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世界を読みとく数学入門 日常に隠された「数」をめぐる冒険
整数、分数(有理数)、無理数、虚数(複素数)と順番に身近にある例を挙げながら数学を解説していっている本。

いつのまにか手持ちの文庫本のストックがなくなってきて電車の中で読む本に困りだしたので、ビジネス街の本屋を適当に物色してなんとなく本書を手に取ってみた。300ページにも満たない薄い本なのに税抜き743円とちょっと高かった。

最初に書いたように、本書は大きく四つの章に分かれていて、最初は一番簡単な整数を扱っている。そもそも数字の表し方は十進法だけではないのだということを、ETは八本指だから八進法だとどうなるのかと、なるべく分かりやすい例に結び付けて話を進めていくところがいい。数学というのは現実世界から自由な点が一番のウリなのだが、読者の興味を引くよう面白い逸話をふんだんに入れている。話はその後、素数からRSA暗号の話になるのだが、第二次世界大戦で日本軍の暗号を解読して山本五十六の乗った飛行機を撃墜させるに至った数学者について触れられていたりする。一方で、50ページもいかない間にメルセンヌ素数という直接は現実世界と結びつかない数字を取り上げたり、巨大な素数を使うRSA暗号の原理について駆け足で説明しようと無理をしている。

次は分数の章だ。日本では小学校の時点で約三割の生徒が算数についてこれなくなると言われている。一番大きな壁が分数の足し算だと作者が言っているのは本当だろう。そこでなるべく読者がついてこれやすいよう、有名な小話や、土地の面積を使って分かりやすく解説している。

その後はもっぱら確率を使って現実世界の例をうまく取り入れて解説している。「久米宏のパラドックス」と名づけて、久米宏がニュースで何気なく言ったことを、間違ってもいるが正しくもあると説明して、確率を安易に足し合わせてはいけない一方で、極端に少ない確率は無視できるとも言っている。最後は大学で習うベイズの定理で締められている。

一方で、割り算の定義にまで踏み込んでいるのはいたずらに読者の混乱を招いているようにも思う。1/2+1/3=2/5みたいな「素朴な割り算」が成立する食塩水の例を読んで私は少し衝撃を受けた。ただしこれは食塩水の濃度の足し算であり、約分すると数が合わなくなるので、分数も再定義の必要がある特別なケースだろう。

三つ目の章が無理数だ。まず黄金比と平方根の話から入っている。平方根を感覚的に感じるために振り子を作る話が出ているが、私なんかはスクランブル交差点を斜めに歩くときにいつもルート2を感じるのでその話をすればいいのにと思った。続いて複利、ブラウン運動ときて、ζ(ゼータ)という数まで一気に説明している。ζとは平方数の逆数を無限に足した数、つまり1/1+1/4+1/9+1/25+...なのだが、なんとこれがπの二乗を6で割った数になるらしい。これを元にしてゼータ関数という、より一般的な関数を定義し、πだけでなく素数や階乗までが式に組み込まれることがオイラーによって発見されている。正直私は素数や階乗(4の階乗は4×3×2×1)なんてちょっと便利な数ぐらいにしか思っていなかったが(階乗は確率の一般化で使う)、数学の体系にしっかり組み込まれているものなのだ。

この章はその後、正規分布や自然対数に出てくるeから、カオス理論の初歩にまで踏み込んでいる。話がどんどん難解になってきて、数式だらけで読者がついていけなくなりそうなのを、合コンの成立確率という卑近な例を引いてなんとか興味を引こうしていて、その努力がちょっとせつない。

最後の章は複素数に踏み込んでいる。三次以上の方程式を解く一般解に複素数が使われることから始まり、複素平面を実際に視覚的に見せている。ここから量子力学の話になり、波動関数から、量子コンピュータの原理にまで踏み込み、最初の章に出てきたRSA暗号を原理的に解くことが出来るのだと解説して結んでいる。

本書は、その道の専門家が書いた数学の解説本としては異例と言っていいぐらい分かりやすく書かれていると思う。しかしそれでも普通の人には難しすぎるんじゃないかなぁ。本当に分かりやすい数学の入門本は、素人が専門家の教えを元に書いた方がいいんじゃないかと思った。ちょっとしたことでいきなり飛躍したり、もうちょっと突っ込んで欲しいところを流されたりする。一方で、この分量でよく収まっていることにも驚く。文系の人が書いたらきっとダラダラして要点のつかみどころのない本になっていたような気がする。

この本は、数学が割と好きな高校生に勧めたい。特に、受験数学にうんざりしている人に、ブルーバックスの前に本書を手に取ってみるといいんじゃないだろうか。一方で、数学を単なるツールとして考えたい人には勧めない。本書の解説がいかに具体的といっても、数学が本来持つ抽象的な考え方への筋道になっているからだ。
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