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Mojo
高価なデジタルオーディオ機器で有名なイギリスのCHORD社が開発したポータブルヘッドホンアンプ。持ち運んで卓上で使う想定の小型ヘッドホンアンプHugoで培った技術をさらに凝縮し、ポケットに入れて使うことが出来るほど小さくなった。スマートホンやデジタルオーディオプレイヤーにつなげることで、移動しながらでも良い音質で音楽を聴くことが出来る。


ヘッドホンを中心としたオーディオ機器の試聴や発表会なんかのイベントであるヘッドホン祭り2017年春に行ったときに、独Ultrasoneと英CHORDの合同ブース(代理店が同じTIMELORDだから)でUltrasoneのSignature Proの試聴をしようとしたら、係員からこのMojoを手渡されて、そのあまりの小ささとオーディオ機器らしからぬ外見にあっけにとられてしまった。こんなおもちゃで十万以上するヘッドホンを試聴させるのかと係員の正気を疑ってしまった。

CHORDといえば五十万以上するような高級DACつまり音楽のデジタル信号をアナログ信号にするための機器で有名な会社で、濃い音を出すDACを作ると高い評価を得ている。にわかなオーディオ好きからすれば高価なのでとても手が出なかったのだけど、そのCHORDが七万円台という同社にしては破格の値段で出したのがこのMojoだった。手軽にCHORDの音が楽しめるということでこの世界では大ヒットした(まあひどく小さな世界ではあるけれど)。

そのMojoがケーブルパックまたは専用ケースとセットで五万円を切る価格まで下がっていたので、ヨドバシカメラの店頭で改めて試聴して、スマホ直の音と比べて金管楽器の音が気持ちよく鳴っていたのが決め手となって買ってしまった。

最初ヘッドホンアンプとして紹介したとおり、この製品はUSB DACを内蔵したヘッドホンアンプになっている。USBでパソコンやスマホに接続できて、ヘッドホンジャックにヘッドホンやイヤホンなんかを差して音楽を聴く。パソコンの場合はドライバをインストールしてからUSBに差すだけ。Macの場合ドライバは標準のものでインストールすることなくそのまま使えるとのこと。スマホの場合は普通のUSBケーブルで接続するとスマホがスレーブ(子機)になってしまうので、OTGというUSBをホスト(親機)として使うためのケーブルが必要になる。iPhoneの場合はUSB Camera Adapterという三千円以上する特殊なケーブルが必要になるうえに最新OSではうまく動作しないとの報告があるので注意。ちなみに普通のDACのようにデジタル入力も光と同軸を備えている。ただし同軸は特殊形状なのでケーブルの調達に苦労するらしい。


本体には充電専用と念押しされたとても短いmicro USBケーブルだけ付属している。これを使ってPCとつなぐことも出来るが保証はされない。どのケーブルを買えばいいのか分からない人のために、ケーブルパックが別売りされている。七千円ぐらいしたと思う。自分はセット売りで買っただけど、バラで必要なケーブルだけ買ったほうがいいと思う。唯一このケーブルパックを買わないと入手できないUSB Adapter Moduleというものがあってそれが目当てだったのだけど、大きな欠点があってまったく使っていない。それは、これをつけると上下両方にケーブルが出てしまい、ポケットに入れることが出来なくなるから。重力でケーブルに余計な力が掛かって破損して接触不良を起こす可能性がある。実際にそういうケーブル損傷がそこそこ報告されているらしい。ポケットの底に接地する面にはケーブルがあってはならないのに、このモジュールを使うとイヤホンとケーブルのどちらかが接地してしまう。上下に端子が出ているのはMojo自体の構造的欠陥だ。ただし、このモジュールを使わず、接続ケーブルをS字状に這わすことによって片出しにすることが出来る。ところがこのモジュールを使うとS字状にするにはケーブルの長さが足りない。まあ卓上専用で使う分にはすっきりしていいのかもしれない。それとイヤホンがL字プラグであれば下向きにポケットに入れることも出来る。ちょっと生理的にイヤだけど。


これを使って音楽を聴くだけで音が良くなるかというとそうとは限らなくて、あくまで音を出すのはヘッドホンなりイヤホンなのだから、ダイソーで買ってきた数百円のイヤホンでいい音が聴けるはずはない。あ、最近は安いやつでもそれなりの音が出るのかな?でもまあはっきり分かるほどいい音で聴きたければ一万円以上ヘッドホンやイヤホンに出したほうがいいと思う。ぶっちゃけiPhoneとか最近のスマホもそれなりによくできているので、安いイヤホンだとあまり差を感じにくい。

まずUSB DACとしての説明をすると、PCMなら768kHz/32bitまで再生できる上に、DSDも256(11.2MHz/1bit)まで再生できる。一線級のスペックといっていいと思う。自分がいままで持っていたUSB DACで一番ハイスペック(あくまで仕様上)なRMEのFirefaceやONKYOのDAC-1000が192kHz/24bitまでだしDSDなんてまったく再生できない。これをFPGAで専用プログラムを書いて処理しているらしい。大抵のDACは専業メーカーからDAC用のチップを買って組み込むのだけど、CHORDは独自にハードウェアをプログラミングしている。ハードウェアがプログラミングできるのかと疑問に思う人もいるかもしれないけれど、FPGAというプログラム可能なチップに焼けば普通に出来る。大手メーカーなんかは試作にしか使わず製品では専用のROMに回路を焼くのだけど、CHORDは小さなメーカーなのでそのまま製品にして売っている。ちなみに自分は大学の頃CPUを作る演習で使った覚えがある。

回路のプログラムはメーカーが自由に組めるのだけど、CHORDでは特にデジタル化により失われたと思われる信号の復元に力を入れているそうだ。CDは44.1kHz/16bitなので波形が荒いから、それをうまいこと自然な波形にするために色々と計算しているらしい。特にオーバーサンプリングに注力しているとのことなので、倍音を自然に追加しているのだと思う。自分が試聴したときは金管楽器のツヤが良かったように思ったので、そのへんをうまいこと盛っているのだと思う。よく知らないけど。

自分のいままで使ってきたDACと聞き比べてみると、もうほかの機器とは明らかに音が違う。聞いてみてびっくりした。いままでの機器同士では音のレベルは違っても大体同じような音が鳴っていたのに対して、このMojoは明らかに違う感じの音が鳴っていた。その音は心地いい音ではあったけれど、原音に忠実とは言えないような音だった。また、音の情報量とか解像度といった点においては一歩劣っていると思う。あとで買ったFiio X5 2ndのほうが深い音が出ているように感じた。まあFiio X5 2ndのほうも独特の味付けがあるのだけど。

あとネット上の評価の中で一番よく聴くのが「音場が狭い」というものだった。要はステレオ感が低いということ。自分はあまり音場の広いヘッドホンで聴いていないせいかよく分からなかった。ステレオ感を妨げる一番の要因(?)であるクロストークつまり左右の音が混ざってしまう度合いはスペック的には非常に少ないみたいなので、おそらく左右の音の違いを少なくしてしまうような音の色付けをするからだと思う。この点からも、Mojoは心地いい音で鳴ってくれるけれど情報量が落ちるのだと言える。廉価なモデルなので割り切っているのだろう。この機種の数少ない弱点として言われつつも認められているように思う。

ヘッドホンアンプとして言うと、ネット上の評判では非常にハイパワーだということだったので、インピーダンスの高いbeyerdynamicのT1(600Ω)で聴いてみたら問題なく鳴っていた。ハイパワーにするにはでっかいトランスとか積まないといけないのかと思いきや別にそうでもないという。しょせんヘッドホンなんていう耳の近くで小さな音を出すだけの機械に必要な電力なんて大したことないのだろう。主に回路の造りの問題らしい。

バッテリーは公称8時間もつらしい。体感でも6時間ぐらいは持ってる気がするけれど、ぶっ続けで聴かないのでよく分からない。実用十分だと思うけれど、Bluetoothヘッドホンなんかは十数時間持つのが普通らしいので案外もたない。スマホとかにつなげてもスマホからは電力を奪わないようになっているらしい。充電には充電専用のmicro USB端子があるのでそこにつなげればスマホと同じように充電できる。両方つなげば充電しながら使用が可能みたいだけど、充電により本体が発熱してきて自動的にシャットダウンすると聞いた。試していないのでよく分からない。充電じゃなくてただ電力を受けるだけにすることは出来ないのかと思ったけれど無理みたいだった。まあ余計なノイズが入るだろうからバッテリー駆動専用ということで良かったんだと思う。


本体には電源ボタンと音量調節ボタン二つがついている。ボタンがビー玉みたいで、独特なフォルムがとても特徴的なのだけど、おもちゃっぽい感じがしたのは最初に書いたとおり。まあだからといって安っぽいとは言い切れず、造り自体は良い。ボタンがLEDにもなっていて、音量やソース(音楽)の周波数なんかを色で教えてくれる。正直色だと分かりにくい。音量を上げていくと青から赤になるところまでは分かるのだけど、その後の色変化の法則がつかめなくて、音量が高いのか低いのかよく分からないことが多かった。

で、いま使い倒しているのかというと、ちょっと持て余している。重さが180gある。これにスマホかデジタルオーディオプレイヤー(音楽再生専用機)をつなげなくてはならないのだから、重くてかさばる。かさばるのが特に問題で、ケーブルでつながっている二つの物体をポケットに入れるのが面倒くさい。ゴムバンドで束ねるとだいぶ楽になるのだけど、厚みがあってシャツのポケットに入らない。スーツの内ポケットにならなんとか入るけれど、やっぱりカバンに入れないといけないと思う。曲を選ぶときに取りださないといけない。それだったら、こんな面倒なものを持ち歩くよりも、性能のいいデジタルオーディオプレイヤーを一台持ち歩いた方がいいんじゃないかと思えてきた。まあ昼休みにリラックスしながら音楽を聴くんだったらそんなに問題にならないからいいんだけど。

ゴムバンドでスマホとくっつけると、スマホの電波でほとんど機能しなくなる。スマホを機内モードにしたら正常に戻った。ゴムバンドでスマホとくっつける場合は通話するスマホとは別にしなければならない。自分は昔使っていたスマホを流用している。そうそう、Androidの場合は接続してもバージョンによってはうまくいかない可能性がある。自分の場合、Galaxy S6やHTC J Butterfly(HTV31)のAndroid 6や7では何事もなくうまく使えたけれど、Galaxy S5のAndroid 6では標準の音楽プレイヤーだとうまく再生できず、ONKYOのHF Playerを使う必要があった。Android 5なら多分OSとしては大丈夫な可能性が高いけれど、4は微妙な気がする。

通勤通学中はスマホで聴いて、昼休みとか落ち着けるところに着いたらこのMojoを接続して聴くといいのかもしれない。スマホに入っている音楽がそのまま聴ける。ただ、iPhoneの場合は三千円以上する高価なケーブルを買わないといけないし、しかもAppleが公式に認めている使い方ではないせいか、iOSのバージョンアップで使えなくなったりする可能性がある。事実iOS 10.3で使えなくなったという報告があり、CHORDの広報がiOSをアップデートするのを待つようにアナウンスした。使える人と使えない人がいるらしく、情報が交錯している。ケーブルが純正でないとダメかもとかよくわからない。

自分はこのあとFiio X5 2ndというデジタルオーディオプレイヤーを買い、小さくてコンパクトで音も結構いいので、これでいいじゃんと思ってもっぱらこればっかり持ち歩いている。USB DACだのヘッドホンアンプだのニッチな製品よりも、デジタルオーディオプレイヤーのほうが市場規模が圧倒的に大きいので(ウォークマンとかiPodとか)、スケールメリットでコストパフォーマンスが高い。まあさすがに五万円以上する製品はあんまりみんな買わないわけだけど、それでも技術はある程度共通しているのだから開発費も掛けられるし、ハイエンド(上位機種)を開発するとローエンド(下位機種)にも恩恵がある。

というわけで、五万も出してこれを買うよりは、その分いいデジタルオーディオプレイヤーを買った方がいいと思う。まあパワーがある利点を生かして出先で大きいヘッドホンを鳴らしたい人にはいいのかもしれないけれど。あと、あまり音質のよくないCDなんかを聴きたい場合にもいいんじゃないかと思う。
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