涼宮ハルヒの憂鬱 憤慨までとアニメ版 |
平凡な日々を過ごしたくないと強く願うヒロイン涼宮ハルヒは、中学の頃から奇行を繰り返しては何か起きるのではないかと期待するがその度に落胆していた。そんなハルヒと出会った主人公は、最初はとりつくしまも見せなかったハルヒと打ち解け(?)、活動的な彼女が作り出したSOS団という怪しい団体に入らされ巻き込まれていくうちに、彼女が実はとんでもない能力を持っていることに気づく。
角川スニーカー文庫のいわゆるライトノベルと呼ばれるシリーズで、本作は公募から大賞を獲得した谷川流のデビュー作。
まずこの作品は完全なSFである。ハヤカワ文庫に入っていてもおかしくないぐらいハードな部類に属すると思う。それでいて学園モノで萌え要素まである。そして一番の要素は、ヒロインのハルヒが超ツンデレなことだ。それもデレデレがかなり微妙なマニア向けのだ。
ストーリーを解説してしまうとネタバレになってしまうので触れない。
サンタクロースなんて信じていなかったという内容の主人公の独白から入るのだが、一文の長さと流暢さにいきなり驚かされた。本当にうまい文章を書く人は読点をほとんど入れない、と言っていた友人の言葉が頭をよぎった。デビュー作とは思えないほど文章の質が高い。いかにもライトノベルにありがちな小ざかしいレトリックもある程度自然に決まっている。読者人口の多いところにこうやってどんどん才能が集まってくるのだなと思わされた。海外のサイトを見ると、なんと日本から取り寄せて勝手に英訳しているところがあるから驚きだ。そんな作家は日本では村上春樹などのごく一部だ。アニメ化されたのが大きいのだろうが、世界から日本に発信できる数少ない活字作品の一つとして早くも日本を代表する小説となってしまったというとさすがに言いすぎか。
まず何よりヒロインのハルヒの人物造形が素晴らしい。まあマニア好みであろうが、平凡な人間は相手にしない、宇宙人か未来人か超能力者なら来なさいと、入学早々の自己紹介で宣言してしまうところから、種種諸々の奇行の描写が続き、私はとりこになってしまった。
そのハルヒのもとに、何かありげな三人が集まる。長門有希は無口キャラでまるでエヴァンゲリオンの綾波レイのようだ。朝比奈みくるは完全な萌えキャラ。古泉はしたり顔のキザな男だが誠実さが魅力だ。特に前二者にはほとんどオリジナリティがないかのように思われるが、裏の設定がちゃんとあるので堂々と狙っていっている。うまい。
ハルヒがなぜ憂鬱になったのか、ということが語られる描写が胸にくる。ハルヒと同じシチュエーションで同じことを考えた人はそう多くはないだろうが、ハルヒの憂鬱を誰もが違う形で感じたことがあるに違いない。色んなことを考えさせられる。
この作品にはハルヒをめぐるいくつかの勢力が描かれるが、それらが一枚岩ではないというところがまた深い。なかなかここまで念入りに考え込まれた話はないんじゃないだろうか。というか考え込めばいいってもんじゃなく、はっきり言うとこの作者はかなり頭がいいのではないだろうか。登場人物ごとに視点があって、世界をどう見ているのかが違うというのが、かなり分かりやすく描かれているが、書くのは大変だろうなと思う。特に素晴らしいと思ったのは、意志を持っていない長門有希をどう見ているかというところだ。朝比奈みくるは自分の考え方を長門に投影しており、主人公は主人公で自分だけが長門の微妙な感情の吐露を読めていると思っている。
ハルヒを含めて三人の女の子が出てくるが、それぞれが主人公に対してまったく異なった好意(?)を持っていることにはもうため息が出るほど感傷的になった。そのどれもがさりげないのが本当に最高である。朝比奈みくるについては露骨な演出がてんこ盛りだが、オタクを満足させるには丁度いい。という私のようなひねくれた読者まで広い読者層を取り込んだのではないだろうか。この三人は魅力的なキャラだが、それ以上に私は男キャラである古泉が結構好きで、主人公を煙に巻くのだが持ち前の誠実さが憎めないどころか愛せてしまうほどだ。
本当にちょっとしたことだが、歴史的な知識にもとづいた主人公の比喩に、洋の東西を問わない幅広さがあって関心した。私に分からないものがいくつもあったが、ローマ帝国の将軍ベリサリウスが出てきたときにはニヤリとした。
一巻のラストは本当によく出来ていた。各登場人物の台詞回しは絶品だった。すべてが終わったあとのハルヒの態度。それを振り返る主人公。私はもう、アニメ⇒小説⇒アニメと三回も見てしまった。ここまですぐに再読・再鑑賞した作品はなかった。
ただ、残念な点もある。単行本が現在八冊まで出ているが、結局最初の巻が一番面白く、他の長編は物語の面白さという点ではいまいちだった。さらに中編や短編はもっと完成度が落ちるというか、いかにもSF的な仕掛けを披露して終わってしまったり、SOS団のこういう日常もいいでしょと言いたげなだけで何の展開もなかったりして、何度もガッカリさせられた。読んでいる最中の期待感だけ高かったのは良かったが、この分だと再読する気があまり起きない。まあ多分もう一度読むとは思うけど。SFの悪い点がそのまま引き継がれていると言っていいだろう。
タイムパラドックスの占めるウェイトが大きすぎるし、内容もちょっとありきたりすぎると思う。特に「…の陰謀」はもうそれだけでストーリーが進んでいて、途中までのワクワク感は良かったのだが、結末の何もなさにガッカリさせられた。
原作は一巻の「涼宮ハルヒの憂鬱」と、もう一本の比較的よく出来た長編「涼宮ハルヒの消失」がお勧めで、あとはこのシリーズが好きになれたら読むと良いぐらいだと思う。もちろん私は大好きである。
最後にアニメ版について。私はそもそもこの作品をアニメ版から見た。海外のとあるサイトの人気アニメランキングで、宮崎作品やその他の名作を押しのけて堂々の二位をいきなり獲得していたので、気になって見てみたのだ。まあ語り口が論理的なので欧米人が好きそうな作品ではあると思う。それに何よりSFだし。ちなみに一位は、るろうに剣心の映画版だかOVA版らしいが私は見たことがない。なにやら泣かせるストーリーらしい。
アニメ版は小説を非常に忠実に再現している。本当によく出来ている。あんまり陳腐なことは言いたくないのだが、小説には小説の、アニメにはアニメの良さがある。どちらも最高だった。ただ、アニメはあくまで原作ありきであり、オリジナルの小説なしには生まれなかった。小説の原作のないアニメオリジナルのエピソードが仮に作られたとしても、大したものにはならないだろうと確信する。とはいっても、アニメから入った私にとっては、小説を読むときにそのイメージがおおいに役立っているはずで、そうした点ではもう私は公平に比較できない。小説は小説でイラストレーターを取り入れてイメージ喚起の努力をしているが、アニメもまたそうした努力をしてほしいものである。良い原作を見つけてくるところまでは良いのだが、自分たちだけでやりだしたとたんに作品のレベルが数段落ちるのはなんとかならないのだろうか。まあこの作品に関しては、私が知る限り一本だけ原作に見当たらなかった話があったが、雑誌に掲載されたものかもしれないのでなんともいえない。その話はそれなりに悪くなかったように思う。
アニメの第二シーズンは少なくともすぐあとには続かなかったが、いずれ作られることを願う。
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