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望郷太郎 15巻まで
イラク支社に左遷されていた四十手前の家庭持ち男性・舞鶴太郎は、急に訪れた地球規模の大寒波に自らが開発をリードした冬眠装置に入ったが、目覚めたらそこは五百年後の世界だった。文明が崩壊した世界で日本を目指して歩いていく。青年マンガ。

NHKでアニメ化もされた「へうげもの」の作者の最新作であり、講談社のマンガアプリを入れたらタダで読めるとの広告が流れてきたので、自分は「へうげもの」を好きになれなかったけど興味を引かれて読んでみた。とてもおもしろかった。ただ、記憶喪失の男が自らのアイデンティティを求めて日本へ向かう話かと思っていたらまったく違う話だったw

まずは一緒に冬眠装置に入った奥さんと息子が既に死んでいることに気づいて太郎が絶望するところから始まる。なにせ当初は一時的な大寒波をやりすごすために数か月程度コールドスリープすることを想定していたので、まさか五百年も眠ることになるとは思っていなかった。

シェルターの外に出てみると人の姿がまったく見当たらず、建物も当然ボロボロで草もボウボウだった。日本はどうなっているのか?離れて残してきた娘はどうなったのか?いったんすべてがどうでもよくなった太郎だったが、せめてそれらを見届けるため、歩いて日本へと向かうのだった。

というわけで最初は、文明にどっぷり浸かっていた現代の壮年男性が、文明の失われた世界でいかに生き残っていけるかが描かれている。

物語はイラクのバスラから始まる。湾岸戦争で聞き覚えのある都市で、最近なにかと注目されているペルシャ湾の一番奥に位置している。そこから当初はシルクロードをたどることを考えたが、それよりもシベリア鉄道ルートのほうが良いことに気づき、いまのなんたらスタンとかの国々がある中央アジアのあたりを進んでいく。

なにが起きるのか分からないからこそおもしろい話で、全部説明してしまうと興ざめになってしまうので、ネタバレを避けて要点だけ書くことにする。

まずはやっぱり一人だと何もできないということで、パルという野性的で親切な男性と出会う。なぜ彼が太郎にやさしかったか?過酷な自然の中で人間はどう生きているのか?ということで狩猟時代にまでさかのぼって人間のありようが描かれている。

ずっとそんな感じで描かれるのかと思いきや、途中で村に行きつく。その村は、さらに大きな村から干渉されていた。そしてその大きな村は、なにやら古代国家のようなものに支配されていた。人が人を支配する人間の社会が描かれる。

そしていまのところ一番おもしろかったのは、貨幣によって人々が支配されている様が描かれているところだった。太郎は現代人としての知識を振り絞って権力者に対抗する。これは同じく貨幣に支配されている私たち現代人にとても刺さる話だった。

主人公の舞鶴太郎は商社マンであり、日本の旧財閥家の中でも弱小な一族の御曹司だった。育ちがよくて性格もいい。でも妻子に死なれて絶望を味わい、半ばやけっぱちになっていた。しかしこの世界で生きていくうちにだんだんいまの状況を受け入れ、自分と関わった人たちがなるべく不幸にならないよう行動するようになる。好感が持てるし共感できる生き方だった。

人間同士の争いは最終的に暴力で解決される。そんな生の現実が描かれていた。そしてさらにその生々しい現実を覆い隠すかのように貨幣が人々を支配していた。どうして人々は貨幣の価値を信じるのか?彼らの支配を打ち破るにはどうしたらいいか?太郎は商社マンとして培った知識と経験をもとに、いろんな立場の人たちと利害関係を調整し味方につけていく。

諸説あって定かではないけれど、湾岸戦争はイラクのフセイン大統領が原油をドル以外の通貨で取引しだしたからアメリカが基軸通貨ドルの地位を守るために起こしたという説があって、この作品はいわゆるペトロダラーの闇にちょっと触れているかのように思えた。

この作品ではそうした貨幣制度に関する現代の闇には突っ込まず、あくまで一度文明が崩壊した世界で再び生まれたとある国の貨幣制度を描いている。そしてその貨幣制度を作り上げて人々を支配している人間に対して、新たな貨幣を作ることで対抗する筋書きが展開されている。これはとてもスリリングで示唆に富んだ話だった。

狩猟生活で生きていくだけだったら毎日そんなに働かなくていいことも描かれていた。でもじゃあ衣食住が充実しスマホもあって娯楽にあふれている現代の奴隷生活を捨てられるのかって話になる。

絵はあまり現代的ではなくて、手塚治虫のちょっとあとぐらいのいわゆる普通のマンガって感じがした。キャラの喜怒哀楽がはっきりしていれば特に何の不満もないんだけど、自分にとっては絵自体からなにかしらの魅力を感じることはあんまりなかった。

衣食住を大体自給自足でまかなっている人以外は絶対読んでおいたほうがいい素晴らしい作品なので、ぜひ読んでみてほしい。
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