本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ |
本が大好きで図書館への就職が決まっていた女子大生が、地震で自分の部屋にあった大量の本に押しつぶされて死んでしまう。そんな彼女がよくわからないうちに5歳の幼女として生まれ変わったが、そこはまったく本のない異世界だった。本がなければ作るしかない。持っている知識をフル動員して本を作ろうとする。ファンタジー小説。
2019年の冬にアニメ化されたのを見て、世界名作童話みたいな一見そこまで期待させるような雰囲気じゃないのに話の展開にグイグイと引き込まれた。アニメはまだ第一部までなので今度はマンガにも手を出してみたのだけど、マンガも第二部の途中までしか行っていないので辛抱たまらなくなって原作のネット小説に手を出してみた。ウェブサイトで読むとページ繰りが面倒なのでPDFにされたものをダウンロードして開いてみたら一万ページ以上もあってびっくりした。二週間ぐらい延々この作品を読んでいた。とても面白かった。
主人公は5歳の病弱な女の子マインに転生してしまうので、なんと最初は街の中も満足に歩き回れないほど体が弱い。ちょっと動き回るとすぐに体が熱を持って寝込んでしまう。現代人の感覚からしたら不衛生な集合住宅の中で、兵士の父親と裁縫上手な母親、一つ年上のやさしい姉のもとでままならない生活していくことになる。
中世ヨーロッパ風の世界だけど剣や魔法はなさそうで、なじみのない野菜や植物だらけなので地球とは違う世界であることが分かってくる。偶然街中で一冊だけ本を見つけるが、革の表紙に宝石などの装飾がついたとても高価な羊皮紙の本で、自分にはまったく手の届かないものであることを知り絶望する。というかマインはこの世界の文字すら読めない。
そんな困難な状況の中で、幼馴染の少年ルッツが材料集めに色々と協力してくれたり、兵士の父親の同僚で元商人のオットーに文字を教えてもらったりして、この世界の母親が枕元で話してくれた物語を書き起こした原始的な本を作ろうとするが、様々な困難が立ちふさがってなかなかうまくいかない。
全部で単行本二十冊分ぐらいの長い話で、うまくいったと思ったら新しい世界が開けていき、そのたびに新たな困難が次々と出てくるけれど、マインの周りには色んな人々が集まって協力してくれるようになっていく。第一部は商人に弟子入りする。第二部は神殿に入る。第三部では貴族社会に入り、第四部では学園生活を送る。そして最後の第五部で怒涛の展開から結末がつく。どこが一番面白かったかちょっと思い返してみたけれど、大体どこも面白いので選びがたい。まあ第三部が一番動きがあってよかったかも。
状況がどんどん変わっていくしネタバレにならないようにしないといけないのでフワッとした書き方になってしまうけれど、この作品の一番素晴らしいところは世界観がしっかりしていて、その世界観の中で色んな人たちがそれぞれの論理で動いているところだと思う。第一部ではまずこの世界の庶民がどんな風に物事を考えて生きているのかから始まり、商人に弟子入りすることで商人の論理になじんでいく(職人の論理とは対立する)。第二部ではそれに神殿の世界の論理が加わる。読者は未熟な主人公マインとともにこの世界に戸惑いながら様々なことを知っていく。マインは少しずつうまく振る舞えるようになっていくが、たびたび失敗して反省する。
話が面白い一方でキャラクターが弱いと思う。まず主人公なのだけど、マインになる前は女子大生だったにも関わらず、幼女の体に引きずられているのか精神年齢が低すぎるというか、本ばっかり読んでいたのに性格が天真爛漫すぎる。モテない女だったらしいけれど、たまに幼馴染の「しゅーちゃん」のことを思い返すことがあって毎度イラッとさせられる。正直、本好きの読者はこの主人公にはあまり感情移入できないと思う。自分は普通に少女マンガ的なヒロインだと思って読んだ。
途中で実はマインには魔力があるのだということが分かり、そこから強い魔力で無双し始めるのがちょっとうんざりした。
自分と似たような境遇の少女フリーダに対してあんまりシンパシーを持っていなかったのがアレッて思った。フリーダは強引な性格をしているので腰が引けたのかも。こいつに対してだけでなくマインはあまり感情に流されず理性的に人を判断しがちで、根底の部分で論理的なのが本好きらしくてこの点に限れば非常に好感が持てるのだけど、この点以外の普段の性格はとても感情的なのでちょっと違和感がある。
ルッツ少年に対する態度も不可解だった。誰かとうまくいくかもしれないということがまったく頭にない根っからの喪女(モテない女)のメンタリティなのかもしれないけれど、別に好かれたいとも思っていないところがちょっと想像を超えている。まあそもそも彼女は何にもまさって本が大好きな異常性を持っていて、本より大事なのは家族だけなのだからしょうがないのかも。
第三部で家族が増えるのだけど、こっちの家族についてはそれほど特別な思いを持っていないのも不思議だった。そもそもこの世界のマインの家族は中の人である女子大生にとって最初は赤の他人だったはずで、時間と共にかけがえのない絆で結ばれたことになるのだけど、むしろ途中で増えた家族のほうが一緒に過ごした期間は長いのに、なぜ新しい家族に対してそれほどまでにはならなかったのだろうか。庶民と貴族との親子のありかたからくるのだろうか。
妹のシャルロッテのことはもっと掘り下げてほしかった。まあ色々と推測できるだけの描写があるのであとは読者の想像に委ねているのかもしれない。最後のほうで彼女が自分の意志を押さえつけなくて済むようになって本当に良かったと思った。そこまでエーレンフェストに執着していないと思うので大領地の第一夫人になりそう。
兄のヴィルフリートはいいやつなので苦しい時期を迎えた時にちょっと応援した。こいつについてももうちょっと掘り下げてほしかった。おじいさまことボニファティウスが登場から唐突すぎるしキャラが雑なのでいまいち好きになれなかった。カルステッドも扱いが悪いと思う。エルヴィーラは最後の最後で心情を明かすけれど遅すぎる。こいつらの息子たちもマインとの関係が微妙なせいかあんまり入ってこなかった。ジルヴェスターの印象が変わり過ぎた。
ヒルデブラントがちょっとかわいそうだった。同じく人にそそのかされて過ちを犯したヴィルフリートに対してマインは最大限に擁護したのに、ヒルデブラントに対しては自分がちゃんと前もって説明していたからという理由で切り捨てた。本好き仲間だったのに。
同じ本好きのハンネローレとは「戦友」になるほど仲良くなったのがとてもよかった。ダンケルフェルガーの女には裏があるみたいな誰かの洞察が出ていたのでこいつの性格が実は悪いんじゃないかと思ってビクビクしながら読んだ。こいつの兄のレスティラウトとは学園内で魔術具をめぐる小競り合いになるところがおもしろかった。
アナスタージウスはこの作品では珍しく自分の意志を強く持っていてそれを発露する好人物(?)で割と好きになった。こういう最初ヒロインに嫌な感じで当たってくるやつが途中で好意を持つようになるのがたまらん。
商人のベンノさんに結局なにも展開がなかったことに拍子抜けした。クラッセンブルクからやってきた商人の娘はなんだったのか。マインとの関係についてもちょっと思わせぶりだっただけだった。ベンノさんはマインやルッツに対して厳しいけれどやさしい人で、きっと読者からも人気があったと思うので、何かあってほしかった。
フェルディナンド様マジ魔王。特に終盤での直接的な悪辣さには笑った。不幸な生い立ちから高い能力となりふり構わない非情さを身につけたことが豊富に描かれていて、作中でもっとも好きなキャラになった。なんというか少女マンガの相手役的なキャラだよなあ。「さもありなん」「君は馬鹿か」「大変結構」といった特徴的なセリフがだんだん愛おしくなった。
ハルトムートみたいな「狂信者」はしつこくて好きになれないのだけど、こいつは自分が上級貴族なのに庶民に対してやさしいのが好感持てる。この世界の貴族は庶民のことをゴミのように扱っているということがしつこく描かれる中でのこの描写だから余計いい。まあ崇拝対象のマインの前には上も下もないという考え方なのだろうけど。一方でクラリッサは同じ「狂信者」かつ「武よりの文官」で、積極的な女は自分の好みのはずなのだけど、内面描写が少ないせいかこいつが勝手に暴走しているようにしか思えなくてあんまり魅かれなかった。
良くも悪くも淡々と描かれるネット小説だからなのか、話の筋は毎回期待させてくれるのだけど、キャラのエピソードが弱いと思う。普通の小説だったらたとえば各巻ごとに一人一人のキャラにスポットライトが当たって深掘りされていって、全体を通じて長編作品としてどんどん愛おしくなっていくものなのだけど、この作品にはそういう要素があんまりないと思う。閑話と称して各キャラ視点での話が語られるのだけど、あくまでマインのやったことを盛り上げているだけって感じ。
マインの病気を根治させるために季節ごとに魔物を退治して素材を集めに行くイベントが毎回つまらなかった。よくわからない理由で、よくわからない空想上の生き物に対して、よくわからない技とか魔法を繰り出すので、いまいち入っていけなかった。たぶん魔法ファンタジーの最近の作品は全部ハリーポッターに影響を受けていると思う。映像化したら映えるんだろうなあ。ちなみにこの作品はドイツ語圏っぽい言葉にあふれている。
「ディッター」という名前の競技が貴族の間で流行っていて、各領地の順位付けにも使われている。この競技にはいくつかのレギュレーションがあって、まったく違う競技といってもいいぐらいにルールが違っている。共通しているのはチームワークで戦うことぐらいだろうか。あ、一対一のもあるんだっけ?戦闘行為に絡めていろんなルールがある感じ。
この世界の貴族社会では、領主候補生、護衛騎士、文官、側仕えの四つの職種(?)があるのが良かった。領主候補生は領主の一族として政治の中心にいて、護衛騎士は要するに武官で戦闘員、文官は事務仕事や交渉事や魔術道具関連、側仕えは自分より身分の高い貴族の身の回りの世話や外交の場でのおもてなしを担当する。この作品は割と登場人物が多いほうだと思うけれど、何かやるときにこの役目は誰それとかいちいち説明していて、常に万全の体制を取りたいけれど取れないことが多くて人のやりくりをしている感じがちょっと楽しかった。
印刷の技術がどんどん発達していくのが楽しかった。コンテンツのほうもちゃんと考えて充実させていく。マインが試しに書いた普通の恋愛小説がこの世界ではとんでもないエロ小説扱いされるのがウケた。あと本だけじゃなくて知育玩具なんかも作っていく。あと「簡易チャンリンシャン」こと洗髪用の油とか地球の料理の再現なんかもこの世界の人々を魅了するのだけどもはや異世界転生ものでは当たり前のことか。
結末が非常によかった。最終的にマインは婚約するのだけど、互いに伝え合ったメッセージがとても素晴らしかった。恋とかよく分からない二人らしい愛の形だった。まだまだ続きが書けると思うのだけど、作者的に区切りがついたってことなんだろうか。だとしたら作者にとってこの作品はラブロマンスってことになるのかなあ。なお、現在ハンネローレ視点でのその後の話がポツポツと続いている(自分は未読)。
PDFになったものは自動的に各章のあとがきが挿入されているのだけど、途中からちょっとうっとうしくなってきた。あとがきあり版となし版が欲しかった。
正直、感動的なシーンは全体の分量の割に非常に限られるので感動したい人にはあんまり勧められないけれど、純粋に淡々と面白い話が読みたいのであれば非常におすすめ。面白いといっても人によって面白さの感じ方は異なるだろうけれど、敵をぶったぎっていく感じの話じゃなくて人間関係が深まっていったり組織や産業を発達させていったりするのが楽しいと思える人はぜひ読んでみてほしい。
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