言葉
慶喜(けいき)と慶喜(よしのぶ)
高島俊男 (週刊文春 2002.5.23 お言葉ですが…)
傑作(30点)
2002年5月17日
徳川慶喜の名前は、必ずしもヨシノブと読むわけではなく、ケイキとかヨシヒサなどと読んでもいいのだという話。
慶喜という名前は実名なのだが、貴族や武士が元服するときにつけられる名前であり、普段はあまり使わないのだそうだ。使うのは、その人の父親と師匠と主君と、それから本人が文書に書名するときだけらしい。
そもそもこの習慣は中国から来ている。三国志の時代では字(あざな)という通り名(?)で呼ぶ。本名は大切なので滅多に口にしてはならないらしい。
中国からだからかどうか知らないが、文字が大事なのであって、その文字の読み方はどうでもいいみたいである。
藤原定家のことを我々はテイカと読むが、山田孝雄というその筋の博士が、定家本人は自分のことを「サダイへ」だと言っていただろう、と言っていたらしい。名前を訓で読むのは敬意を表し、自分で自分をそう呼ぶことはないとのことである。
だから、昔の日本人の名前の「読み方」をたずねるような設問は根本的におかしいことになる。
読んでいて痛快な気分になる良い話だった。
慶喜という名前は実名なのだが、貴族や武士が元服するときにつけられる名前であり、普段はあまり使わないのだそうだ。使うのは、その人の父親と師匠と主君と、それから本人が文書に書名するときだけらしい。
そもそもこの習慣は中国から来ている。三国志の時代では字(あざな)という通り名(?)で呼ぶ。本名は大切なので滅多に口にしてはならないらしい。
中国からだからかどうか知らないが、文字が大事なのであって、その文字の読み方はどうでもいいみたいである。
藤原定家のことを我々はテイカと読むが、山田孝雄というその筋の博士が、定家本人は自分のことを「サダイへ」だと言っていただろう、と言っていたらしい。名前を訓で読むのは敬意を表し、自分で自分をそう呼ぶことはないとのことである。
だから、昔の日本人の名前の「読み方」をたずねるような設問は根本的におかしいことになる。
読んでいて痛快な気分になる良い話だった。