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パーネ・アモーレ イタリア語通訳奮闘記
まだ日本の若者がイタ飯とかブランドものに身近に接するようになる前からイタリア語通訳として日伊の言葉と文化の架け橋をしてきた陽気な作者の面白い体験をまとめた小品集。

ロシア語通訳・作家の米原万理の本にたびたび登場する、下ネタを愛する通称シモネッタこと田丸公美子の初エッセイ。題名のパーネ・アモーレはパンと恋の意。

とにかく粒ぞろいの小話が数十篇入っている。とても読みやすくて毎回クスリと笑わせてくれる。

イタリアの男はマザコンらしい。日本で知り合ったイタリア男二人に、今度イタリアに来たら案内してあげるよと言われたので連絡したら、二人ともママ絡みの用事で忙しいからと返してきたらしい。イタリア男にツメが伸びているよと言ってあげると、「今ママが旅行中だから切ってくれる人がいないんだ」と答える。ママを幼い頃に亡くしたから妻にママみたいに甘えたいんだ、と言ったタクシー運転手に、ママがいつ亡くなったのか訊くと、「僕が二十一歳のときだよ」と答えたそうな。スキーのトンバ選手が、アルペン競技の滑降はやらないのかとアナウンサーに訊かれたとき、「ママがあぶないから駄目だって」と答えたのをテレビで見たらしい。隣の芝生は青いというけれど、日本の女があこがれる外人も一長一短だということだ。

イタリアでは「来る」という意味のvengoという動詞は基本的に使わず、英語のarriveに当たるarrivoに置き換えるらしい。これは、いわゆる日本語で言うところの「イク」、英語で言えばI'm coming!がエクスタシーに達するときに言う言葉だというのと同じで、テレビでは放送禁止用語と同じように絶対に使わないそうだ。

ほかにも、メロディを意味するMelodiaという単語は、同じ発音で「それ(男性代名詞)を私にくださいな」という意味に聞こえるらしい。「アレクサンダー大王の東征」を意味するALESSANDRO il GRANDEのilを間違って女性冠詞のlaと言ってしまい、隣に座っていた通訳の大先輩が慌ててマイクを取って訂正したそうなのだが、laだとl'haと取られて「アレキサンダー大王は大きな一物を持っている」と聞こえてしまうらしい。

と試しにいくつか面白い話をかいつまんで紹介しようと思ったが、沢山ありすぎていちいち要約していられない。さすがに米原万理が、これだけネタがあれば五冊は本を書けたのにと言うだけのことはある。様々な有名人との気さくでユーモラスなやりとり。個性的な一般人との体当たりのコミュニケーション。自分の影響を受けて軟派に育った中学生の息子の話。もちろん通訳の仕事中に起きたハプニングや珍事。

なかでも「シモネッタ以前」という生い立ちの記はとても味があってよかった。戦後まもない広島で育ち、外人からの押し付けがましい好意を受け取らざるを得なかった母親の悔しがる一言が通訳を志す最初のきっかけとなる。ノートルダム女学院で中高六年間非常に厳しいお嬢様教育を受けて育って英語を習得し、男への免疫がなかった反動から東京外国語大学に入って急に男に目覚め、イタリア語科という軟派な風にあてられて派手な格好をするようになった作者。まだせいぜい三百語程度しか知らなかった中で、アルバイトで初めてイタリア人観光客の団体にガイドすることになり、当時は今ほど通訳がいなかったので自分一人で数十人と体当たりで会話したそうだ。

通訳という立場から有名人と気軽に話せたり語学が出来るということをまったく鼻に掛けることなく、あけっぴろげに裏の事情を笑い飛ばしながら語っているところに、根は真面目で誠実な作者の人の善さが現れていて、読んでいてとてもすがすがしくて暖かい気持ちになる。米原万理によると、本末転倒なことに通訳の作者を呼ぶためにわざわざイタリア人を呼んで定期的に仕事を用意して待っている主催者もいるのだという。それもそうだろう、これだけ魅力的な人とはつながりを持っていたいに違いない。

面白いエッセイの条件をいっぱい満たしたとても素晴らしい本なのでぜひ読んで欲しい一冊。
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