凶犯 |
国有林監視の公職についた軍隊出身の正義感が強い李狗子が、材木の横流しで財をなした村の四兄弟と対決したことから起きた事件を、現代中国の社会問題を抉り出すように描いた作品。
作者の張平は、中国作家協会の副主席で、いくつかの作品が映画化されてヒットした人気作家。訳者の荒岡啓子はプロの翻訳家ではなく中国語教師で、作品への熱意から翻訳し出版してくれる会社を巡り歩いたという。
ページをめくるとまず人物紹介と組織図があるので、本格的なミステリーを読むときのように気合を入れなくてはならないのかとゲンナリしたが、本文を読み始めてみるとそんな心配はまったくなくなった。とにかく読ませる。登場人物は一人ずつ順番にスッと頭に入ってくる。あとがきを読んで納得したが、作者はインテリを除いた中国の低い教育水準の人々に向けて、分かりやすく丁寧に書いているのだという。台詞が長く延々と続いて描写そっちのけになっている部分が時々あるが、読みやすさを考えてのことだろう。翻訳もよくて自然にスイスイ読める。
まず主人公を襲った悲劇が描かれる。続いてそこにいたるまでのことと復讐への長い道のりと回想、事件後の経緯と社会風刺が、平行して描かれる。その瞬間を見届けたいという冒険的な筋道と、事件後どうなっていったのかという社会的な筋道とが、交互に少しずつ進んでいく。
登場人物がどれも豊かで個性的でそれでいて非常に分かりやすく描かれている。悪党の四兄弟、彼らに盲従する村人たち、小心者の村長、保身しか考えていない党や行政の幹部たち、主人公にさりげなくも厚い好意を見せる警察所長と、そんな所長になぜか影響されている所員の老王、自分勝手だが素朴で正直な主人公の妻。
この話は現代中国を舞台に描かれ、共産党や軍隊や国有林だの現代中国独特のものが多く出てくるが、基本的な部分は日本にも非常によく当てはまる。現代の日本人はとても中国をバカにできない。あとがきで紹介されていた国有企業幹部の私腹の肥やし方には腹が立った。彼らは自分で自分の私有企業を作り、国有企業の持つ資産を二束三文で自分の会社に売って横流ししたり、国有企業をリストラされた従業員を薄給で自分の会社に雇ってこき使っているのだという。
さて私の知り合いが北京に旅行にいったとき、この作者の原書を探していて、見つからなかったので道行く若い人に聞いてみたところ、こんな下流の人間が読むような本はここにはない、と一人から言われたと腹立たしげに言っていた。あとがきにも少し触れられているが、北京にいるような富裕層には、このような作品は無縁なのかもしれない。
多分彼らからすれば中国を舞台にしたアーバンで現代的で退廃的な作品が世界的に高い評価を受けたいと思っており、この小説のような作品は自国がオリエンタリズムの対象にされて不愉快なのではないかと思う。でも私はこの作品が扱っているテーマはごく普遍的なことだと思うし、国有企業の不正についての作品もこのあと書かれるのだが、あえて国有林や僻村のような田舎臭いテーマを選んだこと自体が
この作家の円熟したところだと思う。
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