マンガ
銀と金
福本伸行 (双葉社 アクションコミックス)
傑作(30点)
2014年11月22日
競馬で大負けした森田鉄雄が地団太を踏んでいると、銀髪で目つきの鋭い男に声を掛けられる。十億の現金を次々と人に貸していく闇金ビジネスの手伝いだった。その男・平井銀二に見込まれて、森田鉄雄は裏社会での仕事に足を踏み入れる。独特の絵と語り口で金とギャンブルと人間を描く福本伸行が、「カイジ」シリーズでブレイクする前に描いた長編作品。青年マンガ。
巨大掲示板の書き込みをまとめたブログのうちの一つである「ニュー速クオリティ」を見ていたら、福本伸行の作品についてのスレッドのまとめがあって、その中でこの「銀と金」が福本作品の中で一番だと推す人が目立ったので読んでみた。面白かった。
政治家と企業幹部が癒着しているのを脅して金をせしめようと、情報網を使って彼らの弱みを調べ上げ、実際に密談しているところへ乗り込んでいってブラフをかましつつ交渉し、追い詰めたかと思ったら逆に彼らの兵隊である暴力団の実働部隊に追われてピンチに陥ったり、手打ちして仲良くなったりと、本当に話が面白い。作者は現在の日本の作家の中で最高のストーリーテラーだと思う。
最初は銀二がすごくて銀二の描いた計画の成否を見守る展開になるが、森田鉄雄も徐々に独り立ちしていく。銀二の手を借りずに自分一人で美術商から金を巻き上げたり、大学生らが集まるバーで金持ちのボンボンの学生たちと大金を掛けたギャンブルに巻き込まれたりする。現実世界で一歩裏世界に踏み込むと本当にありそうなリアリティが素晴らしい。ちなみに、題の「銀と金」は、銀二の「銀」に対して森田鉄雄が自分は「金」になりたいと思うところからきている。
この作品では結構戦闘が行われる。連続殺人犯の身柄を確保した弱小ヤクザ組織が、警察に引き渡す前に交渉したいからと時間稼ぎにこの男を監禁しておきたいのだけど、相手は平気で人を何人も殺してきた殺人鬼なのでヤクザよりも思い切りがいい。銀二の依頼でヘルプとして行った森田鉄雄だったが、そいつを下手に殺してしまうとまずいということで弾の入っていない拳銃一丁と刃物だけでヤクザ数人が当番制で張り込んでいる中で、ついに一人のヤクザがヘマをしてしまい、殺人鬼が大暴れしてしまう。ほかに、某県某市を実質的に支配する同族企業グループの跡目争いで、息子たちに病院に軟禁された当主の老人を救い出して建設中のビルに立てこもっての戦闘に巻き込まれたり。格闘技マンガじゃないので戦闘でも頭を使うことがメインで緊迫していて展開に目が離せない。あと、世の中、最終的には暴力で決着がつくという真実を突いている珍しい作品だと思う。
とにかく話の筋が面白いのでケチをつけるところはあまりないのだけど、いくつか気になった点があったので挙げていく。
まず、作者最大のヒット作である「カイジ」シリーズと比べると、主人公のキャラがよく分からない。裏社会のフィクサーである平井銀二からは、計画を成功させる特別な資質を持った男だと評されているのだが、単に運を呼び込む点だけなんじゃないかと思わなくもない。ただ、手を組んだ仲間に対して平等あるいは過分に分け前を与えたり、人の道を踏み外さないようたとえ自分が確実に得をするような場面でも人を裏切らなかったりする。そしてそれが結果的にこの稼業に疑問を抱くことにつながっていく。そのあたりは割と魅力的なキャラクターなのだけど、ヒーロー的な力強さがなく、かといって普通の人の共感を得やすいわけでもなく、中途半端になっていると思う。その点、カイジは等身大のダメ人間が一歩踏み出して度胸をつけていく感じだし、逆にアカギは圧倒的にヒーローなので分かりやすい。まあでも不特定多数の読者のフワッとした理想的自己イメージを体現しているのかなあとも思う。
平井銀二の仲間として、元刑事とか検事とか新聞記者とかいるのだけど、個性派揃いで面白そうなキャラだと思っていたら作中ほとんど話を進めるだけにしか使われていなかった。こいつらのドラマとか色々描いていたらもっと幅のある作品になったんじゃないかと思った。
「カイジ」シリーズがアニメ化されたときに、パチンコを扱ったエピソードが特に外人の間で不評だったらしい。この作品でも、パチンコじゃないけれど麻雀という一つのゲームを扱っている。自分は麻雀を知っているから分かるけれど、最近の若い人はあんまり麻雀やらないらしいので、よく知らない人も多いんじゃないだろうか。ルールとか知らなくても登場人物の熱意とかで伝わるんだろうか。なんかフランスで日本の落語を翻訳なしで上演したらその所作だけで芸術的に高い評価を受けたらしいのだけど、言葉やルールの壁を越えて伝わるものなのだろうか。
最終話は平井銀二の話なのだけど、最後の独白が味わい深かった。Wikipediaのまとめによると作者は最後に平井銀二と森田鉄雄の対決で締めくくる予定だったらしい。一応この作品はまだ未完ということになっているので続きが描かれる可能性は残っているのだけど、いまのところこの対決は行われずに物語が終わっている。自分はこの終わり方に何の不満もない。森田鉄雄は銀二に勝負を挑みたいとは思わないだろう。何か理由が出来れば別だけど、ちょっと考えてみても鉄雄が自分の考え方を変えるとは思えないので、銀二が何か道を踏み外しでもするんだろうか。たぶん銀二の性格的に、男としてでかいことが出来ればそれでいい的な方向性が、森田鉄雄のそれと衝突する可能性はあると思う。でもって鉄雄の持つ特別な資質に敗れるみたいな。あるいはよくある話として、弟子に負けて引退したい的な。少なくとも師弟対決につなげるには、これまでに方向性の違いで衝突する伏線とか、この世のあるべき姿といった思想的な側面が必要だと思うのだけど、いずれも作者は描いていない。ただ大きい男の大きな勝負を描いている。作者の最新作「最強伝説黒沢」には社会派の描写があってしかもすごく面白いので、その点は物足りないといえば物足りないけれど、それはむしろ世の中に正義なんてないんだというこれも一つの思想がはっきりしていて刺激される。
あえて言うまでもないけれど、この人の絵は独特で汚い。でも絵から読み取れる情報量は多いので、うまいかヘタかでいうとうまいんじゃないかと思う。
いま思ったけれど女性に勧めるのは難しいかもしれない。すごく面白い作品なのだけど、思ったより間口が狭いことに気付いた。せめて同じ作者の作品であれば「カイジ」シリーズから順に勧めたい。面白かったらきっとこの作品も楽しめるはず。
巨大掲示板の書き込みをまとめたブログのうちの一つである「ニュー速クオリティ」を見ていたら、福本伸行の作品についてのスレッドのまとめがあって、その中でこの「銀と金」が福本作品の中で一番だと推す人が目立ったので読んでみた。面白かった。
政治家と企業幹部が癒着しているのを脅して金をせしめようと、情報網を使って彼らの弱みを調べ上げ、実際に密談しているところへ乗り込んでいってブラフをかましつつ交渉し、追い詰めたかと思ったら逆に彼らの兵隊である暴力団の実働部隊に追われてピンチに陥ったり、手打ちして仲良くなったりと、本当に話が面白い。作者は現在の日本の作家の中で最高のストーリーテラーだと思う。
最初は銀二がすごくて銀二の描いた計画の成否を見守る展開になるが、森田鉄雄も徐々に独り立ちしていく。銀二の手を借りずに自分一人で美術商から金を巻き上げたり、大学生らが集まるバーで金持ちのボンボンの学生たちと大金を掛けたギャンブルに巻き込まれたりする。現実世界で一歩裏世界に踏み込むと本当にありそうなリアリティが素晴らしい。ちなみに、題の「銀と金」は、銀二の「銀」に対して森田鉄雄が自分は「金」になりたいと思うところからきている。
この作品では結構戦闘が行われる。連続殺人犯の身柄を確保した弱小ヤクザ組織が、警察に引き渡す前に交渉したいからと時間稼ぎにこの男を監禁しておきたいのだけど、相手は平気で人を何人も殺してきた殺人鬼なのでヤクザよりも思い切りがいい。銀二の依頼でヘルプとして行った森田鉄雄だったが、そいつを下手に殺してしまうとまずいということで弾の入っていない拳銃一丁と刃物だけでヤクザ数人が当番制で張り込んでいる中で、ついに一人のヤクザがヘマをしてしまい、殺人鬼が大暴れしてしまう。ほかに、某県某市を実質的に支配する同族企業グループの跡目争いで、息子たちに病院に軟禁された当主の老人を救い出して建設中のビルに立てこもっての戦闘に巻き込まれたり。格闘技マンガじゃないので戦闘でも頭を使うことがメインで緊迫していて展開に目が離せない。あと、世の中、最終的には暴力で決着がつくという真実を突いている珍しい作品だと思う。
とにかく話の筋が面白いのでケチをつけるところはあまりないのだけど、いくつか気になった点があったので挙げていく。
まず、作者最大のヒット作である「カイジ」シリーズと比べると、主人公のキャラがよく分からない。裏社会のフィクサーである平井銀二からは、計画を成功させる特別な資質を持った男だと評されているのだが、単に運を呼び込む点だけなんじゃないかと思わなくもない。ただ、手を組んだ仲間に対して平等あるいは過分に分け前を与えたり、人の道を踏み外さないようたとえ自分が確実に得をするような場面でも人を裏切らなかったりする。そしてそれが結果的にこの稼業に疑問を抱くことにつながっていく。そのあたりは割と魅力的なキャラクターなのだけど、ヒーロー的な力強さがなく、かといって普通の人の共感を得やすいわけでもなく、中途半端になっていると思う。その点、カイジは等身大のダメ人間が一歩踏み出して度胸をつけていく感じだし、逆にアカギは圧倒的にヒーローなので分かりやすい。まあでも不特定多数の読者のフワッとした理想的自己イメージを体現しているのかなあとも思う。
平井銀二の仲間として、元刑事とか検事とか新聞記者とかいるのだけど、個性派揃いで面白そうなキャラだと思っていたら作中ほとんど話を進めるだけにしか使われていなかった。こいつらのドラマとか色々描いていたらもっと幅のある作品になったんじゃないかと思った。
「カイジ」シリーズがアニメ化されたときに、パチンコを扱ったエピソードが特に外人の間で不評だったらしい。この作品でも、パチンコじゃないけれど麻雀という一つのゲームを扱っている。自分は麻雀を知っているから分かるけれど、最近の若い人はあんまり麻雀やらないらしいので、よく知らない人も多いんじゃないだろうか。ルールとか知らなくても登場人物の熱意とかで伝わるんだろうか。なんかフランスで日本の落語を翻訳なしで上演したらその所作だけで芸術的に高い評価を受けたらしいのだけど、言葉やルールの壁を越えて伝わるものなのだろうか。
最終話は平井銀二の話なのだけど、最後の独白が味わい深かった。Wikipediaのまとめによると作者は最後に平井銀二と森田鉄雄の対決で締めくくる予定だったらしい。一応この作品はまだ未完ということになっているので続きが描かれる可能性は残っているのだけど、いまのところこの対決は行われずに物語が終わっている。自分はこの終わり方に何の不満もない。森田鉄雄は銀二に勝負を挑みたいとは思わないだろう。何か理由が出来れば別だけど、ちょっと考えてみても鉄雄が自分の考え方を変えるとは思えないので、銀二が何か道を踏み外しでもするんだろうか。たぶん銀二の性格的に、男としてでかいことが出来ればそれでいい的な方向性が、森田鉄雄のそれと衝突する可能性はあると思う。でもって鉄雄の持つ特別な資質に敗れるみたいな。あるいはよくある話として、弟子に負けて引退したい的な。少なくとも師弟対決につなげるには、これまでに方向性の違いで衝突する伏線とか、この世のあるべき姿といった思想的な側面が必要だと思うのだけど、いずれも作者は描いていない。ただ大きい男の大きな勝負を描いている。作者の最新作「最強伝説黒沢」には社会派の描写があってしかもすごく面白いので、その点は物足りないといえば物足りないけれど、それはむしろ世の中に正義なんてないんだというこれも一つの思想がはっきりしていて刺激される。
あえて言うまでもないけれど、この人の絵は独特で汚い。でも絵から読み取れる情報量は多いので、うまいかヘタかでいうとうまいんじゃないかと思う。
いま思ったけれど女性に勧めるのは難しいかもしれない。すごく面白い作品なのだけど、思ったより間口が狭いことに気付いた。せめて同じ作者の作品であれば「カイジ」シリーズから順に勧めたい。面白かったらきっとこの作品も楽しめるはず。