グラグラな社会とグラグラな僕のまんが道 |
工業高校で孤独で鬱屈した青春時代を送り、変わった奥さんと結婚して日々の生活を描いているエッセイマンガ家の福満しげゆきに対して、社会や自分について語るよう編集者がインタビューをし、それをもとにエッセイとして構成した本。
失敗ばかりしていた青春時代をあけすけに語るこの作者のファンである私は、文字が大きいソフトカバーの単行本で値段もそこそこしたけれど本書を即行レジに持っていった。正直マンガ家の活字本なんであんまり期待していなかったけれど、この人はマンガじゃなくても文章でもすごく面白い人だった。
アートなんて金持ちの道楽か生活に困って一発当てたい人しかやらないものなんだ、ということをマンガ雑誌「ガロ」「アックス」時代の同業者を見て言い切っている。アートだサブカルだなんてのは不景気には流行らない、中流がいないとこんな文化は没落する、とも。
章立ては四つで、最初は「モテなければなにをやってもダメ」と堅く信じていた若い頃のつらい思い出を延々方っている。工業高校に行ったら学生は全員セックスしてただの、たとえマンガ雑誌「ガロ」に載ってもモテなければしょうがないと思っていただの、女と親しくなれなかったことからいつしか女に対して攻撃的な思いを抱くようになっていただの、一度彼女が出来たら二度と手放さないなぜならセックスできなくなるからだの、露悪なのか本音なのかそういうものが正直すぎるほど正直に語られている。恋愛シミュレーションゲーム「ときめきメモリアル」などにハマれれば良かったのに楽しめなかったとも。自分が過去に描いたマンガが主人公にとって都合が良すぎるストーリーだったので思い出してなんだこりゃと思ったみたいなのとか。
二番目の章は世代とか社会について語っている。この人は団塊ジュニア世代で、工業高校をやめて定時制高校から大学まで出てからフリーターとして働いたそうで、その頃の自分や世相についてツラツラと言っている。援助交際だの、不良文化だの、オタク文化など。結構分析というか切り込みが鋭くて気持ちいい。それにこの人から見た身近な事柄の分析なので親しみが持てる。でも根拠には乏しく思いつきばかりだし、身もふたもないので反発したくなる人もいると思う。たぶんこの人はこれからも爆発的には売れないと思うのだけど、その理由は読んだ人が自分のことを代弁してくれていると思うことが出来ないからだと思う。
三番目の章は自分のマンガ家業について。2ちゃんねるを見たり書き込んだりしていることをこんなにあっさりと書いてしまっていることがすごい。すごくうまい煽りにグサッと傷ついたことがあるなんてことを正直に書いている。この人はマンガを描くにあたって格闘技とゾンビ映画に大きな影響を受けているらしい。格闘技ものがどうやって成り立っているのかを独自に分析してみせたり。マンガ家は完璧主義者じゃダメなんだ、50〜60点ぐらいで出すのを続けていればレベルアップしていくんだ、みたいなのとか。
四番目の章はこれからみたいな題で短いし取り立てて取り上げるような話もないけれど、これからのグラグラな生活の展望について語ったりと、これからも人生は続いていくみたいな、あまり他の人が書かないようなことを書いていて面白い。
ほかに章間や巻末にはこれまで単行本に収録されてこなかった四コママンガや映画レビューや、バンドでデビューを目指す人をおちょくったような1ページ連載が挟まれている。四コママンガはつまらない。映画レビューは映画の内容よりも自分の個人的な感情や自分ごとを書いていて、知っている映画ならいいんだけど知らない映画だと置いてけぼりになることが多かった。バンドでデビューを目指す人をおちょくったような連載は、一ページをまるで絵しりとりのように細かい絵と矢印でつないで組み立てていて、作者が身もふたも無いことをばっさりと「ムダです」と何度も言い切るところが笑える。
作者ほど自分の負の感情と向き合った人には、普通の人が抱く甘い感情をバッサリ斬るのは造作もないことであり、もはや作者は(多少は恨みこもっているのかもしれないけれど)ごく自然な動作として諧謔を行っている。
題にある「グラグラな社会」というのは私も日々感じる。出版社との契約が結構いい加減だったり、デビューにだいぶ運が絡んだりする例を作者は引いている。きっと世の中の多くの人はこんなことを考えたりしないと思う。だってそういうものだと思ってあまり疑ったりはしないだろうから。そしてあるとき急に足を踏み外して転落することもあれば、世界を疑うこともなくずっと幸せに暮らしたりする。「世界はこうあるべきだ」と思ったりしなければ、いまの世界のありようには疑問を抱かないものだ。そういう意味で作者は思想家だと思う。
このレビューを書くにあたってざっと読み返したのだけど、思っていたより内容が散漫でまとめづらかった。読んですぐ書く気になれなかったのはきっとそのせいだと思うのだけど、ひょっとしたら無意識のうちに腹を立てていたのかもしれない。それでもこうして時間を使ってでもレビューを書いたのは、やはりこの本は面白いし人に勧めたいという思いがあったからだ。
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