百錬の覇王と聖約の戦乙女 20巻まで |
北欧神話のような言葉が使われながらも気候的にも星座的にもどこかおかしい過去世界「ユグドラシル」に飛ばされた少年周防勇斗は、2年後に人々に求められ王となっていた。なぜか通じるスマートフォンを使い様々な知識を自分のものとし、青銅器時代後期にあたる戦乱の時代に国を守るために軍事に政治に活躍する。その傍らには美少女たちの姿があった。ファンタジー小説。
2018年にアニメ化されたのを見て、古今東西の戦史の知識を活かして戦争に勝っていくストーリーがとても痛快で、また世界観的にもなにやら奥行きがありそうだったので、これは原作小説を読むしかないなと思って手を出してみた。面白かった。本編完結まで待ってからレビューしようかと思っていたけれど、まだまだ続きそうなので書くことにする。
主人公が金髪美人とともにチャリオット(戦車)に乗って移動しているシーンがとにかく印象に残っている。映画「ベンハー」に出てくるのが有名だった馬に引かせる戦闘用荷車(?)チャリオットは、最近だと古代中国が舞台の原泰久「キングダム」に出てくると言った方が分かりやすいかも。作中で解説されているとおり、いわゆる騎兵は馬具が発達しないと生まれないので、この時代の指揮官はチャリオットに乗っていた。ちなみに主人公の勇斗はこの時代に馬具の知識を持ち込んだので騎兵自体はあるのだけど、本人は技量不足で馬に一人で乗れないのだった。
この作品の一番面白いところは、孫子や君主論といった有名な書物や、古代中国や地中海世界の戦史を具体的に引いて、主人公の勇斗が古代世界で大活躍するところだと思う。彼はアレキサンダー大王が用いていたファランクスという陣形で部隊を編成し、常識外れの長い槍と丈夫な弓で他国を圧倒する。しかしさらに強い国がどんどん攻めてくるので、ネットで得た知識から使えそうなものを次々と捜して導入していく。自然と作品は世界戦史をなぞることになる。巻末に参考文献が丸々1ページ分載ったライトノベルなんてあっただろうか(さすがに解説本が多いけど)。
この世界の武器は青銅器が主流で、鉄は隕石から生成するぐらいしか入手方法がない。主人公の勇斗は16歳とまだ高校生ぐらいなのだけど、父親が刀鍛冶(!)ということでうろ覚えながらも日本刀を作る過程を実際に目にしている。彼はネットで色々と調べ、この国の鍛冶師の力も借り、砂鉄から鉄の武器を量産したり、さらには鋼を精製して日本刀を作ったりする。それがおそらく題の「百錬の覇王」に掛かっているんだと思う。
題の後半の「聖約の戦乙女」は、勇斗の周りにエインヘリアルと呼ばれる特別な力を持った英雄のそれも美少女たちが付き従っているから。北欧神話の用語とズレているけれど、それにはちゃんと理由があって、なぜこの世界に北欧神話風の言葉が多いのか、あとでちゃんと説明される。単なる中二病じゃないので安心してほしい(笑)。エインヘリアルは美少女だけじゃないし、エインヘリアルでなくても有能な人間はいる。
金髪の美女フェリシアは、そもそも勇斗を秘術によりこの世界に呼び寄せた人。勇斗がこの世界に呼ばれた当初は無力な中学二年の少年であり、言葉が通じず水も合わず腹を下してばかりでひたすらつらい日々を送ったため、自分をこんな目に合わせた彼女に恨み言ばかり言っていた。彼女も罪悪感を持っており、勇斗が自分の国を救う英雄だと信じてひたすら献身する。そんなわけで立ち直って王となった勇斗が自分の弱いところを見せて甘えた相手として彼女は特別な存在となっている。
灰色狼のようにしなやかで細身の少女ジークルーネは、若くしてこの国で一番の戦士の称号を譲られた最強の武人で、普段はとてもクールで一見冷たい性格をしているのに、軍略を発揮する勇斗に対してまるで犬のようになついている。この作品で一番感動したシーンは、勇斗が元の世界に送り返されて国が滅亡の危機に瀕したときに、悲壮な決意で彼女がフェリシアに対して「父上にはお前から伝えておいてくれ。ジークルーネは最期まで立派に戦った、とな」といって絶望的な戦いに赴くところ(7巻の口絵にあるからネタバレじゃないよね)。また見て泣けてきた。
ちなみにこのセリフの「父上」とは勇斗のことを指す。この世界では日本のやくざみたいな舎弟制度が人間関係のもとになっている。親子の盃を交わして組を作ったり、兄弟の盃を交わして絆を深めたりする。ちょっと違和感がなくはないけど、血の絆というのは原始的ながら強力なつながりであるから、それを模した関係を実際には血のつながっていない人間と結ぶことで連帯するというのは強い社会を作るための知恵だと思う。
鍛冶師のイングリッドは赤毛のボーイッシュな女の子で、共に苦労して鉄や鋼を作り出すことで勇斗に対して尊敬と愛情を持つようになる。技術者だからか実直で気安いところがあり、王となった勇斗に対して唯一ぶっきらぼうな口をきく。
というハーレムを差し置いて、なんと勇斗には現代にちゃんと美月という恋人がいて毎日スマホで会話している。どーすんだこれ。と思ったらちゃんと解決した。
女の子たちだけでなく、渋い男キャラも割と出てくる。日陰者スカーヴィズ、謀略家ボドヴィッド、後見人としてリネーアを見守っているラスムス、弓の名手ハウグスポリ、帝国の外交官(?)アレクシスなど。ファールバウティ、ヨルゲン、オロフと国の重鎮として扱いはいいけれど、ほんと脇役って感じ。若くてかっこいい男キャラは多分いない。フェリシアの兄ロプトは色々あって微妙。
非常に面白い作品だと思うのだけど、一方でいまいち愛着が持てなかった。少なくともいまのところ再読する気はしない。
まず主人公の勇斗なのだけど、父子家庭で育っていており、ライトノベルには珍しく不器用な父親との問題を抱えている。仕事を優先し、ついに母親の死に目に来なかった父親のことを勇斗は許せなかった。「家庭をかえりみない父親」っていうのは人類普遍のテーマなんだろうけど、なんかちょっと安っぽ過ぎないだろうか。
勇斗自身は中学二年の頃には幼馴染の彼女が出来ていた、いまどきの(?)ちょっとやんちゃな男の子なんだけど、そういう男の子がネットで本を読んで勉強するんだろうか(ひがみ?)。状況が状況とはいえ、彼が歴史を紐解く方向に行くというのがいまいち現実味に欠けるというか、少なくともそこにいたるまでにもう一過程ぐらい必要なように思う。勇斗自身は君主として人の上に立つ人間に育っていくので、それとは別に陰キャの歴史好きの友人を参謀として頼りにするとかすれば話に幅が出来たんじゃないかと思った。他にも色々と細かいところで中高生ぐらいの歳とは思えない円熟さを見せるほか、失敗のしかたすらいちいち大人びているところが好きになれなかった。
ヒロインの中で自分はフェリシアが一番好き。勇斗を召喚して苦難の道を歩ませただけでなく、自分の兄に関する罪悪感にもさいなまれているほかに、色々あって早婚なこの世界で行き遅れているといった負い目のあるところがとても魅力的だった。展開が進むことでこれらが解消していき、勇斗に対しても少しずつ奔放になっていくところまでがとてもよかった。
フェリシアの兄ロプトは、話が進むにつれて非常に味のあるいいキャラになっていくのだけど、3巻の話はやっぱりいまいちだと思った。爆発して初めてそういうキャラであることが分かるので読んでいて唖然とした。こういうキャラはそこにいたるまでの言動や行動が示されないと唐突で薄っぺらく感じてしまう(勇斗視点だと確かに唐突なんだろうけど)。
アルベルティーナとクリスティーナの姉妹はアニメで見たときになんだこりゃと思った。なんでも信じてしまう素直な姉のアルベルティーナのことを、性格の悪い妹のクリスティーナがいつもいじめている。もちろんそこには愛があるのだけど、やりとりの畳みかけるような速さとあまりの内容に引いてしまった。
解放奴隷の女の子エフィーリアの空気感。マスコットキャラ的な位置づけになるのだけど、ただただそこにいて一生懸命仕えているだけの何の面白みもないキャラだった。
鍛冶師のイングリッドはアニメで見たときにいかにも尺が足りなくて勇斗との関係が描き切れませんでした詳しくは原作でねと意図的に削られているのかと思ったら、原作のほうもあまり描写されていなくて拍子抜けした。新しい技術を一緒に開発していくという絶対面白くなるはずの話が、一応失敗談も語られるもののさらっと流されてしまったのは残念だった。
とまあ色々と不満はあるけれど、最初のほうに書いたように架空戦記物(?)としては非常に面白いので、こういうのにあまり興味がない人でも読んでみるといいと思う。
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