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僕といっしょ

古谷実 (講談社 ヤンマガKC)

傑作(30点)
2023年7月20日
ひっちぃ

母親が死んで再婚相手の義父から露骨に疎まれていた先坂すぐ夫といく夫の兄弟は、まだ中学生と小学生にも関わらず家を出る。地方から上野へ出てきた兄弟は、そこでイトキンという詐欺や窃盗で生計を立てている同年代の男と出会い、一緒にその日暮らしを始める。ギャグマンガ「行け!稲中卓球部」を大ヒットさせた古谷実が、ギリギリのところで生きている子供たちをおもしろおかしく描きながら、生きることについて考えさせるようなテーマを放り込んでいる怪作。

仲の良い同僚と仕事の合間にTeamsでチャットをしていたとき、VTuberの兎田ぺこらが最近頭を使うゲームをやりたがっているけど原付免許の試験に2回も落ちているっていう話をしたら、その同僚がこの作品について触れてきた。こんなん落ちるのは「チンパン」っしょ、と頭の悪そうな暴走族風の男が言っているシーンを思い出したと言うので、懐かしくなって読み返してみた。おもしろかった。

行き場のない兄弟が怪しい男イトキンと出会い、どうしようもないダメ人間っぷりに笑わされながら、これからどうやって生きていくんだろうと展開が気になる。いいところの家庭で育った長身イケメンのカズくんも加わり、盗んだ携帯電話で出張ホストを始めるが…。

兄弟の弟のいく夫はまだまともで、カズくんから勉強を教わったりするのだけど、兄のすぐ夫は野球が全然できないのに将来プロ野球選手になれると思い込んでいたり、弟にいいところを見せたいといつも虚勢を張っている。

イトキンは施設から脱走した孤児で、シンナーはやめたけどタバコを吸っていて平気で人からものを盗むし腕や背中に入れ墨が入っている。作者はこいつをどうしようもない男だと描いてはいるけれど、断罪するつもりも憐れむつもりもないみたいで、ありのままにおもしろおかしく描いている。

カズくんは進学校に通っていた裕福な家庭の子供なのだけどワケアリで家出している。すぐ夫やイトキンはこいつなんてすぐに家に帰ると思って最初はバカにしていたのだけど、こいつにはこいつでなにかあって家にはまったく帰らない。理由は結局明かされなかった。

カズくんはそのうち商店街の書店の家に引き取られて住み込みで働きだし、いく夫はなんだかんだで小学校に通わせてもらえるようになるのだけど、すぐ夫とイトキンは社会復帰するチャンスがあるのに頑なに学ばないし働かない。ダメ人間はとことんダメ人間として描いている。そんな二人でも、吉田のおやじに迷惑を掛けていることは一応気にしている。

他にも大学受験に八浪している男とか、いじめられっ子だけど性格も悪い男の子、家庭内で一人だけ人間扱いされていなくて妹にドスケベなことをしている男とか、どうしようもない人間がたくさん出てきて笑わせてくれる。逆に言えばそういう人間にも居場所があってなんだかんだで暮らしている。

女の子も出てくる。河原でホームレスやっていた兄弟たちのことを車窓から眺めていた女子高生の吉田あや子は、母親を失くして床屋をやっている父親と二人で暮らしており普段は普通に高校生活を送っているのだけど、人生ってなんだろうという疑問を抱いていて兄弟たちに投げかける。

野球バカの小川ユキはそば屋の娘で兄の協力を受けながら毎日野球の特訓をしている。プロ野球選手になると言っているすぐ夫となんだかんだで仲良くなる。すぐ夫からいきなり抱かせろと言われて戸惑うものの、自分もいままで抱いてきた恋愛というものを感じてみたいと思って交換条件を申し出る。

古谷実の作品に出てくる女の子って、男子をバカにしてはいるけれど自分も大した存在ではないと思っていて、なんだかんだで一緒にのってくれて、なにげにかわいいという、中高生男子が理想として思い描く女子像を体現していると思う。現実の女の子はこんな気味の悪い男の子とは極力関わろうとしないだろうな。

割と唐突に作品が終わる。まあ一通りハッピーエンドになりそうな可能性を潰して見せているので、他に終わらせようがないと思うんだけど、最初に読んだときはなにか物足りなさが残った。でも、すごい作品を読んだという実感があった。

古谷実の作品は「行け!稲中卓球部」のひたすら能天気な感じからこの「僕といっしょ」を経て大きく転換し、エンターテイメント性をたもちながら文学的になっていくのだけど、まだまだこの作品は他人事のように笑える。社会問題について考えさせられたけど、自分の問題ではないのでそこまで迫ってはこなかった。

これいまの時代だったら世に出せたんだろうか。それぐらいやばいライン越えの作品なので、最近のギャグマンガにはない刺激が欲しかったら読んでみるといいと思う。

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