スキップ・ビート! 33巻まで |
幼馴染の青年のために精一杯尽くし、高校にも行かずに働いて青年の歌手デビューまで支え続けた最上京子だったが、自分が恋人ではなく都合のいい女として扱われていたことを知り、怒りに燃えて芸能界デビューして見返してやろうと発奮する。最初はそんな復讐心がすべてだったが、次第に演技の奥深さに目覚めていく。少女マンガ。
2008年にアニメ化されたのを見てハマり、当時二十数巻まで出ていた原作マンガを一気に新刊で買い揃えて読んだ。でもその後、発刊ペースが落ち、カイン・ヒール編があんまり面白くなかったので自然と購読をやめてしまっていた。久しぶりにまた読み返したくなったので最新刊まで読んでみた。
少女マンガの代名詞といえば今では美内すずえ「ガラスの仮面」だと思う。その「ガラスの仮面」と同じ雑誌で、同じく演技を扱った作品がこの仲村佳樹「スキップ・ビート!」であり、人気はいまのところ及ばないが売上は一千万部を超えている。
「ガラスの仮面」の主人公マヤは演技の天才で、とにかく演技したくてたまらない、演技のためならなんでもする、というかなりの熱血モノになっているのに対して、この「スキップ・ビート!」の主人公キョーコは単に大物芸能人になって自分を捨てた男を見返してやることが目的だという軽薄な動機で始まっている。また、「ガラスの仮面」の主人公マヤは演技以外てんでダメな素朴な少女で、自分を影から応援してくれる謎の男性に恋焦がれているのに対して、この「スキップ・ビート!」の主人公キョーコは男に手ひどく振られたことから自分はもう一生恋愛なんてしないと心に決め、演技なんてどうでもいいと思っていた。
とまあ一見して正反対な要素が目立つのだけど、それは少女マンガが十年二十年と進化しつづけたからであり、また時代の流れに合わせて変わっていったからだろう。普通の女の子だったら演技よりもまず芸能界自体にあこがれるだろうし、男にモテたいという欲の方が抱きやすい。演技に出会って打ち込むようになるのだけど、演技そのものが面白いというより、演技を通じて認められたいという自己実現的な目的の方が前に出てくる。このように、いまどきの女の子がシンパシーを抱きやすいのがこの「スキップ・ビート!」の主人公キョーコなのだと思う。
…でもこのキョーコってかなりの変人なんだよなあ。だから自分は大好きなんだけど。
ストーリーを追っていくと、まず芸能事務所に所属しないといけないので門を叩くことになるのだけど、もともとそんなに魅力のある少女でもないので文字通り門をこじ開けに掛かる。甲斐あってなんとか入れるようになるものの、そこで芸能人としてやっていくにあたって一番の欠点が露呈する。自分が「みんなから愛されている」という思いを抱けないこと。お茶の間の人々から愛されることで稼ぐ商売であり、その点で自分に自信を持てることが必須条件だというので、社長の肝いりで始められることになった「ラブミー部」という部署での下働きから始めることになる。
いきなり「みんなから愛されている」という自信を持つのは無理なので、まず他人を思いやることからできるようになるよう、会社の雑用をやらされたり、わがままなアイドルの世話をさせられたりする。でも、男に捨てられたばかりで、いままで一途に一人の男を愛してきた自分を否定されたキョーコにとっては、愛とか思いやりといったものを素直に信じることが出来なくなっていたのだった。
ストーリーがとにかく面白い。いちいち説明していくのも面倒なので書かないけれど、問題を解決していく展開が楽しみで、どんどん読み進めていった。演技対決では毎回あっと驚く仕掛けで勝利をつかんでいく。キョーコって別に天才ってわけじゃないんだろうけれど、あらためて考えてみると天才なんじゃないかと思う。
一つだけ例を挙げると、芸能事務所が開設している演技スクールというのがあって、事務所への所属を希望する人たちがそこでレッスンを受けているのだけど、そこにキョーコも不定期で通うことになる。すでに事務所に所属しているキョーコはそこでやっかみの対象になっていじめられるのだけど、みんなの練習の邪魔をする小さな女の子がいるのでなんとか対処しなければならなくなる。この女の子は練習に使われている台本がウソくさくて気に入らなくて、自分が社長の孫だという立場を利用して理不尽なダメ出しをしてくる。そんななかでキョーコと他のレッスン生との間が険悪になっていき、ついには演技で白黒をつけようということになり、その女の子がジャッジをすることになる。…あ、これネタバレになるじゃん。しょうがないのでこの先は言わないけれど、キョーコは心理学的なテクニックを使ってその女の子を演技に引きずり出して見事解決するのだった。
逆ハーレムものでもある。まずキョーコを手ひどく捨てたのは、歌手としてデビューした超新星ロック歌手の不破尚で、こいつはキョーコなんてぜんぜん興味がないと思いきや、巻が進むと突然キョーコは自分のモノだといってしゃしゃりでてくる。しかし幼馴染で距離が近すぎたこともあり、恋愛対象とは思っておらず、子供っぽい独占欲でキョーコを振り回す。一方のキョーコは、これまでの半生こいつだけ愛してきたのを裏切られただけあって、もう絶対にこいつを芸能界から蹴落としてやると憎しみ続ける。キョーコはこいつの身近で世話をしてきただけあって、こいつの弱点をなにからなにまで把握しており、テレビ収録のときに居合わせてこいつに嫌がらせをする。
なかでも結果的に一番の嫌がらせになっているのは、不破尚が最大のライバルだと思っている俳優の敦賀蓮と仲良くしていること。長身イケメンで若手ナンバーワン俳優の敦賀蓮は、最初キョーコの演技に対する不真面目な姿勢に腹を立てて距離を置いていたけれど、キョーコの真剣さに気付いて先輩として目をかけてくれるようになる。で色々説明をすっ飛ばすと、最終的にこの敦賀蓮とキョーコとのぎこちないラブストーリーになっていく。
いろいろ説明するとキリがないのでそろそろこの作品についての文句も言わせてもらうと、この敦賀蓮が実はキョーコとごく短い期間だけど幼い頃に接点があり、キョーコにとって敦賀蓮は運命の人でもあるというしょーもない設定。…うーん、こういうのって読者に好まれるからなのかなぁ。自分はすごく興ざめした。さらにさらに、こいつはこのあとアメリカに渡ってすさんだ生活を送り、心の闇を抱えてしまう。いまやってるカイン・ヒール編では、役柄とシンクロして彼のそんな心の闇が表出してしまい、それをキョーコがなんとかしようとする話になっている。なんだろう、男になにか心の闇があってそれをヒロインが救うという展開を読者が大好きだからなんだろうか。同じ出版社で姉妹誌LALAでやってた津田雅美「彼氏彼女の事情」も最後そんな感じだった。作者か編集の趣味というわけでもない気がする。
そこで思ったのだけど、男向けのライトノベルなんかにやたらと出てくる「問題を抱えた美少女」を主人公が救う展開というのは、読者層の男女問わず好まれる題材なのかなあ。まあなにかしら問題を抱えてくれないと話の奥行きがなくなってしまうんだろうけれど、ちょっと露骨すぎやしないだろうか。キョーコが主人公なんだから、キョーコが敦賀蓮に抱く思いが成就する方向を中心にして話を語ってほしいんだけど、敦賀蓮の物語でもあるせいで軸が定まらずにグラグラしていて、特に実は相思相愛だということがほのめかされてからの展開がグズグズに思えてしょうがない。
比較的どうでもいいことだけど、キョーコが母親との問題を抱えているのだけど、三十巻を超えている現在でもほとんど描写がないのだった。これはこれで正解かも。
主人公キョーコの魅力はいくつもあるのだけど、旅館を経営している不破尚の母親から女将としての修業を受けていて基本的な立ち居振る舞いが素晴らしいのに、小中学校時代から人気者だった不破尚と密接な距離にいたために女子たちから妬まれつづけてまともな交友関係を持てず友達付き合いスキルが極端に低いという点が最大の魅力だと思う。なにかしら読者の共感を得やすそうだしなあ。ラブミー部で一緒になったモー子さんこと琴南奏江に邪険にされながらも子犬のようにじゃれようとする。
少女マンガの欄外のエッセイが自分は大好きなのだけど、この作品のはあんまり面白くなかったので読み飛ばすようになった。創作秘話は興味を持てたけど。
十年後ぐらいに「ガラスの仮面」のような名作に祭り上げられているのかどうか、ちょっと楽しみ。
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