A&futura SE100 PHENEX |
韓国のオーディオ機器メーカーiriverがAstell & Kernというブランドで出したデジタルオーディオプレイヤーのガンダムコラボモデル。据え置き機器向けのDACチップであるESS ES9038PROを携帯型の機器に載せ、8ch分の出力をバランス出力とノイズ除去に充てているほか、Android OSをカスタマイズした独自のユーザインタフェースが特徴。
Astell & Kern(以下A&K)と言えばポータブルオーディオに高付加価値の市場を切り開いたこの分野のトッププレイヤーであり、安価で手軽なmp3プレイヤーにハイレゾという価値観を持ち込んだiriverが旧来のイメージを払拭するために打ち立てた中二病くさい名前のブランドなのだけど、その自負からなのかとにかく売り出し直後の価格が高いことで知られている。その一方でしばらくすると値崩れするのも当たり前になっており、こいつはミドルレンジの製品なのだけど二十万近い値段で売り出されたものの、新製品が出たことによりじわじわと値下がりし続け、ついにはNTT-X STOREでの特売で77,000円にまで落ちたので買ってしまった。
正直これ買うなら同じES9038PROを搭載しているCayinのN6ii / E01のほうが欲しかったのだけど、代理店COPEKのセールで自分の知る限り二回ほど11万5千円ぐらいで特売されていたものの、落としたら壊れるものに対しては10万円までしか出せないという自分ルールがあるので結局買わなかった。せめて11万まで値下がりしたら自分をごまかして買おうと思っていたのだけど、どうやら二割引が限界らしい。
でこのSE100なのだけど、ネットで調べてもあんまりレビューが見当たらないし、評判もパッとしない。たぶんハイエンドのSP1000のほうが売れているんだと思う。市場の二分化が進んでいて、真ん中の製品はあまり売れない。最初のセールで15万ぐらいまで落ちたときに、DACチップのES9038PROの評判が良かったのでそいつを搭載した製品として自分は初めてこのSE100をチェックしたのだけど、やはり自分には高すぎてスルーしていた。
それが今年になってSE200という新製品が出たことにより本格的に投げ売りが始まった。コラボモデルといってアーティストや他のブランドなんかと提携したモデルをA&Kは色んな製品で出しているのだけど、このSE100の場合はアニソン豚向け(失礼)のflipsideモデルはともかくとして、落書きみたいな猫の絵のM.Chatモデルもまあ自分は嫌いじゃないからいいとして、よりによって黄金色のガンダムをあしらったこのモデルを出してしまい結果的に爆死(まったく売れない)したのだった。
それが10万まで値下がりしたのでこの時点で本格的に検討しだしたのだけど、本体のサイズが大きくてスーツの胸ポケットに入らないので家で使う以外にないという理由で見送ることにした。9万まで値下がりしたときに再検討し、スーツの内ポケットに入れればなんとか携行できるのではないかと思ったのだけど、あのデザインのものを持ち運ぶのはやはり厳しいと思って断念した。それからさらに別売りの革のケースがタダでつくようになったのだけど、9万でそれほど欲しくない製品を買うぐらいだったらまだ11.5万出して欲しい製品を買ったほうがいいと思って振り切った。
そしてついに7.7万円にまで下がったのだけど、今度はケースがつかなくなったので別途ケースを四千円ぐらい出して買う必要があるので本当に迷った。それがNTT-X STOREでの年末の限定20台のセールだったので、いっそ早く売り切れてくれたらと思いながら見守っていた。そのうちケースがタダで付属するという表示が復活したので、ここで最後の検討に入った(まだ買わないw)。
最終的に購入の決め手になったのは、自分はA&Kのイヤホンを三つも持っているのに肝心のデジタルオーディオプレイヤーのほうは一台も持っていなかったため一台ぐらいは所有して使ってみたいと思っていたことだった。それならヨドバシアキバで3.3万円ぐらいまで値下がりしたSR15のほうを買っていれば良かったのかもしれないけれど、さすがにこの廉価モデルだと音質に満足できないんじゃないかと思って見送っていた。SE100は多少期待外れであっても最低限のレベルの音質はあるだろうという期待があった。ここまで考えて考えてようやくポチッた(購入ボタンを押した)。
ちなみにA&Kは3世代前のAK240をいまの技術で復刻させたらしいSA700というモデルも新たに出していて、そっちのほうはNTT-X STOREのX-DAYセールで限定15個10万円が15分程度で売り切れた(30分悩んだ自分はポチッたけど買えなかった)。こっちはCirrus Logicのチップを搭載しておりステンレスボディでずっしり重いけどサイズは小さいので携行性に優れていて音も割と評判良かったので急に欲しくなった。
前置きが長くなりすぎたのでここからようやくSE100のレビューに入る。
一聴してまず思ったのは「音場が広い」だった。ポータブルオーディオマニアの間では当たり前のように言われているこの「音場が広い」という表現を、自分はいつも半信半疑で聞いていた。人間の耳というのは左右についているので、横から聞こえてくる音は右耳と左耳に時間差で届く。実際これを利用して右と左の音をわざと少しズラしてミックスしてステレオ感を強調する技法がある。「音場が広い」プレイヤーというは再生のときにわざとこういう遅延処理をやっているんじゃないかと自分は疑っていた(というか正直いまもその疑念は晴れていない)。でも聴いてみてただ引き延ばされただけのステレオ感ではなく、広がっている音場の中に確かに高精細な音が再生されていると感じることが出来た。
音場が広い理由を色々と考えてみたのだけど、他の人のレビューをいくつか読んでいるとこいつの再生音に余計な残響やにじみがなくてすっきりと音が減衰するから左右の広がりを感じることが出来るんだと言っている人がいて納得した。
ちなみに音場には左右だけでなく奥行きや縦もあるらしい。奥行きというのは多分こっちは残響音だと思う。ミックスのテクニックとしてパッドみたいな背景音は深いリバーブ(エコー)を掛けるのが常識なので、残響音を忠実に再現できるほど「音場に奥行きがある」と言われるんだと思う。「縦の音場」のほうはいまのところ自分にはまだ理解できていない。左右二台のマイクを使って録音しても縦の広がりの情報なんて無いのだから。考えられるのは、ASMRみたいにダミーヘッドを使って耳の軟骨に反射した音まで録音した場合か、そうでなければホールの反射音の情報がなんらかの形で含まれているからだと思う。HifimanのShangri-Laを試聴したときは全体的に音場が圧巻だったので縦とか横とか意識できなかった。
イヤホンはまずCampfire Audio(以下CA)のAtlasで聴いた。こいつはCOWON PLENUE Sとの相性があまりよくないので多分一番このSE100で聴くことになりそうだったから。そのあとに同じCAのVegaでも聴いてみたのだけど、Atlasのほうが分かりやすい音が出ていて楽しめた。SE100の出音は割とあっさりした感じなので、Atlasの派手な音のほうがいいなと思った。でもVegaのほうもじっくり聴いていると上質な音が出ているなと感じた。
ここまで持ち上げておいて言うのはなんだけど、やはりそれでもCOWON PLENUE Sのほうがいい音だと思った。PLENUE SとVegaの組み合わせが自分にとってはまだ至高だった。音に密度感があり、じんわりと高音質で鳴ってくれる上に、ソース(曲や録音)をあまり選ばないのも大きい。でもAtlasの力は十分に発揮できない。
Atlasもいまでは投げ売りされている旧世代の製品なのだけど、このぐらいの世代からダイナミック型は新素材を使用してさらに高解像度のものが増えているし、イヤホン内部で昇圧して駆動できるタイプの静電型ドライバーや荷電によりセラミックが変質することを利用したピエゾドライバーといった新しいタイプのドライバーユニットが生まれたり、従来のBA型でも音導管を無くすなど工夫して澄んだ音を実現したりして技術が進んでいる。PLENUE Sは日本では2016年に発売されたらしいのだけど当時はまだこういったイヤホンは存在しておらず想定していなかったのだろう。一方でSE100は2018年頃に出ているのでおそらく最近のハイエンドイヤホンを駆動することも考えているんだと思う。
Vegaも実はAtlas以上に解像度が高いと思うのだけど、高域はLitzの銀メッキ線で補っており元々の音はちょっと弱い。Atlasは派手な音の代償として耳に一直線に音が届く造りであるほかドライバーの口径が大きいことの弊害か高域が微妙に歪んでいる。SE100が真価を発揮するには最近の二十万以上クラスのイヤホンが必要なんじゃないかと思う。ただ、そういう高価なハイエンド機を使っている人だったらSP1000や2000のほうに行っちゃうんだろうな。中国ブランドの製品もたとえばFiioのM15とかiBassoのDX220 MAXとかあるし。SE100はミドルレンジだけど今回はハイエンド機と方向性が近いみたいなのでどうしても劣化版になってしまうんだと思う。まあ製品のラインナップ的にはこれも正しいと思うんだけど、ミドルレンジにはミドルレンジなりの戦い方があったと思う。とにかく自分はSE100を手に入れたことで最近のハイエンドなイヤホンが欲しくなってしまった。といっても自分には10万円ルールがあるので値崩れしないと買わないんだけど。
HiByLinkやFiio Linkみたいに無線でスマホから遠隔操作することを前提に、プレイヤー本体は画面なくして落としても大丈夫なようにめちゃくちゃ頑丈にしたら、20万ぐらいなら…やっぱり無理だな。スマホで操作するしかないよう割り切っちゃうとAndroidかiPhoneが必須でアプリも対応しつづけないといけないから大変なのかな。
ちなみにA&KのRoxanne IIでも少し聴いてみたけど全然ダメだったのですぐにしまった。単なるバランスドアーマチュアドライバはもういくら積んでも厳しくなってしまったように思った。A&Kはあれから引き続きJH Audioとのコラボを続けてAIONと呼ばれる新シリーズを出しているし、beyerdynamicともT9ieを出したけれど、これらはちゃんといまのハイエンドイヤホンと競合していけているんだろうか。AIONはまた新しい規格のケーブルを出したことがマニアの間で敬遠されているようだし、T9ieの本体はともかく付属ケーブルが固すぎて取り回しが悪いという悪評が立っていてあまり売れていないようだった。
ヘッドホンも鳴らしてみた。beyerdynamic Aventho WiredがONKYO GRANBEAT以上に鳴ってくれた。PLENUE Sだと密度感のある暖かい音が出ていいのだけど、SE100だと音場の中で精細に鳴っていていいと思った。実はSE100を買ったあとAdorama.comで毎年恒例の(?)Hifimanのシークレットセールがやっているのを知って勢いでHE6SE v2も699ドルで買ったのだけど、数あるヘッドホンの中でも最高クラスに鳴らしにくいと言われているこいつでもボリューム130ぐらいで一応音量がとれた。まあそれもポップスでの話なのでダイナミックレンジの広いクラシックのしかも交響曲だと多分音量がとれなくて無理だと思う。
ユーザインタフェースは割と使いやすかった。大きな画面で選曲できるし、一度曲を同期するとその後は待たされなかった。でもAndroidベースなので一度電源を切ると付けたときに立ち上がるまでに少し時間が掛かった(20秒ぐらい)。再起動するとこれまでの再生曲や再生位置は保存されない。プレイリストのどこまで再生したかという情報は残るし、アルバムとかを選んで再生しても一時的な再生リストが作られるほか、再生が終わっても再生履歴は残るので、自分みたいにアルバムを基本的に上から順に片っ端から聴いていくような使い方をしたければ、どこまで再生したか見てからアルバム一覧から選びなおせば一応ローラー再生(?)ができる。PLENUE Sだと再生位置まで完璧に覚えていてくれるのでそれと比べるととても面倒くさいけれど、メモリから追い出されると完全に情報が失われるGRANBEATやスマホのONKYO HF Playerよりはマシだと思った。っていま見たら無料版のHF Playerだとハイレゾに対応してないな。どうせ無線で飛ばすので大した問題じゃないと思ったけど、LDACは24bit 96khzいけるから影響あるのか。ちなみにPLENUE Sにはアルバム一覧にアーティスト名が表示されないという微妙な問題があるので完璧ではない。
物理ボタンが非常に押しにくい。デザインなのか再生ボタンと曲送りボタンの計3つのボタンがとても細い。革のケースがなければまだ手探りで押せると思うんだけど、ケースはボタンを覆うのでもう目視しないとボタンが押せない。ちょっと再生を止めてスーパーのレジに並ぶ時とかいちいちポケットから取り出さないといけなくて面倒。
ボリュームつまみが割としっかりしているので、ONKYOやpioneerなんかと違って出し入れ時にあまり勝手に回ったりしない。
有名な(?)オーディオブロガーのSandalさんがSE100の本体の角(カド)のことを鋭く尖っていてポケット破けそうとか書いていてそんな馬鹿なと思っていたけど、実際使ってみて確かに尖ってて笑った。怪我はしないと思うけど当たると痛みを感じるぐらいには尖っている。
いま思えば同じES9038PRO積んでるPLENUE Lが20万を切ったときに買っておけば良かったのかもしれない。量産前のモデルを試聴してすごく良かったのは分かってたんだし。
このSE100はとにかくイヤホン中心に金を掛けたい人がデジタルオーディオプレイヤーにはそれほど金を掛けたくないとか、最近のハイエンドなプレイヤーは高すぎるから買えるのはこのぐらいまでだとかいう人が買うといいんだろうか。どうしても積極的に勧める理由が見つからない。自分はこの値段ならお買い得だと思うし、10万円ぐらいまでなら払っても良かったかなと思うけど、15万ぐらいのときに無理して買ってたら後悔していたと思う。もうしばらくしたらいまの世代のハイエンドイヤホンがミドルレンジに落ちてくるだろうから、それを待って組み合わせてみるといいんじゃないだろうか。
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