人類最強の初恋 |
人類最強の請負人・哀川潤は、あまりに強くなりすぎたため、依頼するのを反則とする協定が世界中の全勢力の間で結ばれてしまい孤立する。世界から相手にされなくなった彼女のもとに、隕石が落ちてくる。それは宇宙から来た謎の生物だった。SF小説?
戯言シリーズの確か3巻あたりに出てきた、赤が大好きで真っ赤な装いに真っ赤な車で現れて主人公を仕事に追い立てた裏世界の女請負人を主人公とした新シリーズらしい。自分は西尾維新が好きだけど多分全著作の半分ぐらいしか読んでいないので、他の作品が初出かもしれないし、他のシリーズにも出てきて活躍しているのかもしれないけれど、自分にとってはああこんなキャラいたなあという懐かしさと、文章で構成される小説ながら言葉に尽くしがたい勢いを持った魅力的なキャラクターだったなあという最初の衝撃を思い出した。
でも今回は彼女自身が一人称を執って語っているせいか、物語自体をねじまげてしまいそうなほどの勢いは抑えられているものの、相変わらず問答無用で何でもやってしまう行動力は健在なのだった。中編二本で成り立っている。
表題作である「人類最強の初恋」は、そんな彼女の一人の女らしい側面を見せる一遍…かと思いきや、彼女のバカでかい器に見合った壮大な話になっている。もう地球に収まらず宇宙規模の話になるのだった。最初に紹介したとおり、西尾維新にしては意外なSFとなっている。それは宇宙人が出てくるからSFだというのではなく、センスオブワンダーとしてのちゃんとした(?)SFになっている。
その宇宙人とは、なんとコミュニケーションが可能なのだけど、相手をする人間によってバラバラな反応を見せるため全然意思の疎通や研究が進まない。そこで最強の彼女の出番となるが…。
話の筋的には硬派なSFっぽい趣向で進むのだけど、最後には軟派というか感傷的なSFでまとめられているのが草上仁や谷川流みたいで良かった。しかし硬派なSF好きの人からすると拍子抜けかもしれないし、そもそも普通の人は「初恋」という題でこの内容なのは納得いかない人も多いんじゃないかと思うので、限られた人にしか最後まで楽しめないんじゃないかと心配する。
二つ目は「人類最強の失恋」で、これも当然SF。一つ目で彼女の「暇つぶし」のために(?)友達にさせられた長瀞とろみが巻き込まれて、二人っきりで月に置いてけぼりにされる。最初は人類最強の請負人たる哀川潤という圧倒的に格上の存在に対してかなりの畏れがあった長瀞とろみだったが、哀川潤のせいで絶望的な窮地に追い込まれたことで開き直り、哀川潤に対して遠慮がなくなって本当の友達みたいになっていくのが良かった。
でもストーリー的にはちょっと微妙というか、こんなことありえない感が勝ってしまってそんなには楽しめなかった。「〜初恋」のほうがもっとありえない話ではあるのだけど、この「〜失恋」のほうが非現実的に感じるのは一応こっちのほうが現実の延長線上にあるからだと思う。でも先が気になって普通には楽しめた。
個人的には哀川潤にSっ気があってほしかったのだけど、最強だけあって弱いものをいたぶる趣味はなくて、でもなんというか「弱気」なものに対しては厳しいというか、彼女なりの哲学があってそれに反するものを嫌う。まだ色々計り知れぬところがあって、一冊読んだぐらいでは底が知れないのだった。
このシリーズは西尾維新の想像した裏社会的な勢力同士の抗争のある独特の世界を舞台としているのだけど、自分はこの世界と登場人物たちが好きになれない。中二病的だからというわけではなく、なんだろう、登場人物の行動原理がよく分からないからだろうか。彼らは普通の人間からすると異質すぎて、彼ら独特の価値観のもとで行動していて全然共感できない。独特の価値観を持っていることが彼らの「凄さ」を強調していて、それが彼らを独特の「高み」に上げているのだと思うのだけど、もうなんというかふーんそうなんだとしか思えない。ちょっとでいいから普通の人間が持つ感情を持っていた方がいいと思う。
そんな中でこの作品は、ほんのわずかではあるけれど人類最強の請負人の持つ人間らしい感情に焦点が当たっていて、そこを読み取って想像したら楽しめると思うのだけど、でも一人称なので分かりにくいし想像も難しいと思う。それともこういう楽しみ方はやめて、純粋に強いヒロインを楽しむべきなのだろうか。
あるいは人間らしい感情どうのではなくて、単に行動原理が「常人には理解できない」などの理屈により明かされない(描写されない)ことが、楽しめない原因かもしれない。人間らしい感情そっちのけの作品として冨樫義博「HUNTER×HUNTER」という大ヒット作があるけれど、別に人間らしい感情どうこうよりも、とにかくなにか強いこだわりを持った登場人物が魅力的なわけで、そのこだわりさえ描かれればかっこいいと思う。
まあそんなわけで好きになれないものをあえて読む必要はないので自分は西尾維新の著作の半分近くをあえて読んでいないのだけど、この作品は境界線上にあるので、向こう側に転がっていくかどうか様子を見てみたいと思う。
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