フィクション活字
ファンタジー
異世界のんびり農家 500話ちょっとまで
内藤騎之介 (HinaProject Inc. 小説投稿サイト「小説家になろう」)
傑作(30点)
2019年5月12日
過労で倒れて長い闘病生活の末にそのまま病院で亡くなった三十代の元サラリーマン街尾火楽は、神の憐れみを受けて別の世界に転生させてもらう。人付き合いの苦手だった彼は、人里離れた場所で一人のんびり農業をやって暮らせるよう願ったが、彼のもとには次第に様々な人々が集まってきて豊かな村を作るようになる。ネット小説。
マンガ化されたほう(作画:剣康之)を読んで非常に面白かったので、先が気になってこの原作小説の方にも手を出してみた。時々ダレたけれどグイグイ読めた。
この作品を一言であらわすと「異世界ダッシュ村」?(笑)日本テレビ「ザ!鉄腕!DASH!」みたいに知識だけ持った主人公があえて未開の地で実際に作物を育てたり何か作ったりすることにチャレンジする感じ。ゲームで言えば牧場物語やマインクラフトやシムシティや「俺の屍を越えてゆけ」の要素が異世界ファンタジーものに加わった感じ。
神から「万能農具」を授けられた主人公は、クワとして地面に振るえば土は耕され思ったとおりの作物が育ち、斧として木に振るえばどんなに堅い木も自在に加工でき、槍として投げればどんなに強力な防御壁も貫通して敵を仕留めることができる。めったに人の立ち入らない森に転送された主人公は、そこで農作物を育てながら家を建てて一人暮らしを始める。
面白いのは、そんな彼のもとに徐々に人が集まってくるところ。舞台となっているファンタジー世界には色々と便利な魔法はあるけれど、農作物や料理はそれほどおいしくないため、彼の作る料理に魅了された人々が定住していく。生活を豊かにするため、村には様々な施設が作られていく。商人がきて交易が始まったり、外交官が来て政治にちょっとだけ関わったり、世界各地から伝説的な存在が集ってきたりする。無欲な主人公は彼らを受け入れ、そのうち偉大な代表として持ち上げられていく。周囲を探検して勢力範囲を広げたり、子供が産まれて一族を作ったりする。
似たような作品として伏瀬「転生したらスライムだった件」があるけれど、そっちは主人公が主に戦闘能力で色んな亜種族を傘下におさめていくのに対して(アニメをちょろっと見ただけなのでよく知らないけど)、こっちは基本的には生産系であること。箱庭的に発展していくところが読んでいて楽しかった。
ちなみに自分は「転生したらスライムだった件」のほうはアニメを途中で飽きて見るのをやめてしまった。鬼族が出てくるあたりで子供っぽい話だなあとうんざりしはじめ、ゴブ太のいじられ具合が甘ったるすぎて見るにたえなくなり、この先ぜんぜん面白くなりそうにないと思ったからだった。単に自分の好みの問題なのかもしれないけれど、この手の話はあまりうまくいきすぎると興ざめしてしまう。その点この作品は主人公が試行錯誤してよく失敗するし、良かれと思って行動しても周りの人々にたしなめられたりする。若い人には「転生したらスライムだった件」のような堂々としていながらたまにちょっとおどけてみせるような主人公が順調に成功していく話がウケて、年を食った人には時々ぞんざいに扱われながらもなんだかんだで尊敬されている主人公が時々失敗しながらうまくやっていくこの作品のような話がウケるというだけなのかも。どっちが良いとか言うべきではないのだろうけれど、正直「転生したらスライムだった件」のほうは浅いと思った。まあそれを言ってしまうと、こっちの話も他の作品と比べると色んなことがうまくいきすぎているわけで、異世界転生ものすべてを否定することになりかねなくなる。十文字青「灰と幻想のグリムガル」みたいな例外はあるにせよ。
淡々と一人称で話が進んでいく。描写は少な目で、空行を挟んでポツポツと文章がつづられる。「頑張れ。」だけの行がたぶん一番多いと思う(笑)。主人公は人々を見守ることが多い。住民の行動を手とり足とりフォローするだけでなく、時に突き放して暖かく見守る。主人公は穏やかな性格をしていて、感情の起伏に乏しいのでいちいち興奮することなく、周りの状況をそんなに細かく語ったりしない。必要最小限の言葉がポロポロと漏れる感じ。
一年のサイクルがあって、「万能農具」で耕した土地では年に三回収穫できるので春夏秋に作物がとれるほか、収穫祭や武闘会や村祭りやパレードといったイベントが試行錯誤の中で定例化していく。そして冬に対する備えが済んだら基本的におとなしく家に引きこもって手工芸なんかをやって過ごす。
ヒロインがいっぱい出てきてハーレムを作る。描写が淡々としているので、やることはやっているのだけどあっさりとしか書かれない。恋愛描写も少なく、なんだかんだで色んな種族の美女たちが主人公に魅かれていく。彼女らは子供が産まれて母になると子供第一になっていく。一言で言えば微笑ましい感じ。主人公は母子から邪険にされながらも好かれようとがんばったり暖かく成長を見守ったりする。
この作品を読んでいて一番いまいちだと思ったのは、なんだかんだで結局主人公の興した村がこの世界で無双してしまうこと。特に「魔王国」の幹部たちが早々におちゃらけてしまうのにはうんざりした。ただ、この作品は良くも悪くも描写があっさりしているので、気に入らない点があってもサクサクと読み進んでいけるのが良かった。
世界観が面白いのだけど、だんだんいい加減になっていくように感じた。自分の中で一番転機となったのはウルザの登場だった。偉大な存在が幼女に転生したという設定で、主人公の子供じゃないのにいつのまにか受け入れられ、一族の中で重要な位置を占めて作者的にも気に入っているのか描写が厚い。こういうのが読んでいて一番萎える。他にも九尾の狐のヨウコだとか妖精女王だとかのポッと出キャラが出てきて既存キャラを差し置いて活躍し、そのたびに読む気がそがれたのだけど、ちょっと離れたところに新たな街を作るだとか村で育った獣人の男の子たちが魔王国に留学するだとかの新展開が始まってまた展開が楽しみになったりした。
こういう作品がタダで読めるというのは、出版業界の怠慢なんじゃないかと思う。小説投稿サイトによって結果的に業界がクリエイターを取りこぼしていることが明らかになった。ライトノベルのように出版社が掘り起こして成功した例もあるけれど、まだまだ掘ろうと思えば掘れたのだ。でもそこからは積極的にメディアミックスに乗り出しており、自分がこの作品と出会えたのもそれだった。もっと仕組みが整備されていけば、出版社や作家さんたちが儲かりつつ、読者からしても面白い作品に出会いやすくなるというウィンウィンな関係が進むと思う。
マンガ化されたほう(作画:剣康之)を読んで非常に面白かったので、先が気になってこの原作小説の方にも手を出してみた。時々ダレたけれどグイグイ読めた。
この作品を一言であらわすと「異世界ダッシュ村」?(笑)日本テレビ「ザ!鉄腕!DASH!」みたいに知識だけ持った主人公があえて未開の地で実際に作物を育てたり何か作ったりすることにチャレンジする感じ。ゲームで言えば牧場物語やマインクラフトやシムシティや「俺の屍を越えてゆけ」の要素が異世界ファンタジーものに加わった感じ。
神から「万能農具」を授けられた主人公は、クワとして地面に振るえば土は耕され思ったとおりの作物が育ち、斧として木に振るえばどんなに堅い木も自在に加工でき、槍として投げればどんなに強力な防御壁も貫通して敵を仕留めることができる。めったに人の立ち入らない森に転送された主人公は、そこで農作物を育てながら家を建てて一人暮らしを始める。
面白いのは、そんな彼のもとに徐々に人が集まってくるところ。舞台となっているファンタジー世界には色々と便利な魔法はあるけれど、農作物や料理はそれほどおいしくないため、彼の作る料理に魅了された人々が定住していく。生活を豊かにするため、村には様々な施設が作られていく。商人がきて交易が始まったり、外交官が来て政治にちょっとだけ関わったり、世界各地から伝説的な存在が集ってきたりする。無欲な主人公は彼らを受け入れ、そのうち偉大な代表として持ち上げられていく。周囲を探検して勢力範囲を広げたり、子供が産まれて一族を作ったりする。
似たような作品として伏瀬「転生したらスライムだった件」があるけれど、そっちは主人公が主に戦闘能力で色んな亜種族を傘下におさめていくのに対して(アニメをちょろっと見ただけなのでよく知らないけど)、こっちは基本的には生産系であること。箱庭的に発展していくところが読んでいて楽しかった。
ちなみに自分は「転生したらスライムだった件」のほうはアニメを途中で飽きて見るのをやめてしまった。鬼族が出てくるあたりで子供っぽい話だなあとうんざりしはじめ、ゴブ太のいじられ具合が甘ったるすぎて見るにたえなくなり、この先ぜんぜん面白くなりそうにないと思ったからだった。単に自分の好みの問題なのかもしれないけれど、この手の話はあまりうまくいきすぎると興ざめしてしまう。その点この作品は主人公が試行錯誤してよく失敗するし、良かれと思って行動しても周りの人々にたしなめられたりする。若い人には「転生したらスライムだった件」のような堂々としていながらたまにちょっとおどけてみせるような主人公が順調に成功していく話がウケて、年を食った人には時々ぞんざいに扱われながらもなんだかんだで尊敬されている主人公が時々失敗しながらうまくやっていくこの作品のような話がウケるというだけなのかも。どっちが良いとか言うべきではないのだろうけれど、正直「転生したらスライムだった件」のほうは浅いと思った。まあそれを言ってしまうと、こっちの話も他の作品と比べると色んなことがうまくいきすぎているわけで、異世界転生ものすべてを否定することになりかねなくなる。十文字青「灰と幻想のグリムガル」みたいな例外はあるにせよ。
淡々と一人称で話が進んでいく。描写は少な目で、空行を挟んでポツポツと文章がつづられる。「頑張れ。」だけの行がたぶん一番多いと思う(笑)。主人公は人々を見守ることが多い。住民の行動を手とり足とりフォローするだけでなく、時に突き放して暖かく見守る。主人公は穏やかな性格をしていて、感情の起伏に乏しいのでいちいち興奮することなく、周りの状況をそんなに細かく語ったりしない。必要最小限の言葉がポロポロと漏れる感じ。
一年のサイクルがあって、「万能農具」で耕した土地では年に三回収穫できるので春夏秋に作物がとれるほか、収穫祭や武闘会や村祭りやパレードといったイベントが試行錯誤の中で定例化していく。そして冬に対する備えが済んだら基本的におとなしく家に引きこもって手工芸なんかをやって過ごす。
ヒロインがいっぱい出てきてハーレムを作る。描写が淡々としているので、やることはやっているのだけどあっさりとしか書かれない。恋愛描写も少なく、なんだかんだで色んな種族の美女たちが主人公に魅かれていく。彼女らは子供が産まれて母になると子供第一になっていく。一言で言えば微笑ましい感じ。主人公は母子から邪険にされながらも好かれようとがんばったり暖かく成長を見守ったりする。
この作品を読んでいて一番いまいちだと思ったのは、なんだかんだで結局主人公の興した村がこの世界で無双してしまうこと。特に「魔王国」の幹部たちが早々におちゃらけてしまうのにはうんざりした。ただ、この作品は良くも悪くも描写があっさりしているので、気に入らない点があってもサクサクと読み進んでいけるのが良かった。
世界観が面白いのだけど、だんだんいい加減になっていくように感じた。自分の中で一番転機となったのはウルザの登場だった。偉大な存在が幼女に転生したという設定で、主人公の子供じゃないのにいつのまにか受け入れられ、一族の中で重要な位置を占めて作者的にも気に入っているのか描写が厚い。こういうのが読んでいて一番萎える。他にも九尾の狐のヨウコだとか妖精女王だとかのポッと出キャラが出てきて既存キャラを差し置いて活躍し、そのたびに読む気がそがれたのだけど、ちょっと離れたところに新たな街を作るだとか村で育った獣人の男の子たちが魔王国に留学するだとかの新展開が始まってまた展開が楽しみになったりした。
こういう作品がタダで読めるというのは、出版業界の怠慢なんじゃないかと思う。小説投稿サイトによって結果的に業界がクリエイターを取りこぼしていることが明らかになった。ライトノベルのように出版社が掘り起こして成功した例もあるけれど、まだまだ掘ろうと思えば掘れたのだ。でもそこからは積極的にメディアミックスに乗り出しており、自分がこの作品と出会えたのもそれだった。もっと仕組みが整備されていけば、出版社や作家さんたちが儲かりつつ、読者からしても面白い作品に出会いやすくなるというウィンウィンな関係が進むと思う。