ノンフィクション
歴史
日本軍捕虜は何をしゃべったか
山本武利
傑作(30点)
2002年3月28日
第二次世界大戦中の日本軍の作戦が、日本兵の捕虜や、戦場に置きっぱなしになっていた文書を通じて、アメリカ軍の日本語通訳部隊によって筒抜けだったという話。
もう読んでいて腹が立ってくる本である。日本軍は、兵士たちが故郷へ送る手紙を検閲していたほど情報の漏洩には気を配っていたとされるのに、実は戦場では兵士たちがさまざまな文書を持ったまま戦闘をはじめていたので、日本軍が敗退したあとには作戦に関わる文書などがそのまんま残っていたそうである。それらの文書は当然日本語で書かれていたので、普通のアメリカ人には読めなかったのだが、アメリカ軍は日本語の分かる人材を養成していってそれらの文書を解読していった。暗号で書かれたものもあったのだが、暗号表なんかも日本軍は焼却せずに地中に埋めたまま撤退したりすることがあったので、発見されて解読されてしまったりっしていたらしい。
日本の上層部は、日本国内に潜入している外国のスパイから機密が漏れるとばかり思っていたそうなのだが、アメリカは日本本土はおろか朝鮮や満州へも潜入は難しいとあきらめていたそうであるからマヌケな話である。それから、アメリカ軍には日本語を理解するのは難しいだろうと、戦場での文書の扱いにはあまり気を使わなかったようである。アメリカは、日系二世を大量動員して、日本語の解読をおこなった。日本はまさか日系人がアメリカにそれほど忠誠を誓うとは思っていなかった。
文書のみならず、日本軍の兵士は捕虜となってもよく情報をしゃべった。日本軍では、投降して捕虜になることなど考えていなかったために、捕虜となった場合に機密を守らなければならないとは教育されていなかった。そのうえ、アメリカ軍は機密を得るために捕虜を厚遇したのと、多くの日本兵は捕虜となったら故国へ戻ることはできないと感じていたため、アメリカ軍に協力的になって秘密をよくしゃべったらしい。偵察機に乗せてくれたら陣地についての情報を教える、と申し出た者もいたらしい。
余談だが、マンガ「魁!男塾」に、男塾塾長の江田島平八が、戦時中に味方を売って戦後のしあがった元戦友の藤堂に復讐をする、というシーンが出てくる。ちなみに、少し詳しい人なら自明のことだが、江田島とは日本海軍の士官学校があった場所である。
ただし、最初の頃はアメリカ軍はそれほど日本兵の捕虜を得ることができなかった。特に、情報を多く持っている将校の捕虜が非常に少なかった。というのは、日本敗戦のきっかけの一つとなったガダルカナル島の戦いの頃では、日本軍の将校の持つサーベルを手に入れたがるアメリカ兵のマニアが多かったらしく、捕虜にする状況でもアメリカ兵たちは将校を虐殺していたらしい。将校に限らず日本兵の金歯を目当てに普通の兵も虐殺していたらしい。のちに捕虜の持つ情報が有用だということに気づいて通達が出されてから、そんなにひどいことはなくなったようであるが、これは私にとって意外な話だった。
こうして漏れた情報は、日本軍に深刻な打撃を与えていった。この本にはさまざまな例が載っているが、実際には全戦闘のうちどれだけ影響があったのか、私にはよく分からない。まさか、作戦のことごとくが筒抜けだったということはないだろう。だが、作戦の漏れた戦闘に関しては大体完敗していたような印象が読んでいて伝わってくる。
それにしても、日本人はいまもあまり変わっていないように思える。いまの日本のサラリーマンたちも、おそらく平気で同胞を裏切るのではないだろうか。というのは、彼らの処遇があまりにひどいからである。リストラでどれだけの人が苦しんでいるのだろうか。中小企業がどれだけ銀行に虐げられてきたのだろうか。年間の自殺者が三万人だというのは、昔の日本軍の軍隊で上官やベテラン兵からの虐待による新兵の自殺数と十分に比べられるのではないだろうか。士気放棄をして逃亡する高級将校たちの姿は、いまの日本にも投影できる対象を持っている。
私があっと驚いたのは、アメリカの日本占領政策も、この捕虜懐柔の作戦の延長なのだという著者の指摘である。
ただ、私にはどうしても納得できないこともあった。それは、朝鮮人や台湾人や慰安婦たちが、アメリカの捕虜となって取調べを受けているときに、日本人にひどいめにあわされたと語っていたことをそのまま書いている点である。日本人の兵隊ですら軍や上官に反発するものが少なくなかったのに、ことさら朝鮮人や慰安婦などを持ち出してあえて取り上げるものだろうか。それになにより、日本はアメリカの敵なのだから、日本のことを好意的に言うなんてとんでもなく、むしろ心にもなくとも日本の非難をして当然ではないだろうか。もし私が PKF で中東とかに派遣されて敵に捕まったら、当然私はこう言うだろう。
「日本はアメリカのいいなりになってこの戦いに参加してしまった。私は嫌々ここに連れてこられ戦わざるをえなかった。日本はアメリカから真の独立を勝ち取らなければならない。この戦争が終わったら日本の独立のために戦いたい。」
もしその戦いでアメリカが敗れたら、さて私の証言は戦勝国によってどのように使われるだろうか。
もう読んでいて腹が立ってくる本である。日本軍は、兵士たちが故郷へ送る手紙を検閲していたほど情報の漏洩には気を配っていたとされるのに、実は戦場では兵士たちがさまざまな文書を持ったまま戦闘をはじめていたので、日本軍が敗退したあとには作戦に関わる文書などがそのまんま残っていたそうである。それらの文書は当然日本語で書かれていたので、普通のアメリカ人には読めなかったのだが、アメリカ軍は日本語の分かる人材を養成していってそれらの文書を解読していった。暗号で書かれたものもあったのだが、暗号表なんかも日本軍は焼却せずに地中に埋めたまま撤退したりすることがあったので、発見されて解読されてしまったりっしていたらしい。
日本の上層部は、日本国内に潜入している外国のスパイから機密が漏れるとばかり思っていたそうなのだが、アメリカは日本本土はおろか朝鮮や満州へも潜入は難しいとあきらめていたそうであるからマヌケな話である。それから、アメリカ軍には日本語を理解するのは難しいだろうと、戦場での文書の扱いにはあまり気を使わなかったようである。アメリカは、日系二世を大量動員して、日本語の解読をおこなった。日本はまさか日系人がアメリカにそれほど忠誠を誓うとは思っていなかった。
文書のみならず、日本軍の兵士は捕虜となってもよく情報をしゃべった。日本軍では、投降して捕虜になることなど考えていなかったために、捕虜となった場合に機密を守らなければならないとは教育されていなかった。そのうえ、アメリカ軍は機密を得るために捕虜を厚遇したのと、多くの日本兵は捕虜となったら故国へ戻ることはできないと感じていたため、アメリカ軍に協力的になって秘密をよくしゃべったらしい。偵察機に乗せてくれたら陣地についての情報を教える、と申し出た者もいたらしい。
余談だが、マンガ「魁!男塾」に、男塾塾長の江田島平八が、戦時中に味方を売って戦後のしあがった元戦友の藤堂に復讐をする、というシーンが出てくる。ちなみに、少し詳しい人なら自明のことだが、江田島とは日本海軍の士官学校があった場所である。
ただし、最初の頃はアメリカ軍はそれほど日本兵の捕虜を得ることができなかった。特に、情報を多く持っている将校の捕虜が非常に少なかった。というのは、日本敗戦のきっかけの一つとなったガダルカナル島の戦いの頃では、日本軍の将校の持つサーベルを手に入れたがるアメリカ兵のマニアが多かったらしく、捕虜にする状況でもアメリカ兵たちは将校を虐殺していたらしい。将校に限らず日本兵の金歯を目当てに普通の兵も虐殺していたらしい。のちに捕虜の持つ情報が有用だということに気づいて通達が出されてから、そんなにひどいことはなくなったようであるが、これは私にとって意外な話だった。
こうして漏れた情報は、日本軍に深刻な打撃を与えていった。この本にはさまざまな例が載っているが、実際には全戦闘のうちどれだけ影響があったのか、私にはよく分からない。まさか、作戦のことごとくが筒抜けだったということはないだろう。だが、作戦の漏れた戦闘に関しては大体完敗していたような印象が読んでいて伝わってくる。
それにしても、日本人はいまもあまり変わっていないように思える。いまの日本のサラリーマンたちも、おそらく平気で同胞を裏切るのではないだろうか。というのは、彼らの処遇があまりにひどいからである。リストラでどれだけの人が苦しんでいるのだろうか。中小企業がどれだけ銀行に虐げられてきたのだろうか。年間の自殺者が三万人だというのは、昔の日本軍の軍隊で上官やベテラン兵からの虐待による新兵の自殺数と十分に比べられるのではないだろうか。士気放棄をして逃亡する高級将校たちの姿は、いまの日本にも投影できる対象を持っている。
私があっと驚いたのは、アメリカの日本占領政策も、この捕虜懐柔の作戦の延長なのだという著者の指摘である。
ただ、私にはどうしても納得できないこともあった。それは、朝鮮人や台湾人や慰安婦たちが、アメリカの捕虜となって取調べを受けているときに、日本人にひどいめにあわされたと語っていたことをそのまま書いている点である。日本人の兵隊ですら軍や上官に反発するものが少なくなかったのに、ことさら朝鮮人や慰安婦などを持ち出してあえて取り上げるものだろうか。それになにより、日本はアメリカの敵なのだから、日本のことを好意的に言うなんてとんでもなく、むしろ心にもなくとも日本の非難をして当然ではないだろうか。もし私が PKF で中東とかに派遣されて敵に捕まったら、当然私はこう言うだろう。
「日本はアメリカのいいなりになってこの戦いに参加してしまった。私は嫌々ここに連れてこられ戦わざるをえなかった。日本はアメリカから真の独立を勝ち取らなければならない。この戦争が終わったら日本の独立のために戦いたい。」
もしその戦いでアメリカが敗れたら、さて私の証言は戦勝国によってどのように使われるだろうか。