僕の小規模な失敗 |
色々とモノを考える人なのに勉強が出来ず要領が悪かった作者が、工業高校に進学して暗鬱とした日々を送っていたある日、自分なりに現状を打破しようとしてマンガを描き始めたが、なかなか状況は良くならずについには高校を中退し、バイト生活をして人生の地味な裏街道を歩んでいく話。マンガ。
同じ作者の「うちの妻ってどうでしょう?」がとても面白かったので、いずれ何か他の作品を見かけたら買ってみようと思いつつ、別の本を探して書店の本棚を全部ねめまわしていたら、作者の福満しげゆきの作品が何冊も目立つ位置に固まって置かれていたので、さすがに一気に全部買うのはためらわれてとりあえずこの作品だけ買ってみた。結果的に大正解だった。
この作品を一言で言えば「鬱屈した青春」。若いころに自分の思い通りにいかなかった人なんてそこらじゅうにいると思うけれど、この作者ほどその落差が激しかった人はなかなかいない。しかもそんな自分を非常に冷静に、自己を偽らずに淡々と描いていて、読んでいるこっちが胸を締めつけられる。
中学校までは義務教育だから誰でも通う。すごく頭がよかったりお金持ちの人は私立の学校に通うが、大体この日本を構成する上から下までのほとんどありとあらゆる人が公立の中学校に通う。だからみんな分かると思うが、中学校にはほんとどうしようもなく素行の悪い人たちがいる。もしあなたがそのとき何かネジが抜けていて勉強の必要性を感じなかったとしたら、そんな彼らと一緒の学校や社会に放り込まれることになる。
この人のかわいそうなところは、工業高校やバイト生活などの道を行く人たちにはその人たちなりに楽しい生活があるのだが、こっちの道でもうまく歩くことが出来ずにもがいていた。クセのある絵と暗くて分かりにくい絵のマンガがなかなか受け入れられない。友達の紹介で知り合った女の子に惚れて、もっと仲良くなろうと不器用にアプローチをするが拒絶される。こういうことを普通に書けるのは多分頭がおかしいからだろう。良い意味で。
この人のキャラクターは特徴的で面白い。内向的でうじうじ悩むかと思ったら積極的に打って出ることもある。無気力なのかと思ったら積極的に柔道部を立ち上げたり生徒会長に立候補したりする(内申のためだけど)。
なかでもとても変わっているのが、女の子とデートっぽいことして何をすればいいか分からず頻繁に飲食店に入っては会話に詰まった挙げ句、紙を取り出して彼女にマンガのネームを描かせてついにはそれを小さな出版社に持ち込みまでさせてしまうエピソードだ。しかも持ち込みは一緒に行くのは出版社の前までで、そのあとは彼女一人に行かせてしまう。ほんとこの人は頭がおかしい(もちろん良い意味で)。
みっともない自分を観察して描くだけでなく、このどうしようもない世の中に対しても同じ視線で見ているところがまたいい。こういうダメ人間系の人って、ダメなのは自分だけだと思いがちなのだけど、作者は自分の身の回りの人のダメさ加減も淡々と描いている。かなり赤裸々に描いていて多少の悪意も感じるが、まったく攻撃性が感じられないので不快感がない。「確かに僕はダメ人間だけどお前らだってそうだろ!」みたいなところが全く無いのだ。悟っちゃっている。それも「世の中こんなもんだ」みたいな半端な悟り方じゃない。どうやったらこんな人が出来るのだろう。親や身の回りの人たちがみんなおとなしかったのだろうか。
同窓会に出てみたら野球部で光ってた何々君がすごく地味になっていた、あのころ根拠なく持っていた自信をみんな失ってしまったのだろう、ツンとしていた女の子たちのガードがみんな低くなったのか、みたいに冷静に感想を述べる作者。そりゃ誰だって年月が立てばほとんどみんな冴えない親父やうるさいおばさんになるに決まっているんだけど、その過程の中の一コマを見事に切り取って見せていてゾクゾクする。
私が高校生の頃、同じクラスに軟式テニス部に入っていてやせ型でうりざね顔で普通に女装も出来そうな男がいて、性格的にはちょっとイジケた感じながら話もそこそこ面白くてきっと裏ではモテただろうなと思っていたのだけど、このまえ久々に会ったらIT土方やっていて全く華やいだ感じがなかった。自分も同業なだけに彼の口から出る仕事への不満がとてもリアルで軽くショックだった。
読み終わって本を閉じたとき、私はもちろん深い感動を味わい、意味もなく本を表に裏に傾けてため息をつき、ああ自分はこんな本を読みたかったんだと改めて思った。楽しい作品ではない。むしろ元気がない時に読むと鬱が入って会社や学校に行きたくなくなるかもしれない。作者自身はそれでも自分は幸せだったんじゃないかと言っているが、普通の人が作者ほどの積極性をもって現状を打破できるとは限らない(作者も打破できているわけじゃないのだけど)。でも世の中のどうしようもない欺瞞に穴が空けられたようで心地よさを感じると思う。
もちろんこの本に登場するダメ人間たちを笑い飛ばすギャグ漫画としても成立していると思う。果たしてそんなことが出来る人間がどれだけいるのか知らないが。
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