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火の鳥 少女クラブ版
万物を見守ってきた神の使いのような存在である火の鳥をめぐる、様々な人々の生き死にの物語を描いた、日本マンガ界の巨匠・手塚治虫のライフワーク作品の中の、少女クラブという雑誌に連載された特別版。古代エジプト、ギリシャ、ローマと緩やかにつながる三つの中篇で構成される。

学生の頃、このシリーズの愛蔵版が刊行中で、教室とか図書室に何冊か置いてあったのを何度か繰り返し読んできたのだけど、まだ未刊行のものや欠けていた巻があったり、既に読んでいても内容をだいぶ忘れてしまったので、いつか改めて全部読んでみたいと思っていた。

若き漫画家の活躍を描いた大場つぐ美・小畑健「バクマン。」で、世界で一番のマンガは何かというので、発行部数世界一のX-Menシリーズ(といってもアメコミは何人かの作者が一つの作品を競作していることが多いのだけど)とともにこの「火の鳥」が挙げられていて、まさしく私もそのとおりだと思う。まあ手塚治虫なら「ブラックジャック」のほうが上?上ってなんだ?って話だけど同じ生命賛歌でもこの「火の鳥」はいわゆる大河ものっぽくて大作な感じがする。

でこの少女クラブ版なのだけど、作者は少女向け雑誌ということで恋愛を前面に出しているという点をシリーズ中の特徴としているらしい。確かに読んでそのとおりだと思った。でもシリーズのほかの作品でも結構男と女が出てくるんだよね。それらと比べると、この巻はこういってしまってはなんだけど、ちょっと薄っぺらい感じがする。男が女を想い、女が男を想う、それが物語の中心に位置してしまっているので、他の要素が相対的に薄まっていると思う。

古代エジプト編は、亡国の王女で奴隷に落ちたダイヤという美女が主人公。歌がうまくて美しい声を持っていて、その歌は猛獣でさえ手なずける。その特技がもとで数奇な運命をたどり、愛する男と出会い、そして引き裂かれ、運命に翻弄されながら固い絆を信じて互いに引かれ合う。なんか作者の尊敬するディズニーの影響がとても濃く感じられる。

火の鳥自身の子供時代もとい雛鳥時代の話が描かれている。もっとも、火の鳥自体は何度でも蘇る万物の生命の象徴としてシリーズ中では描かれており、雛鳥の火の鳥は分かりやすくいえば分身の一つみたいな感じなのだけど。

古代ギリシャ編ではトロヤ戦争を扱っている。史実を取り入れつつ、その中の人物を一部脚色したり、新たな登場人物を追加し、その人物の流浪の物語を語ってみせる、という本シリーズの基本的な手法が踏襲されている。この中篇では、おなじみ(?)王女ヘレネだとか英雄アキレスやヘクターなどが登場してだいたい史実どおりというか物語どおりの展開を見せるのだけど、その中に一組の男女を新たに登場させ、既存の登場人物と絡み合わせて物語を作り上げている。

こう言ってしまうのはなんだけど、読み手としては古典的名作の筋書きや登場人物が出てくるだけですごい作品だと思い込んでしまいがちになってしまう。名作のストーリーを取り入れているだけで面白さはある程度保障されるわけだけど、このような作品を読んで面白いと感じる自分の感性が疑わしくなる。ほかにも、人が死ねばすごい作品であるかのように思ってしまうような感覚も疑わなければならない。

もちろんこういうのは誰がやってもいいものではなくて、手塚治虫だからこそ気負いなくできたのだろうし、もし若い作家がこういうのをやってもきっと形倒れの作品になってしまうんだろうなあと思う。ヒロインをなりゆき上で男装させたり、いまでは当たり前のように行われるメタな手法、たとえば歴史モノなのにわざと横文字を使ったりコマ割をギャグに織り込んだりしていて、正直いまはもっと手法が洗練されているのでどうしてもダサく思えてしまうけれど、時代を考えると驚く。

古代ローマ編では架空の皇帝による悪政の治下が舞台になる。全編を通じて、気丈なヒロインが動物と心を通わせられることで危機を打開していくのは楽しいといえば楽しいのだけど、史実や既存の物語や人の生き死にを除くといまいちストーリーとして出来がいいとは思えなかった。テンポが速くて淡々としているように感じられるのは読者が作品に合わせなければならないところだと思うけれど、その他もろもろを差し引いても、また読み返したいと思うような作品ではなかった。

ところでこの作品、ディズニーこそ映画化すべきだと思う。最近駄作ばっか作ってるみたいだし。何周年とかの記念に作るには絶好なんじゃないだろうか。トロヤ戦争なんて特にあっちの人たちは好きそうだもんなあ。動物のシーンなんかディズニーそのものと言ってもいいぐらいだし。あ、でも人がたくさん死ぬんだ。いまだと子供向けにはならないよなあ。

少女クラブでこの作品を読んだ当時の子供たちは一体どういう感想を持ったんだろうか。
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