもう一つの人格だったのだけど、猫はあくまで彼女のストレスを発散する役目しか持っていなかった。それがこの巻でようやく彼女の抑圧してきた思いが分離して現われる。もちろん彼女は最初はそれと気づかない。まさか自分がこんな思いを持っているはずがないと拒絶する。しかし徐々に彼女は認めていき、自分と向き合っていく。というかなり私好みのストーリーが、一人称による圧倒的な筆致で描かれている。すごい。かつて読んだダニエル・キース「五番目のサリー」を思い出したが、あの多重人格作品の大家よりこっちの作品のほうがずっとすごいと思った。まあ後発だからなのかもしれないけど。

こういう問題は誰もが抱えているものなのだけど、自分では気づきにくい。というか、よほどのことがない限り、自分だけでは気づけずに一生を終えると思う。というかこれは精神異常なのではなくて一つの性格形成なのだと私は思っている。精神分析学では正常と異常の境界はあいまいだと言われている。羽川翼は認めがたい自分を怪異に押し付けたけれど、大抵の人は他人に押し付けて他人もろとも攻撃して自己を守っている。それは決して一概に異常なわけではなく、そういうものがなければ人間の個性なんてものはなくなってしまうんじゃないかと思う。

ただ、私としては、男を奪った当人である戦場ヶ原ひたぎのことを祝福する気持ちに偽りはなかったということにしていることはちょっと納得がいかなかった。もっとも、自己欺瞞はそう簡単には全部は解けませんよとか、自己欺瞞も含めて一人の人格なんだよみたいなことを、一人称小説として描く意図があるのかもしれないと思った。あるいは物語的に読者が好む決着としてあえてこうしたのか。神原駿河のときとは別のパターンとして。

今回彼女を語り部にすることで、本シリーズの登場人物が彼女と語らうシーンが多く出てくるのだけど、阿良々木暦のときとはまた違った側面を見せるところがとても味わいがあってよかった。小学生の少女・八九寺真宵は、羽川翼に対しても出会って話しかけてくるのだけど、阿良々木暦のときほどは長話をせずにおとなしく会話をするだとか、戦場ヶ原ひたぎは当然阿良々木暦に対してほど厳しくは接しないもののやはりちょっとそっけないながらそれでも暖かいところがあるなど。

後日談として羽川翼がどんなキャラになったのかもっと知りたかった。違う語り部で語らせないとダメだからこの巻では無理か。ちなみに同じくキャラが変わったことになっている戦場ヶ原ひたぎについてもまだ描写が少ないのが不満だなあ。

作者によるとこの巻と続刊は当初予定されていなかったらしい。まあ確かに前の巻でゴールデンウィークのことを語ってしまえばそれで一通り片付いたわけだ。今回の羽川翼については、第一作「化物語」で阿良々木暦に対する想いが描かれて終わりにしてもきれいに完結しているように見える。でもこうしてこの巻が書かれてみると、この巻なしにはありえない。これまでのシリーズを違った側面からも見せてくれるところといい、この巻はシリーズ最高傑作だと思う。まだあと五冊も予定されているので断定できないけれど。ってすごいな、もう書く内容が固まっているのか。ほかのシリーズも平行で描いてるのに。うーん。
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