フィクション活字
バカとテストと召喚獣 9まで
井上堅二 (エンターブレイン ファミ通文庫)
傑作(30点)
2011年5月28日
私立文月学園には、生徒の学力をもとに一人一人が召喚獣というミニチュア戦士を呼び出して戦わせることができる不思議な技術を使って、学力別に分けられたクラス同士で教育設備をめぐって戦う召喚戦争という制度があった。クラス分け選抜試験中に成績優秀ながら体調不良で最下級クラス入りしてしまった優等生少女・姫路瑞希は、試験中にかばってくれたダメ男子・吉井明久に惚れたが、超鈍感な彼はそれに気づかずに彼女のために召喚戦争でボロ教室からの脱却を図る。ライトノベル小説シリーズ。
アニメ化された作品を途中まで見たもののあんまり面白くなかったので見るのをいったんやめたのだけど、行きつけの書店で学生二人組がこの作品のことをとても面白いと会話しているのを横で聞いて興味が沸いたのでこの原作小説に手を出してみた。小説読んで本気で笑ったのは初めてだ、などと異様に高評価だったので期待して読んでみたら大体期待通り面白かった。
アニメを見たときはすごく残念感があった。というのは、まずこの召喚獣という設定がうんざりだった。なんだこれ。学力がこうやって分かりやすい形で力として現れてクラスに貢献できるという仕組みは、昔ささやかながら優等生だった私の心をくすぐる設定なのだけど、それにしても露骨すぎる設定だと思った。このとんでもない設定を当たり前のように受け入れている生徒や教師たちの振る舞いを見ているだけでくすぐったく思った。
それに、登場人物のベタな設定と足りない描写にもイライラした。一応正ヒロインの優等生少女・姫路瑞希がダメ男子・吉井明久に向ける愛情表現がすごく抑えられている割に思わせぶりすぎるとか、ろくに紹介されていない「男の娘(おとこのこつまり男だけど女扱いのキャラ)」木下秀吉がのっけからやたら前に出てきたりして、作品に入っていくのに抵抗があった。
でもこの原作小説を読むとそういうのはあまり気にならなかった。アニメはテンポが良すぎてどうしても表現が分かりやすくなりすぎてしまうんだなと思った。
この作品の一番の魅力は、主人公のダメ男子・吉井明久やFクラス代表の熱血ダメ男子・坂本雄二に向けられる愛情と嫉妬の暴走だと思う。特に嫉妬の暴走に爆笑したりニヤけたりする。
ダメ男子・吉井明久には、まず正ヒロインの姫路瑞希がいるのだけど、優等生の彼女ですら暴走する。料理が殺人的に下手だという設定のほか、控えめながらたまに嫉妬に狂って暴力も辞さないこともある。ほかに島田美波というフレンドリーだけど暴力的な少女がいて、彼女は常日頃から乱暴なのだけどたまにデレておしとやかになる。ドイツからの帰国子女でまだ日本語が少し苦手で日常会話は問題ないが試験問題は苦手なので数学以外の成績が悪くて最下級Fクラスに編入された。でもって姫路瑞希と島田美波は途中から互いに吉井明久のことが好きだということが分かって普段はとても仲が良いのだけど時に牽制しあったり共闘したりする。
Fクラス代表の熱血バカ男子・坂本雄二は勉強へのやる気がなくてこのクラスに編入されたがもともと頭は良くて策士にして指揮官という設定で、おまけに体格がよくて運動神経がいいけれど大事なところで間が抜けている。幼馴染でAクラス代表のヤンデレ優等生・霧島翔子にある事件がきっかけでベタ惚れされており、病的なまでの愛情に縛られて苦悩している。
対話が面白い。どのキャラも語頭語尾に特徴づけされているため、ひたすら会話文だけ続いてもどの人物がしゃべったのか分かるほか、相手から強烈な突っ込みを食らったときのリアクションのたとえば「いたたた関節はそっちには曲がらな…」みたいなのをそのまま会話文に入れているため、テンポ良く喜劇が繰り広げられる。
ストーリーもよく考えられていてよかった。召喚戦争だけでなく召喚獣を使っての学園祭バトルやきもだめしや野球トーナメントなんかがある。召喚獣には色々特徴があって、たとえば戦うときは審判役の先生の教科の点数を使うとか、半径何メートル以内じゃないとダメとかルールがあって、そのルールを利用して有利な条件で戦っていくさまが楽しい。保健体育だけがダントツに得意なムッツリーニこと土屋康太を突撃させるとか、相手が有利になる科目の教師を戦場から遠ざけるなんていう作戦がある。でもなんというか間延びしていてだんだん退屈になるというか早く終わってくれと思いながら読んだ時間も長かったように思う。
「男の娘」木下秀吉のキャラ造形に感心した。男なのに女扱いという反則なキャラなのだけど、その名のとおりなぜか語尾が時代劇っぽく「…なのじゃ」となっているため、うまいことあざとさが薄まって中性的なキャラになっていると思う。魅力的だ。本人は女扱いされたくないと思っているのだけど周りから女扱いされる。でも、普段女扱いしてくる吉井明久からごくまれに男扱いされるとちょっと否定したくなったり。また、こいつには双子の姉・優子いて、姉からなにかと邪険にされていたり、秀吉しか知らない姉の恥ずかしい趣味がふとしたこと(変装)で徐々に漏れてしまい姉が激怒する展開があったりと、姉弟でとてもおいしい感じ。
ムッツリーニこと土屋康太はその名のとおりおとなしいスケベで、よく鼻血を出して出血多量で死線をさまようのだけどこのギャグはちょっとウザい。そんな彼を、A組の奔放な女子・工藤愛子が下着をちらつかせて誘惑する。でも彼女もひょんなことからラブレターの代筆を頼まれて赤面する。
たぶんこのへんまでがレギュラーメンバーで、色んなエピソードにたびたび一緒になる。みんな魅力的で愉快な仲間って感じ。
一方で、ほかに脇役クラスで色々とキャラが出てくるのだけど、どれもいま一歩な感じがした。まず、なにかと対立してくる上級生の優等生、通称常夏コンビこと常村なんたらと夏川なんたらという男二人組なのだけど、こいつらの動機とか性格付けが不十分で全然魅力を感じなかった。同性愛キャラとして、島田美波につきまとう女と、吉井明久にひそかに愛情を抱く男が出てくるのだけど、女の方はやたらテンションだけ高くて相手にされていなくて意味不明な存在になっているし、男のほうは割といい性格をしていて女性読者にはウケているかもしれないけれど男の自分にはちょっと気持ち悪く感じた。主人公の姉、島田美波の妹、この二人は要らなかったと思う。AクラスとFクラス以外の登場人物もそれなりにいて活躍するのだけど、もっと力を入れてほしかったなあ。
そうだ。教師たちもよかった。補習担当の鉄人と呼ばれる熱い教師は主人公たち特に吉井明久と坂本雄二の前に強力に立ちふさがって物語を引き締めている最重要キャラの一人。吉井明久や坂本雄二がババア扱いする老齢の女科学者理事長。Fクラス代表・坂本雄二の非情な作戦により、行き遅れ女性数学教師を吉井明久の名前で愛を語る校内放送で誘導して作戦を有利に運んだり、学年主任の完璧超人な女性教師の勇姿の裏にちょっとした弱点があったり。
主人公の吉井明久が天然の愛されキャラで、一応正ヒロインの姫路瑞希に惚れているのだけど正統なラブコメにはならず、作品全体として女性キャラ連中が男性キャラたちに愛を向ける傾向が強い。特に吉井明久には女装も似合うという最近流行りの属性までついている。
章と章の間にある、ごくありがちなテスト問題の数々に対する登場人物たちの珍回答も高い打率で笑わせてくれる。
召喚獣システムというちょっと子供っぽい設定と、恋愛の主体が女性キャラ中心になっているハーレムっぽい設定さえ乗り越えられれば、とても面白い作品なのでぜひ読むことを勧める。
アニメ化された作品を途中まで見たもののあんまり面白くなかったので見るのをいったんやめたのだけど、行きつけの書店で学生二人組がこの作品のことをとても面白いと会話しているのを横で聞いて興味が沸いたのでこの原作小説に手を出してみた。小説読んで本気で笑ったのは初めてだ、などと異様に高評価だったので期待して読んでみたら大体期待通り面白かった。
アニメを見たときはすごく残念感があった。というのは、まずこの召喚獣という設定がうんざりだった。なんだこれ。学力がこうやって分かりやすい形で力として現れてクラスに貢献できるという仕組みは、昔ささやかながら優等生だった私の心をくすぐる設定なのだけど、それにしても露骨すぎる設定だと思った。このとんでもない設定を当たり前のように受け入れている生徒や教師たちの振る舞いを見ているだけでくすぐったく思った。
それに、登場人物のベタな設定と足りない描写にもイライラした。一応正ヒロインの優等生少女・姫路瑞希がダメ男子・吉井明久に向ける愛情表現がすごく抑えられている割に思わせぶりすぎるとか、ろくに紹介されていない「男の娘(おとこのこつまり男だけど女扱いのキャラ)」木下秀吉がのっけからやたら前に出てきたりして、作品に入っていくのに抵抗があった。
でもこの原作小説を読むとそういうのはあまり気にならなかった。アニメはテンポが良すぎてどうしても表現が分かりやすくなりすぎてしまうんだなと思った。
この作品の一番の魅力は、主人公のダメ男子・吉井明久やFクラス代表の熱血ダメ男子・坂本雄二に向けられる愛情と嫉妬の暴走だと思う。特に嫉妬の暴走に爆笑したりニヤけたりする。
ダメ男子・吉井明久には、まず正ヒロインの姫路瑞希がいるのだけど、優等生の彼女ですら暴走する。料理が殺人的に下手だという設定のほか、控えめながらたまに嫉妬に狂って暴力も辞さないこともある。ほかに島田美波というフレンドリーだけど暴力的な少女がいて、彼女は常日頃から乱暴なのだけどたまにデレておしとやかになる。ドイツからの帰国子女でまだ日本語が少し苦手で日常会話は問題ないが試験問題は苦手なので数学以外の成績が悪くて最下級Fクラスに編入された。でもって姫路瑞希と島田美波は途中から互いに吉井明久のことが好きだということが分かって普段はとても仲が良いのだけど時に牽制しあったり共闘したりする。
Fクラス代表の熱血バカ男子・坂本雄二は勉強へのやる気がなくてこのクラスに編入されたがもともと頭は良くて策士にして指揮官という設定で、おまけに体格がよくて運動神経がいいけれど大事なところで間が抜けている。幼馴染でAクラス代表のヤンデレ優等生・霧島翔子にある事件がきっかけでベタ惚れされており、病的なまでの愛情に縛られて苦悩している。
対話が面白い。どのキャラも語頭語尾に特徴づけされているため、ひたすら会話文だけ続いてもどの人物がしゃべったのか分かるほか、相手から強烈な突っ込みを食らったときのリアクションのたとえば「いたたた関節はそっちには曲がらな…」みたいなのをそのまま会話文に入れているため、テンポ良く喜劇が繰り広げられる。
ストーリーもよく考えられていてよかった。召喚戦争だけでなく召喚獣を使っての学園祭バトルやきもだめしや野球トーナメントなんかがある。召喚獣には色々特徴があって、たとえば戦うときは審判役の先生の教科の点数を使うとか、半径何メートル以内じゃないとダメとかルールがあって、そのルールを利用して有利な条件で戦っていくさまが楽しい。保健体育だけがダントツに得意なムッツリーニこと土屋康太を突撃させるとか、相手が有利になる科目の教師を戦場から遠ざけるなんていう作戦がある。でもなんというか間延びしていてだんだん退屈になるというか早く終わってくれと思いながら読んだ時間も長かったように思う。
「男の娘」木下秀吉のキャラ造形に感心した。男なのに女扱いという反則なキャラなのだけど、その名のとおりなぜか語尾が時代劇っぽく「…なのじゃ」となっているため、うまいことあざとさが薄まって中性的なキャラになっていると思う。魅力的だ。本人は女扱いされたくないと思っているのだけど周りから女扱いされる。でも、普段女扱いしてくる吉井明久からごくまれに男扱いされるとちょっと否定したくなったり。また、こいつには双子の姉・優子いて、姉からなにかと邪険にされていたり、秀吉しか知らない姉の恥ずかしい趣味がふとしたこと(変装)で徐々に漏れてしまい姉が激怒する展開があったりと、姉弟でとてもおいしい感じ。
ムッツリーニこと土屋康太はその名のとおりおとなしいスケベで、よく鼻血を出して出血多量で死線をさまようのだけどこのギャグはちょっとウザい。そんな彼を、A組の奔放な女子・工藤愛子が下着をちらつかせて誘惑する。でも彼女もひょんなことからラブレターの代筆を頼まれて赤面する。
たぶんこのへんまでがレギュラーメンバーで、色んなエピソードにたびたび一緒になる。みんな魅力的で愉快な仲間って感じ。
一方で、ほかに脇役クラスで色々とキャラが出てくるのだけど、どれもいま一歩な感じがした。まず、なにかと対立してくる上級生の優等生、通称常夏コンビこと常村なんたらと夏川なんたらという男二人組なのだけど、こいつらの動機とか性格付けが不十分で全然魅力を感じなかった。同性愛キャラとして、島田美波につきまとう女と、吉井明久にひそかに愛情を抱く男が出てくるのだけど、女の方はやたらテンションだけ高くて相手にされていなくて意味不明な存在になっているし、男のほうは割といい性格をしていて女性読者にはウケているかもしれないけれど男の自分にはちょっと気持ち悪く感じた。主人公の姉、島田美波の妹、この二人は要らなかったと思う。AクラスとFクラス以外の登場人物もそれなりにいて活躍するのだけど、もっと力を入れてほしかったなあ。
そうだ。教師たちもよかった。補習担当の鉄人と呼ばれる熱い教師は主人公たち特に吉井明久と坂本雄二の前に強力に立ちふさがって物語を引き締めている最重要キャラの一人。吉井明久や坂本雄二がババア扱いする老齢の女科学者理事長。Fクラス代表・坂本雄二の非情な作戦により、行き遅れ女性数学教師を吉井明久の名前で愛を語る校内放送で誘導して作戦を有利に運んだり、学年主任の完璧超人な女性教師の勇姿の裏にちょっとした弱点があったり。
主人公の吉井明久が天然の愛されキャラで、一応正ヒロインの姫路瑞希に惚れているのだけど正統なラブコメにはならず、作品全体として女性キャラ連中が男性キャラたちに愛を向ける傾向が強い。特に吉井明久には女装も似合うという最近流行りの属性までついている。
章と章の間にある、ごくありがちなテスト問題の数々に対する登場人物たちの珍回答も高い打率で笑わせてくれる。
召喚獣システムというちょっと子供っぽい設定と、恋愛の主体が女性キャラ中心になっているハーレムっぽい設定さえ乗り越えられれば、とても面白い作品なのでぜひ読むことを勧める。