ノンフィクション
国際
嘘つきアーニャの真っ赤な真実
米原万理 (角川文庫)
最高(50点)
2009年7月9日
1960年代のプラハで、主に東欧の共産党関係者の子弟が入れられていたソビエト学校に入ったマリは、そこで個性的な友達と出会い、思い出深い学校生活を送った。大人になってマリは彼らに再会しようと思い立ち、バラバラになってしまった彼らの足跡をたどり、本人や近親者と再会し、彼らの歩んだ道を知る。
ロシア語通訳者の米原万理の作家デビュー作だったと思う。この人の代表作とされているだけあって、読んで感動の嵐だった。
本書は大きく三人の親友一人ずつに会いに行く三部構成になっている。さらにそれぞれ、幼き日々の学校の思い出、彼らの足跡をたどる謎解き、そして再会と現実という三つのパートに分かれている。
最初はおませな女の子リッツァ。誰よりも性に詳しかった彼女から、マリは色々なことを知る。リッツァはギリシャ出身の両親のもとで育ち、ギリシャの青空や海を深く愛し、ことあるごとに周りの友人たちにその美しさを訴えていた。しかし実は彼女は流浪中の両親のもとでギリシャの土を一度も踏んだことがなかった。
勉強嫌いだったリッツァだったが、その後の便りでそんな彼女がなんとチェコで一番の大学の医学部に進んだという話を聞く。両親のあとを継ぐのがイヤであれだけ医者になりたくないと言っていたのに。本当にあのリッツァなのか疑問に思ったマリは、長期休暇を利用して彼女に会いにいこうとする。途中、リッツァの父親が事故死したという話を聞く。彼女も運命を共にしたのか。心配になって必死に足跡をたどるマリ。果たしてマリはリッツァに再会できるのか。
次は表題作でアーニャの話。おっとりとした性格だったが、人に優しくて不思議な魅力のあった少女。そんな彼女がなぜか奇妙な虚言癖を持っていたことにあるとき気づくマリ。両親はルーマニアで高い地位にあり、チェコでも豪華な屋敷にメイドにかしずかれて生活していた。それでいて不思議なほど共産党の思想に共鳴し、バスの運転手にまで「同志」と呼びかけるちぐはぐな性格をしていたアーニャ。いったいこの性格はどこから来ていたのだろう。
大人になってからマリは、ルーマニアで革命が置き、チャウシェスク体制が倒れたことを知る。故国で高い地位にあったアーニャ一家は無事なのか。マリの知る最後のアーニャは、故国のルーマニアで母国語で教育を受けることを楽しみにしてチェコのソビエト学校を去っていった姿だった。ところがそんな彼女の足跡をたどり、肉親の話を聞いているうちに、彼女はなんとイギリスで働いているという。あんなに母国を愛していたアーニャはなぜ祖国を捨てたのか。肉親同士の話がかみ合わない中で、マリは真実らしきものを知ることになる。
三人目はヤスミンカ。ソビエト学校の授業で、故郷のベオグラードのことをクラスの授業で堂々と発表する彼女は、クラス一の優等生にして美少女で、周りからも距離を置かれるクールな少女だった。マリはそんな彼女と仲良くなりたくても勇気がなくてなかなか近づけなかった。ところがあるとき街で偶然彼女と出会い、思わぬことに彼女のほうがマリに近づいてきた。人を寄せ付けないかと思われた彼女の意外な素顔に触れ、たちまち仲良くなった二人。しかしマリは日本に帰ることになり、マリは彼女から餞別に一枚の絵をもらう。
日本に帰ってからもマリは彼女としばらく文通を続ける。もらった絵には、マリの知らない言語で文章が書かれていた。しかし東欧の言語にはなにかしら類似性があり、所々読むことが出来た。「マリには別な友達ができる」「私のことを忘れる」彼女はマリにだけ、学校に行くのがつらいと告白していた。あれだけ頭が良くて美しかった彼女の言葉だったせいか、あまり本気と取らなかったマリだったが、年を取ったマリは昔の文通を読み返し、文面に彼女の悲鳴が満ちていたことに気づく。どうしていままで気づかなかったのか。後悔しきりのマリに追い討ちが掛かる。彼女の故郷だったユーゴスラビアで内戦が勃発した。西側諸国による一方的な断罪のもと、ひどい空爆が連日のように繰り返される。マリは危険を省みずに、内戦中のユーゴスラビアに足を踏み入れる。彼女は無事か。
とまあ要約にも思わず熱が入ってしまった。熱い。甘酸っぱい子供時代の話と、消息をたどる謎解きのミステリー、そして本人や近親者との再会。東欧の混乱に振り回される彼女たちの姿を追った、これ以上ないルポルタージュだと思う。主人公を「マリ」としているので多分脚色もしているのだろうが、ノンフィクション作品として受賞しているのだから基本的にはすべて本当のことだろう。国際社会の問題、いや人間の営みに深く切り込んでいて、ここまで総合的に素晴らしい作品には私はいままで出会ったことがない。文章も研ぎ澄まされていて、構成と表現、それに絶妙に挟まれるユーモアが素晴らしい。美少女ヤスミンカの口から出るまさかの下ネタに、笑いが瞬時に感動につながり心が震えた。
この作品は百年以上読み継がれるべき名作だと思う。
ロシア語通訳者の米原万理の作家デビュー作だったと思う。この人の代表作とされているだけあって、読んで感動の嵐だった。
本書は大きく三人の親友一人ずつに会いに行く三部構成になっている。さらにそれぞれ、幼き日々の学校の思い出、彼らの足跡をたどる謎解き、そして再会と現実という三つのパートに分かれている。
最初はおませな女の子リッツァ。誰よりも性に詳しかった彼女から、マリは色々なことを知る。リッツァはギリシャ出身の両親のもとで育ち、ギリシャの青空や海を深く愛し、ことあるごとに周りの友人たちにその美しさを訴えていた。しかし実は彼女は流浪中の両親のもとでギリシャの土を一度も踏んだことがなかった。
勉強嫌いだったリッツァだったが、その後の便りでそんな彼女がなんとチェコで一番の大学の医学部に進んだという話を聞く。両親のあとを継ぐのがイヤであれだけ医者になりたくないと言っていたのに。本当にあのリッツァなのか疑問に思ったマリは、長期休暇を利用して彼女に会いにいこうとする。途中、リッツァの父親が事故死したという話を聞く。彼女も運命を共にしたのか。心配になって必死に足跡をたどるマリ。果たしてマリはリッツァに再会できるのか。
次は表題作でアーニャの話。おっとりとした性格だったが、人に優しくて不思議な魅力のあった少女。そんな彼女がなぜか奇妙な虚言癖を持っていたことにあるとき気づくマリ。両親はルーマニアで高い地位にあり、チェコでも豪華な屋敷にメイドにかしずかれて生活していた。それでいて不思議なほど共産党の思想に共鳴し、バスの運転手にまで「同志」と呼びかけるちぐはぐな性格をしていたアーニャ。いったいこの性格はどこから来ていたのだろう。
大人になってからマリは、ルーマニアで革命が置き、チャウシェスク体制が倒れたことを知る。故国で高い地位にあったアーニャ一家は無事なのか。マリの知る最後のアーニャは、故国のルーマニアで母国語で教育を受けることを楽しみにしてチェコのソビエト学校を去っていった姿だった。ところがそんな彼女の足跡をたどり、肉親の話を聞いているうちに、彼女はなんとイギリスで働いているという。あんなに母国を愛していたアーニャはなぜ祖国を捨てたのか。肉親同士の話がかみ合わない中で、マリは真実らしきものを知ることになる。
三人目はヤスミンカ。ソビエト学校の授業で、故郷のベオグラードのことをクラスの授業で堂々と発表する彼女は、クラス一の優等生にして美少女で、周りからも距離を置かれるクールな少女だった。マリはそんな彼女と仲良くなりたくても勇気がなくてなかなか近づけなかった。ところがあるとき街で偶然彼女と出会い、思わぬことに彼女のほうがマリに近づいてきた。人を寄せ付けないかと思われた彼女の意外な素顔に触れ、たちまち仲良くなった二人。しかしマリは日本に帰ることになり、マリは彼女から餞別に一枚の絵をもらう。
日本に帰ってからもマリは彼女としばらく文通を続ける。もらった絵には、マリの知らない言語で文章が書かれていた。しかし東欧の言語にはなにかしら類似性があり、所々読むことが出来た。「マリには別な友達ができる」「私のことを忘れる」彼女はマリにだけ、学校に行くのがつらいと告白していた。あれだけ頭が良くて美しかった彼女の言葉だったせいか、あまり本気と取らなかったマリだったが、年を取ったマリは昔の文通を読み返し、文面に彼女の悲鳴が満ちていたことに気づく。どうしていままで気づかなかったのか。後悔しきりのマリに追い討ちが掛かる。彼女の故郷だったユーゴスラビアで内戦が勃発した。西側諸国による一方的な断罪のもと、ひどい空爆が連日のように繰り返される。マリは危険を省みずに、内戦中のユーゴスラビアに足を踏み入れる。彼女は無事か。
とまあ要約にも思わず熱が入ってしまった。熱い。甘酸っぱい子供時代の話と、消息をたどる謎解きのミステリー、そして本人や近親者との再会。東欧の混乱に振り回される彼女たちの姿を追った、これ以上ないルポルタージュだと思う。主人公を「マリ」としているので多分脚色もしているのだろうが、ノンフィクション作品として受賞しているのだから基本的にはすべて本当のことだろう。国際社会の問題、いや人間の営みに深く切り込んでいて、ここまで総合的に素晴らしい作品には私はいままで出会ったことがない。文章も研ぎ澄まされていて、構成と表現、それに絶妙に挟まれるユーモアが素晴らしい。美少女ヤスミンカの口から出るまさかの下ネタに、笑いが瞬時に感動につながり心が震えた。
この作品は百年以上読み継がれるべき名作だと思う。
(最終更新日: 2009年8月10日 by ひっちぃ)