ブギーポップは笑わない |
山の上に建てられた深陽学園では、女子の間だけでブギーポップ(不気味な泡)という謎の存在について囁かれていた。群像劇の中でそれぞれの視点の中から事件が少しずつ浮かび上がり、化け物が退治されるまでを描いたSFミステリー小説。
ライトノベルの傑作の一つだと聞いていたのでいずれ読んでみようと思っていたものの、さあ読もうという積極的な理由がなく、どんな作品なのかも分からない状態が長いこと続いていたのだけど、私の好きな作家の西尾維新が影響を受けたというネット上の書き込みを見つけてようやく背中を押されて読んでみた(Wikipediaを見たらインタビュー記事かなにかでそう言っているらしい)。
電撃文庫というライトノベルで有名なレーベルから出ている作品なのだけど、読んでみたら普通の青春小説っぽくて驚いた。この作品には多分「萌え」がないと思う。自分ならこの作品をライトノベルには分類しない。
物語の始まりにまず学校内で起きた猟奇殺人事件が示される。そしてその犯人が人間ではないこともほのめかされる。そこから先は、様々な登場人物がそれぞれの視点で物語を語りだして話が進んでいく。生徒の中に謎の殺人者がまぎれこんでいるということを作者は読者に知らせているが、学校内のほとんどの人にとっては生徒が何人か謎の失踪をしているということしか分かっていない。そして一人の不良女子高生が行動を起こしていることが端々で語られるが、その全貌は少しずつしか明かされない。
題の「ブギーポップ」というのは、黒いヘンな形をした帽子をかぶった怪人のことなのだけど、少なくともこの巻では宮下優花という一人の少女の中に宿っている人格という形で顕現する。こいつは左右非対称な奇妙な表情をする。それを指して「笑わない」と言っているのだと思う。作者はあとがきにBGMを指定しているほどのええかっこしい(かっこつけ)なので、ブギーポップの象徴的なたたずまいをそのまま題にしただけだと思う。こいつは宿主である宮下優花からも超越した人格で、少なくとも学園全体を見守っている存在らしい。
これ以上ストーリーを説明するとネタバレになってしまうし、真相が徐々に明かされていくことがこの作品の面白いところなので、これこれこういうことでしたと書いてもたぶんあんまり面白くないと思う。そういう作品を紹介する場合自分は登場人物を解説していきながらこの作品はこういう魅力があるだとかないだとか書いていくところなのだけど、この作品の場合そういうことをまったくしたくならないのだった。なぜなら、登場人物にさっぱり魅力を感じないから。みんな個性的で、それぞれの意志を持って動いているのだけど、ぜんぜん惹かれないんだよなあ。
とても技巧的な作品で、一人称がコロコロ変わり、時系列がシャッフルされている。一人称の変化については対応できたしその効果も多少感じることはできたけれど、時系列を混ぜるのはやめてほしい。唐突に事件から二年後の挿話が挟まれるのは一体なんなんだろう。紙木城直子の果たした役割を、事件の謎に触れないタイミングで効果的に描写するには最高の手法なのかもしれないけれど、こういうテクニックの諸々が登場人物への思い入れを妨げていると思う。
というか、まず精緻なストーリーを組み立ててそこからキャラづけしているような感じ。話の筋は面白いのだけど、キャラクターの魅力が乏しい。普通の人間には対処できない事態が起きているので、登場人物の多くは特に何かに突き動かされることなくそれぞれの狭い視野で行動をとっており、事件の辺縁にかするだけ。強い意志を持って行動していたのは霧間凪だけなのだけど、彼女についての深い描写は少なくとも本作品にはまったくない。それもこれも、衝撃的な事件を少しずつ少しずつつまびらかにしていくという本作品の構造のためなのだろう。いわば、作品の構造のせいでキャラクターが犠牲になっていると言える。
次巻である「VSイマジネーター」も読んでみたけれど、その傾向はあまり変わらなかった。この巻では谷口正樹という実質的な主人公がいて、彼女になった織機綺(おりはたあや)のために精一杯努力したり感情が揺れ動いたりするのだけど、織機綺が特殊な境遇にある奇妙な人間であることや、気さくでコミュニケーションスキルが高い人物として登場したにも関わらず、時間が巻戻っているせいかウブな性格として描写されていて混乱してろくに感情移入できなかった。また、飛鳥井仁というカウンセラーっぽいことをやっている予備校教師の話が平行して描かれ、学生との対話とか彼の持つ特殊能力の話なんかは面白かったのだけど、読み終わってみるとただ単に話が平行していただけでなんだったんだろうと思った。特に結末がひどかった。
この作品はSFなのだと思う。過度にテクニカルなところを除くと読みやすくて筋の面白い小説なのだけど、登場人物の物語を楽しむことよりも、不思議な存在や謎の組織の戦いに重点が置かれたSF作品だと考えればしっくりくる。なまじ多彩な登場人物がそれぞれ一人称を取ったり他人の視点から描かれたりすることからついキャラ描写の豊かな作品なのかと思って物足りなさを感じてしまったけれど、この作品は話の筋と壮大な設定を楽しむものだったのだ。そしていまの私にとってはそれほど読みたくない種類の作品だった。
なんかまたこの手の作品が読みたくなったときに改めて手を出すことにする。
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