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ブルーピリオド 12巻まで

山口つばさ (講談社 アフタヌーンKC)

傑作(30点)
2022年7月18日
ひっちぃ

根は真面目で成績優秀だけど身の置き場がなくて不良グループとつるんでいた高校生の矢口八虎は、ある日美術部の人が描いた絵を見て不思議な感銘を受ける。自分も何か描いてみようと選択美術の時間に渋谷の街並みをなんとなく青く描いたところ、仲間から「なんかわかる」みたいなことを言われ、いままでの当たり障りのないコミュニケーションとは違った手ごたえを感じたのだった。少年マンガ。

2021年にアニメ化されたのを見て、当時のアニメで一番楽しみにしていたほどハマった。原作に手を出したくてしょうがなかったけれど、まずはアニメを楽しみたかったので終わるまで待った。でもとてもキリのいい終わり方をしたのですぐに原作に手を出す気になれず、いまになってようやく読んでみた。おもしろかったけれど、既にアニメで見ていたところはそこまで楽しめなかった。あくまで話の筋とか美術の話が楽しかったのであって、キャラとかやりとりにはそこまで魅力を感じていなかったんだろうなあと思った。

この作品の最大の魅力は、いままで美術についてよく知らなかった主人公が、ごく基礎的なことから学んでいくところだと思う。自分も知らなかったのでとても興味深かった。たとえば「デッサン」というのは描きたい対象の形を正確に捉えて描くことであって、色はつけないし頭の中に思い描いた光景ではなくてあくまで目で見たものをそのまま描くものだということ。

おっとりした美術講師のおばあちゃん先生に手ほどきを受けた主人公の八虎(やとら)は、美術大学を目指そうと予備校へ行き、そこで長身おかっぱの女性講師から様々な技術を学んでいく。この人、個性的で好き。

予備校には美大を目指している人たちが大勢いて、その中で友達が出来ていくけれど、まだ日の浅い彼にとってみればみんなうますぎて自信をなくすのだった。それでも彼は頭の良さと根性でなんとか乗り越えていく。

主人公の八虎が頭のいい設定なので、彼の悩みと答えがとても論理的で分かりやすかった。美術っていうとセンスとかイマジネーションとかの掴みどころのない世界を想像してしまうけれど、ちゃんとパースとか構図とかの技術があって、人に与える印象なんかがきちんと科学されている。

一方で人間ドラマとして見るとなんかいまいちだった。まず八虎自身の性格と交友ぶりがピンとこなかった。八虎は頭がいいけれどそれを鼻にかけず、人当たりがよくて付き合いもいい。不良仲間からも好かれている。うーん。そもそも不良たちがみんなおっとりしていて全然それっぽくない。いい学校のなんちゃって不良なんだろうか?

八虎は家ではいい子を演じていて親にはなるべく逆らわないようにしていた。だから美大へ行きたいとはなかなか言えず、いざ言ってから反対されてもなかなか意志を貫けない。しまいには母親が食事の用意をしている後姿の絵を描いて日頃の感謝とともに己の意志を伝える。これ普通に考えたらいいシーンのはずだけど、彼の心の動きが自分には全然伝わってこなかった。

八虎を美術部へと導いたのは龍二という女装男子で、家庭環境が複雑な中で親身になってくれていた祖母のために日本画の道へ進もうとしていたが、本当にやりたいこととの間で板挟みになって揺れる。八虎は彼のためになにかしたいと思っていたが、最初そこまで踏み込めなかった。八虎が彼の女装を半分否定的に触れても全然関係が壊れないので以前から仲が良かったっぽいけれど、正直自分はこの二人の距離感がよくわからなかったので気持ちが盛り上がらなかった。

で時は流れて、既刊分では美大で学んでいるところで、大学で厳しいことを言われて壁にぶつかり、そんな中で仲間たちとのふれあいがあり学園祭で困難を共に乗り越えて充実するのだけど、大学の外にもサークル活動があることを知る。

このサークルというのが妖しい美女の主催によるもので、黒髪ロングでラフな恰好をした知的な美女が素足を絡ませてくる(?)のがすごくよかった。物知りかつ分かりやすく説明してくれる彼女に八虎は次第にひかれるようになり、逆に大した説明をしてくれず納得のいかない方向付けをしてくる大学から遠ざかっていく。理屈では分かるのだけど、彼の気持ちにいまいちついていけない自分がいた。

ちなみにこの作品にはいまのところ恋愛要素はまったくなくて、この美女との間にロマンスはないのだった。

大学の教育が目指すところとして、学生たちはみんな原石なのだけど、光るかもしれないのはその中でたった一つだけで、残りは一つの原石を光らせるためのみがき石に過ぎないのだと言っている。先生たちはとにかく乱暴でもいいから学生になんらかの刺激を与えて成長させたいのだという。しかし学生の中にはそれに反発して自主的に退学していく人もいる。ほかにも、先生やその他の芸術家たちのありかたがちょっと否定的な面も含めてできるだけありのままに描こうとしているように思えてよかった。

登場人物はみんな個性的で魅力的だし、八虎との関わりかたもそれぞれ独特でとてもよかったのだけど、それが八虎の内面までくると急に違和感が出てくるように思った。主人公ってのはやっぱり読者が作品世界を見る鏡みたいなものなのだから、その鏡がぼやけているとみんなボケてみえてしまう。

前述の龍二に対して八虎は結局寄り添うことしかできなかった。美術一家に生まれ優秀な姉にコンプレックスを持つ桑名さんや、思い込みが激しい親のもとで人とのコミュニケーションを避けて絵に逃げてきた世田介くんに対しても、八虎はただ眺めていただけ。まあ心の問題なんてそう簡単には解決しないものだけど、八虎には頭がいいという設定があるのだからなにがしかの気づきとか行動はなかったんだろうか。

というか八虎は自分の親との関係がまだそんなにうまくいっていないように思う。もしこのまま大学をやめてしまったら、せっかく母親が美術びいきになっていたのにまたうまくいかなくなってしまうんじゃないだろうか。もしそうなったとき、八虎は母親と和解できるんだろうか。八虎のこの作品における成長から考えると、母親なんてどうでもいいみたいな方向に行っちゃいそう。

佐伯先生の子供絵画教室にアルバイトで行く話も、結局八虎は子供たちの問題をなんにも解決していないどころか、自分を顧みてなにかを掴んだということも大してなさそうだった。ここまで八虎がからっぽのままうわべだけで物語が進んでいくことに怖くなる。

というわけでこの作品は、もし美術に少しでも興味がある人なら様々な知識を興味深く吸収できるので読んでみるといいと思うけれど、美術にあまり興味がないのであれば中途半端な人間ドラマが描かれているだけなので読まない方がいいと思う。

[参考]
https://
afternoon.kodansha.co.jp/c/
blueperiod.html

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