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龍と苺 16巻まで
中学生女子の藍田苺は本気で誰かとケンカしたいと思っていた。クラスの気に入らないやつをイスで殴りつけたことでカウンセリングを受けさせられ、その中でしぶしぶ始めた将棋で天才的な才能を見せる。少年マンガ。

作者の柳本光晴の作品は以前「響 〜小説家になる方法〜」を読んですごくおもしろかったので、そのうちこの作品も読む気ではいたのだけど、ずっと放置していた。先日テレビ朝日のバラエティ番組「アメトーーク!」のマンガ芸人という特集で、マンガ家志望だったという芸人のマユリカ中谷がプレゼン形式でこの作品を紹介していたので、それを見て急にすぐ読みたくなって読んでみた。とてもおもしろかった。

主人公の藍田苺が前作「響」の響同様に野生児(?)だったことに正直またかと思った。天才であることや、周囲の人々を圧倒してその世界を騒然とさせるところまで同じ。前作と違うのは、将棋という勝ち負けのある競技であることと、藍田苺がかわいげのあるところだろうか。

問題児の彼女に対して元校長でいまはスクールカウンセラーをやっている宮村という老人が、話のきっかけついでに将棋のルールを説明してやらせるところがリアルだった。本気で誰かとケンカしたいという彼女のよくない性向を知った老人は、なんとかして彼女の情熱をポジティブな方向に向けようと、市民センターで開かれる将棋大会へと連れていく。

…あんまりストーリーを説明しないほうがいいので、これ以上筋書は書かないことにする。

偉ぶる大人たちを藍田苺が片っ端からひねりつぶしていくのが爽快だった。なにかと説教ぶるおっさんどもに対して正面切って文句を言うのも楽しかった。あー、こういう大人っているよなあ。女子供相手に上から来るやつら。勝負に負けてるのにw こういう大人に対してぐうの音も出ないことを言うわけではなくて、半ばあきれながらボヤいてる感じがかわいかった。

一方で宮村老人に対してはなんだかんだで言うことを聞く素直なところもある。まあそこまで素直ではないんだけどw あきらかに周囲に迷惑を掛けているときはゲンコツで殴られるのがウケた。宮村老人はカウンセラーの資格を持っており、年もあってかつまらないプライドは持っておらず、藍田苺のことを本気で気に掛けていることが伝わっているのか、彼女はなついている(?)。宮村老人は将棋は弱いけど自分の師匠だと彼女は言うようになる。その割には大して尊敬はしてなさそうだけどw

将棋という非常に知的で高度なゲームを扱っているので、ゲーム自体の内容は大抵の読者には伝わらないと思う。盤面を見せられてもどこがどうなっているのか読み取れない。自分は子供の頃、小中学校の将棋クラブで将棋をしたり詰将棋の本を三冊ぐらい読んだことがあるけれど、うまい人の試合の動きなんてとても理解できる気がしないのでハナからあきらめていた。この作品もそれがわかっているのか細かい説明はしていなかった。それでも定石とか戦法とかを言葉巧みに表現していて、勝負の内容がわかりやすかった。

将棋の場合、勝負の決着は相手が負けを認めて表明することで終わる。チェスのように「チェックメイト」にあたる「詰み」という言葉はあるけれど、実際の勝負ではそこにいくまでは通常まず指さない。相手が「負けました」と言うことで決着がつくのが印象的だった。昔、週刊文春でエッセイを連載していたプロ棋士の先崎学が(羽海野チカ「3月のライオン」の将棋監修もやってる人)、将棋のこのルールが特に子供にとってはつらいのでやめたほうがいいと提言していたけれど、特に変わっていないようだった。

中学生の女の子がアマの強豪やプロ棋士と戦っていくという荒唐無稽な筋書なのだけど(と言っても将棋の世界では一応あるっぽい)、毎回とても説得力のある描写があって納得して楽しめた。たとえば、藍田苺は天才なので終盤の詰めは圧倒的な強さを見せるけれど、序盤は定石の知識量とか流行の研究に時間を掛けている方がどうしても強くなるので、そこをどうカバーするのかといったことや、将棋の実力とは別のところにある勝負強さみたいな理屈づけがあり、具体的にどうやって戦っていくのか戦略を練っていた。

藍田苺だけでなく、中学の一つ上の先輩である滝沢圭太、その友人で女流棋士の水沢蒲公英、大会で出会った大鷹月子や鴨島凛々は奨励会入り(プロとなるための登竜門)を目指してがんばるし、塚原大樹は年齢制限から通常ルートではプロになれないので編入試験を受けようとする。そういったガチ勢だけでなく、藍田苺の中学に後輩として入ってくる三人組もいて、なんだかんだで面倒を見てやって成長していく。みんな楽しみな要素だった。

藍田苺が狂犬のようにプロ棋士たちにケンカを売っていくところがウケた。なんかクスッと笑ってしまう。それ以外にもところどころにそんなギャグがちりばめられていて楽しい。まだ未成年の強豪プロ棋士が家では母親に勝手にものを片付けられてたり、公式戦の舞台裏でみんなとんでもないことをしたりする。

絵は正直いってちょっと下手だけど、前作と比べるとだいぶ良くなったと思う。特にヒロインの藍田苺がかわいい。ショートヘアに勝気な目つき。なぜか名前そのまんまに果物のイチゴの入ったシャツとか着てたり、謎のイチゴのぬいぐるみがたくさん家にあったりと、テキトーすぎるところもあって笑える。作者も自分でネタにしていたけど鴨島凛々の面倒を見ている同級生の小松すずと藍田苺の見分けがつかなくて混乱したのを除けば、みんな特徴的な外見をしていてよかった。地味におっさんたちがいい味出してた。

作品や作者のことを改めて調べてみようと思ってWikipediaを見てみたら、作者の柳本光晴が自分と同じく電気通信大学に入っているとあってびっくりした(出ていると書こうとして出てはいない可能性に思い至ったw)。そう考えるとちょっと理屈っぽい作風にも納得する。オタクが集まる大学で消費だけでなくついに生産系の人が世に出たと思ってうれしくなった。

とにかく読ませるおもしろい作品なので、将棋に興味があるなしに関わらず読んでみるといいと思う。
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