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イリヤの空、UFOの夏

秋山瑞人 (電撃文庫)

傑作(30点)
2007年10月23日
ひっちぃ

UFOの存在をなんとなく信じる浅羽少年は、夏休みを丸々使ったUFO観測の山籠もりの帰り、誰もいない夜の学校のプールで泳ぐことを思いつき、そこで一人の少女と出会う。世慣れぬ不思議な少女との楽しくて儚くて悔しさに満ちた物語。

電撃文庫に収められるライトノベル。2ちゃんねるかどこかで、泣けるライトノベルとして紹介されていて気になったので読んでみた。全4巻。作者は秋山瑞人という多分ベテランの人。

読んですぐ思ったのは、これはあのエヴァンゲリオンの延長線上にある作品だなということ。エヴァンゲリオンの綾波レイを無口から世間知らずで一途な女の子に変え、主人公の碇シンジを同じパイロットではなく傍観者の側に置いて無力感を倍増させた感じ。なんだパクリかと言いたいのではなく、設定と構図が似ているだけで物語としては別物だ。

実のところ一巻を読んで失望した。ヒロインの伊里野加奈の人物造形があまりにオタクっぽく凝縮されたものだったからだ。明らかな弱みを持っていて裏で助けを求めている。不器用で人と付き合うのが下手。戦闘のための知識だけはいっぱい持っている。もちろん美少女。引く。当然彼女は主人公の浅羽にベタ惚れ。

私が二巻に手を伸ばしたのは、水前寺邦博という個性的なキャラがいたからだ。舞台設定が中学校なので主要登場人物はみんな中学生だ。あ、これはエヴァンゲリオンもそうだったな。それはいいとしよう。この水前寺は学校で非合法の部活動として園原電波新聞部を主催していて、UFOとかオカルトなどのあやしげなものを追いかけている。なんかこのへんはハルヒと似ているがハルヒよりこっちのほうが先のようだ。

水前寺は変人だが身長が高くてハンサムという設定。それはまあスルーするとして、中学生とは思えない行動力でUFOの秘密に迫ろうとする。盗聴器を操るところとか、大胆不敵にカーチェイスをしたり、独自の暗号を使って連絡しあったりと、私が子供の頃にあこがれた「子供なのにすごい能力を持っている」超人ぶりを見せてくれてワクワクした。

二巻では水前寺の活躍の続きのほかに文化祭の話が展開される。文化祭の描写は非常にリアルで作品世界を魅力的にしている。この巻では主人公の浅羽少年がヒロイン伊里野加奈を気に掛けて触れ合おうとする淡い物語のほうは取り立てて言うべきことはないが、もう一人のヒロイン(?)須藤晶穂の視点でも語られるところがすごく文学的で良かった。須藤晶穂の人物造形はとても素晴らしいと思う。作者の出す女性キャラはヒロインを除けばかなり完成度が高く、人物造形に妙にすがすがしい割り切りがあって、多分この人は余裕を持って狙い通りに書いているんだろうなあという熟練さを感じる。

そしていよいよ三巻から物語は暗転する。といっても最初の一編はギャグ寄り。この大食い対決はかなりありえない。私はこの手の話が大嫌いなのだけど、だからこそ作者の技量が目立って感心する。その後、街は戦時体制に入り、伊里野の様子が目に見えておかしくなり、水前寺は突然いなくなってしまう。

四巻は圧巻。ネタバレしてしまうので内容は紹介できない。浅羽少年が自分をさいなみ、ついに悲劇が起きてしまう。そして終局。泣ける話という評価はウソではなかった。特に精神医学的な描写が素晴らしい。もう文字通りむさぼるように読み進んだ。

とまあそんな感動の物語ではあるのだが、エヴァンゲリオンが大ヒットして最終兵器彼女やハルヒにハマる人が続出したのに、なぜこの作品は目立ったヒットをしなかったのだろうか。一応アニメ化されOVA全六巻が出てはいる。テレビ放映されなかったことが大きな理由なのだろうか。私はなぜこの作品がヒットしなかったのか不思議でしょうがない。大衆的なヒットは無理としても、こんなにオタク向きで凝縮された作品なのに。

と言いつつ私はそんなにこの作品を手放しで賞賛するわけではなく、この作品を好きか嫌いかで言えばなんと嫌いのほうに近い。実際のところ読んでいていくつも気になるところがあった。

一番の欠点は、突き詰めた描写がないことだと思う。主人公の浅羽が悩み、ヒロインの伊里野が悩み、須藤晶穂が悩み、水前寺が悩む。主人公の浅羽の描写が一番ねちっこいが、それでも何か根元につながっていないというか、肝心なところで読者とのリンクに失敗しているんじゃないかと思えてならない。水前寺や浅羽の妹の夕子の悩みは、悩みの存在や輪郭しか描かれていない。読者に想像させる狙いがあったのだと思うのだが、どうも中途半端な感じがする。出てくる浮浪者の投げっぱなしなところとか。

それと合わせて二番目の欠点として作者が自分の技量に自信を持ちすぎているんじゃないかと思う。この人は文章と話の組み立てが非常にうまい。特に巻末の描き下ろし短編はまさに珠のような文章だ。死体洗いの都市伝説にからめた軽妙で先が気になる話。ラストの手紙など。抜群にうまい。さらに本編は雑誌連載でコンスタントに書いてきたというから驚かされる。だが、すべて計画通りに話を進め、思うように人物を葛藤させているように感じる。

この人が作る筋書きのモデルは多分こんな感じだ。まず言葉にしにくい微妙なことを用意する。次に登場人物にめいっぱい葛藤させる。そしてある程度悩まさせたら見切りをつけて言葉にしてしまう。スッキリする。おしまい。この見切りが実にプロっぽくて見事なのだけど、あとにぜんぜん残らない。最終巻なんてもう読者が望む通りの展開と台詞を披露してみせるのに、なぜこんなにも心に触れないのだろうか。小説家というのは読者の望みどおりに書いてはいけないものなのだろうかと、妙に深い疑問まで抱いてしまった。

ちょっと変化するだけでこの作家を大好きになりそうな気がするのだが、期待していいのだろうか。

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