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百年の遺産-日本近代外交史
外交官出身の論客が、ペリー来航から終戦後までの日本の歴史を、外交と世相を中心に書いた文章。当時の首相や外務大臣らの肉声を拾い上げたりして、どくどくと脈打つ生きた外交史を描き出している。

もともとの出展は産経新聞紙上の連載で、ようやく今朝完結したみたいである。私なんかはもう最初の頃の内容を忘れてしまったのだが、読み返す気力がないので、覚えている限りで書くことにする。どうやって読み返すのかというと、作者の主催する研究所を名乗る組織のページに転載されているので、タダで全部読むことができる。

外交官出身ということからか、戦前戦中の日本の外交はそんなに無茶苦茶ではなく、精一杯の外交の中で相手国の信頼を得たり失ったりした様子を細かく掘り起こしている。一般にもっともらしく言われている安易な説明を否定し、実際にはここまではうまく行っただとか、ここが問題だったのだとかを説明している。

中でも一番面白いのは、明治の始めから日清日露戦争あたりだ。案外綱渡りだった様子が面白い。日露戦争まで日本がうまく行ったのは、実は第二次世界大戦で敗北しないで済む確率よりもかなり低かったのだ。明治の頭から日露戦争までの範囲は、日本悪玉論の対象からはずれるため、そんなに多くの人が語ってきたわけではない。漫画家の江川達也がその名も「日露戦争物語」と題して明治日本を描く試みをしていて興味深いが、数としてはそんなに多くはない。作者が指摘するように、軍国日本を分析するにはこの時代の考察が欠かせないのである。

イギリスがアメリカよりも日本と親しい関係だった時期があったという指摘も興味深かった。いまことさらアングロサクソン同盟の結束の強さというものが語られることが多いが、実はイギリスというのは政策的には人種にこだわらず非常に合理的な国であり、むしろイギリスとアメリカは外交的な不安から手を結ぶに至ったのだ。

敗戦後の食料不足の際に、天皇が皇室の宝物リストを作らせて諸外国に売ってその金で食料を買うように言ったのを受けて、幣原がマッカーサーにそう提案したらしい。マッカーサーはそれを聞いて感動し、自らとアメリカの面目にかけてそんなことはさせないですむようにすると言ったらしい。どちらの言葉も美談である。もっとも、日本の食糧事情が安定してからもアメリカの穀物を大量輸入することになったのはまた別の話である。

最後の最後で驚かされたのが、憲法第九条は天皇制と引き換えに幣原喜重郎が泣く泣く飲んだ、という説である。当時の占領軍による締めつけが一枚岩ではなかった様子や、アメリカの政策と戦う当時の政治家たちのことを、一つ一つの出来事から丹念に書き上げていっている。作者は当時の日本の「空気」を読者に伝えようとしたのだろう。いま思えば、黙して語らなかったことこそが何よりも悪い結果を招いたと言いたくもなるが、重荷を背負った者たちをそこまで責められはしまい。

そしてその空気は、薄まりつつも、いまもまだ日本を漂っているという。最後に作者は、空気が払拭されるには戦争から百年が必要であるとし、さらなる日本の未来に期待しながらも、自分たちの世代の使命を表明しつつ結んでいる。空気空気というと馬鹿みたいだが、時代とはそういうものである。

とにかく、主要なエピソードを拾おうとするだけで全部読み返してしまいそうなくらい内容があるので、これ以上は紹介しない。ぜひ読んで欲しい。
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