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100分de名著 カント“純粋理性批判”

日本放送協会 (NHK総合 2020.6.1 22:25~ 全4回)

傑作(30点)
2020年6月30日
ひっちぃ

哲学の名著であるイマヌエル・カント「純粋理性批判」を100分で紹介する教養番組。本の内容を分かりやすいCGと語りで説明しつつ、東京医科大学の教授・西研が指南役として補足し、ゲストの伊集院光が自分の身近な例を挙げて受け応えしていく。

佐藤優「人をつくる読書術」(青春出版社)でまずカントを読めと言っていたので気になっていたのだけど、読むのは面倒だなあと思っていたらちょうどNHKでこの番組をやっていたのでこれを見て済ませることにした(笑)。

全4回に分かれていて、まず第1回は認識の問題について扱っている。自分が認識したことは他人も同じように認識しているのだろうか?という問題提起を行っていて、人は自分の経験したことを通じてしか認識できないというイギリス経験論をまず紹介している。それに対して人間には元々合理的に物事の真理を捉える知的能力が備わっており認識もみんな共通なんだという大陸合理論について触れている。カントの時代はちょうどこの二つの考え方が争っていたらしい。

いま見返してて思ったのだけど、これ順番が逆の方が現代人にはしっくり来ると思うんだけど、なぜかイギリス経験論のほうを先に持ってきている。番組の冒頭でアナウンサーが赤いバラを持ってきてこれなんですかと訊いているのも、視聴者が「赤いバラ」と答えるだろうという大陸合理論に近い考え方に染まった私たちのことを意識させたいはずなんだけど。実際カントも最初大陸合理論だったと番組でも言っている。

でカントはこの二つの考え方を折衷した考え方を示す。確かに人はそれぞれ勝手にモノを認識しているけれど(感性)、そこから抽象化してモノの特徴を抜き出して認識したものは誰もが共通して持てるんだよ(悟性)みたいな。番組ではカントが自然科学の急速に発展した時代に生きていたからこの考え方に至ったんじゃないかと言っている。

第2回も大体似たような内容なのだけど、科学を成立させている「因果律」つまりAの後にBが起きる(物事には原因と結果がある)という認識もそれぞれの人の勝手な思い込みなんじゃないのと言ったヒュームの問題提起を受けて、いいやこれはこうなんだとカントが一生懸命ひねり出したのが「ア・プリオリな総合判断」という考え方なのだという。番組ではこれを分かりやすく「共通規格」という言葉で説明している。

感性での捉え方は人それぞれだけど、それを抽象化したものには客観性があり、それを扱う「共通規格」があってみんな同じように考えるんだということらしい。それも勝手な思い込みだと言われたらどうするのかと思ったけど、1+1=2というのはみんな納得できるだろうし、自然科学が発達したのでこの世界には確かに法則性があるんだと納得できる。まあ数学基礎論を持ち出すと1+1=2というところにはケチがつくのかもしれないけれど、それでも結局数学というみんなで共有可能な見方があることに変わりはない。

第3回は、まず古代から探求されてきた「不死なる魂はあるか?」「宇宙は無限か?有限か?」「神は存在するのか?」といった問いに人間は絶対に答えを出すことができないんだと言っている。その説明の中で4つのアンチノミー(「対立する二つの命題が共に証明できてしまいどちらが正しいのか決着がつかない状態」)を例示していて、最終的にその結論として人間それぞれの立ち位置によって答えが違ってくるのだと言っている。

番組やカントの出した例よりも伊集院光の出した話のほうが分かりやすかった(笑)ので紹介すると、死後の世界ってあるの?っていう問いに対して、この世に生きている私たちからすると認識できないから存在しないという答えと、すべてを見通せる視点から見るとこの世があるんだからあの世もないとは言い切れないという答えの両方がある。

最終回の第4回では、第3回からの続きとして、この世の中がすべて物理法則で成り立っているのであればそこに人の自由はあるのか?という話から入っている。答えとしては、世界全体から見れば物理法則で成り立っているから法則どおりに動いているけれど、個人個人からみればそれぞれの意志で動いている(?)といったところだろうか。

カントの考える自由とは一般の感覚とは違っていて、ダイエット中に甘いものを食べたくなったから食べるというのは自由ではなくて欲望に従っただけのことであり、それを我慢することこそが自由であるというVTRを見て伊集院光が衝撃を受けていたのがウケた(わざとおどけているんだろうけど)。他に例として、かわいそうだから助けてあげるというのも単なる欲望であり自由であるとは言えず、その人のためになることをしようと考えることこそが自由なのだという。

で最後にカントはその自由で人は何をなすべきかという話に入っていき、のちの著書である「実践理性批判」にも触れて番組は終わっている。

普通の人が「哲学」と聞くと「どう生きるか」という湿っぽい話を想像してしまうのは全部カントのせいなんじゃないかと思えてきた。授業でカントを勉強したという友人が結局番組の最後の星空がどうのとか自分の中の道徳法則がどうのとかいう「実践理性批判」のほうの記述に感銘を受けていたので、自分の中でもカントといえば道徳の人というイメージが強かったのだけど、ドライな認識を突き詰めた上での話だったというのが今回この番組を見て初めて分かった。

伊集院光には若干前のめりな姿勢が見られたけれど(編集のせいか?)、番組の内容をよく理解した上でそれを消化して自分の言葉に置き換えて語るという素晴らしい受け答えをしていたと思う。また、指南役の西研もただVTRの内容を分かりやすく補足するだけでなく、ゲストや司会者の出した疑問や着眼点にきっちりと対応しており、いい先生だなと思った。

ちなみにダメな教養番組ってゲストがあからさまに無知を装ったり(たぶん番組の構成上無知な立場を要求されるのが心の底で納得できていないんだと思う)、先生が自分の言いたいことだけをしゃべってさりげなくゲストの発言を無視したりするから見ていてモヤっとする。

VTRは必要な説明を十分に行っているように思え、分かりやすい上に遊び心があって面白く見ることができた。正直ちょっと遊びすぎだろとか金かけすぎてないかとか思わなくもないけど、憶測でものを言うのはやめておく。だからどこにいくらで発注したとか子会社や関連会社がどれだけ儲けているのかとかきっちり公開してほしい。

[参考]
https://www.nhk.or.jp/meicho/
famousbook/98_kant/
index.html

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