血の轍 |
中学二年生の男の子の長部静一にはとても優しくて仲の良い母親がいたが、自分の子供を自分の分身のように考えているような支配的な女だった。あるとき親戚と家族ぐるみで山登りに行ったとき、静一に対してやたら危険なことをしてふざけてくる従兄弟のしげるに対して、彼女はとんでもないことをする。青年マンガ。
押見修造の作品はこれまで「惡の華」「ぼくは麻理のなか」を読んでどっちもおもしろかったのでこの作品も当然読んでみたのだけど、展開がすごく気になったものの正直そこまで自分には響かなかったし、話の進み方が遅かったこともあってじれったくて読むのをやめてしまった。で、最近になってやっと完結したので読んでみた。やっぱり自分にはピンとこなかったけど、部分的にはちょっと刺さるものがあった。
母親という存在は多分誰にとっても大なり小なり支配的なものだと思う。なにせ赤ちゃんの頃から子供の世話をし見守り導いてきた存在だから。共働きの家庭なんかだったらちょっと違うのかもしれないけれど、パートタイム労働ぐらいだったら家にいる時間が長いので父親と比べて子供との関わりが深いと思う。
この作品に出てくる母親の静子はそれが異常なほど強くて、子供が大きくなっても過剰なスキンシップをしたり、子供を叱るときもまるで自分の一部であるかのように働きかけて結果的に意のままに操ろうとする。その描写が一級のサイコホラーのようでとても怖かった。絵がとても素晴らしく、母親が不気味なほど美しく迫ってくる。
この作品はそんな母親の支配から必死に逃れようとする静一の物語のはずなのだけど、何度も言うように自分にはいまいちよくわからなかった。自分の母親も結構支配的なところがあると思っていたけど、これを読んだら全然大したことなかったんだなと思った。だからなのか自分は静一にあまり共感できなかった。そしてこういうのもなんだけど多分ほとんどの読者にはピンとこなかったんじゃないかと思う。
ただ、この作品はそこだけに留まらなくて、いくつかの要素で人生というものを切り出してみせていてジンとくる。崩壊していく家庭とそれをなんとかしようとする父親。なぜ母親の静子がこんな女になってしまったのか。父親の側にあった問題とはなにか。一家をとりまく社会はどうだったか。作中で二十数年の時がたち、老いた父親や母親の変わりようとそれを見つめる自分の気持ちの変化。そういったものが淡々と描かれていく。
自分はこの作品を読んでまあ良かったとは思っているけれど、人に勧めるかといったらたぶん勧めないと思う。人によってはたぶんこの作品を読んで自分のこれまでの人生のあれこれを思い出すと思うし、それによってなにかしら得るものがあるのだろうけど、この作品自体はあまり語りかけてこない。想像しないといけない。よく言えば映画的な作品なんだと思う。たぶん小説だったらウザいくらい自省の描写があったと思う。マンガにはもっといいバランスがあったんじゃないだろうか。
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