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MONSTER

浦沢直樹 (小学館 ビッグコミックス)

まあまあ(10点)
2011年5月31日
ひっちぃ

ドイツで活躍する日本人の天才脳外科医テンマは、先に運び込まれた患者よりも市長の執刀をしろという院長の指示に反して、謎の一家惨殺事件で死に瀕していた少年の手術をしたために出世コースから転落した。これでよかったと思うテンマだったが、少年の周りで不思議な事件が起きる。大物漫画家の一人と言われる浦沢直樹によるヨーロッパを舞台にしたサイコミステリーマンガ。

作者の浦沢直樹には「YAWARA!」「マスター・キートン」「20世紀少年」「PLUTO(鉄腕アトムのリメイク)」と代表作がいくつもある中で、たぶん一番評価が高いのがこのMONSTERだと思うので読んでみた。

題のMONSTERつまり怪物とは少年のことだ。一家惨殺事件では少年の双子の妹が無傷で生き残っているが、その少女はテンマに対してなぜ少年を助けたのかと問う。自分が一度殺したはずなのに、と。少年はその後、事件を起こしてから失踪する。

物語はそこから急に九年後に飛ぶ。成長して青年ヨハンとなった少年が次々と事件を起こしていく。そのたびに悲痛なのか愉快犯なのかよくわからない書置きを残していく。青年はなにやら心理操作のような手法を使って人を操っていることが分かってくる。テンマは青年を止めるために追うが、青年が起こした事件の数々から重要参考人として指名手配され、ドイツ連邦捜査局の変わり者ルンゲ警部から追われる。青年の双子の妹ニナもまた成長し、嫌な記憶を抑え込んで快活な法学生として大学で学んでいたが、記憶を取り戻して青年を追うようになる。物語はさまざまな登場人物による追跡行として編まれていく。山場山場で接触して対決シーンになる。

すごく面白い作品だった。途中までは。以前私は7巻まで読み、そこでいったん読むのをやめた。決してつまらなくなったわけではないけれど、先を読みたいと思う気持ちが萎えてきたからだった。最近になってやっと続きを読んだのだけど、全18巻ある中で面白いと思って読めるのは9巻ぐらいまでで、その先は惰性で最後まで読んだ。たまたま時間があったから読めたのであって、そうでなかったら途中で放り出していたと思う。

一巻のジェットコースターっぷりは素晴らしかった。一巻だけで青年の怪物ぶりまで描かれる。三巻で青年のルーツが明らかになる。その後の数巻で、青年による操作を受けて犯罪に及んだ者たちの実態が描かれる。六巻の半ばから大富豪シューバルトの隠し子編が始まり、青年が活動するミュンヘン大学を舞台にミステリー趣向の話が進む。徐々にテンマや追跡者たちが青年に追いつくが…。ここまでで全体の半分が終了する。

面白く読めたのはせいぜいこのへんまでだと思う。実際のところ、すごく面白かったのは三巻ぐらいまでで、そのあとのサイコ描写から徐々にありきたり感とか引き伸ばし感が出てくる。本筋がこれ以上掘り下げられないことから、次々と新しい登場人物を出してドラマメイキングしたり、時々ヒロイン格のニナやアンチヒロイン格のエヴァが出てきて仕切りなおされたりする。

全体の後半からは、青年のことを崇めて利用しようとする組織があらわれ、チェコを舞台に新たな登場人物を巻き込んで話が進んでいく。ここからさらに話が雑になっていく。特に絵本の謎がひどい。思わせぶりなだけ。散々引っ張られる謎。意味不明な謎解き。ラストの展開には言うべき言葉すらない。

この作品の根本的な問題点は、MONSTERつまり怪物である青年を追いかけるという本筋がもともとそんなに掘り下げられないものなのに、むやみに大長編にしてしまったことだと思う。沢山の登場人物によって重層的に話が織り上げられていって本筋を支えるのだけど、そのどれもがまあいい話なのだけど小粒でその場限りなので物語全体が盛り上がらないで横にばかり広がっていく。

たとえば全体を通じて頻繁に登場する重要人物ルンゲ警部なのだけど、捜査にのめりこむあまり左遷されて家庭まで崩壊するのに、ただただ捜査を続ける。もっと葛藤したり悩んだりするドラマがあればよかったのに。まああの性格だとあまり感情が表に出てこないのだろうけど、それでも表現のしようはあったと思う。結局彼のドラマは、テンマへの謝罪という形だけで終わってしまう。

アンチヒロインで悪女のエヴァも非常にもったいない。一巻でいったん完全な悪女として描かれてしまったために、その後にテンマへの一途で屈折した愛が描かれてもシラケてしまう。テンマへの愛を貫いているかというとそうではなく、自分を一方的に愛してくれる相手を見つけるとくっつく寸前まで行く。それならそれでかまわないのだけど、なんだかんだでやっぱりテンマ、みたいな描写もあって一貫していない。、これは彼女から見た真実という点ではまさにそのまんまの描写であり、テンマもやはり自分を無条件で愛してくれたうちの一人に過ぎないのに「自分はテンマ一筋」と思い込んでいるだけなのだけど、それをそのまま彼女のフィルターで読者に示しているから訳が分からなくなっている。「それが女のサガ(男にとっては腹立たしいのだけど)」という風に描かれれば、彼女に対する印象はずっと深くて素晴らしいものになっていたと思うのに。

ヒロインのニナは絵的にも性格的にもかわいいので、出てくるたびに物語が生気を帯びて魅力的に進んでいく。でも楽しいのは途中までで、だんだんこの仕切りなおしがイライラしてくる。一体いつまでこの流れは続くんだと。またかとさえ思うようになる。最後にはわけのわからない狂気を帯びて物語を語るようになり、納得のいかない真実を開陳して意味不明な結末を迎える。せっかく若くて純粋に魅力的なヒロインなのだから、すごく安易だろうけど恋人かそれに近い人物でも用意してロマンスでもあればいいのに、意志の力の方が強くてアプローチをすべて無視してしまう。テンマにも相手いないし。

その他、この大長編の全体を通じてたびたび出てくるレギュラー的な脇役が何人もいるのだけど、普通物語がある程度進んだときになじみのキャラが再登場するとワクワクするものなのに、この作品に関してはウンザリ感すらある。話もキャラの掘り下げも甘いからだと思う。

テンマに人殺しをさせたくない、なんていうヒューマニズムの描き方も場当たり的で訳が分からなかった。

普通に読むとこの作品は決して駄作ではなく、徐々に面白さが薄れていくとはいっても最後までなんとか展開を期待しながら読めたし、娯楽作品として楽しめたと思う。しかしこのいかにも大作ですという感じがしていながらのこの底の浅さ。私の中で浦沢直樹は読んでも読まなくてもいい量産漫画家になりそうだ。

(最終更新日: 2011年6月1日 by ひっちぃ)

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