ノンフィクション
政治・経済
生を踏んで恐れず 高橋是清の生涯
津本陽 (幻冬舎文庫)
傑作(30点)
2010年4月21日
下級武士の養子という出自から、明治維新前後の動乱の時代に様々な奉公やアメリカ留学を経て、日本の金融界を中心に縦横無尽に活躍してついには総理大臣にまでなった高橋是清の生涯を、この人の残した自伝を中心に参考としてまとめた読み物・評伝。
作者は直木賞作家の津本陽という人。知り合いがこの本を勧めるので読んでみた。絶版になっていてAmazonで中古が二千円ぐらいになっているらしいけど、図書館にあったので普通に借りることができた。
すごく淡々と出来事を追っていて、そっけなくはあったけど余計な脚色がなくて読みやすかった。巻末に参考文献としてたった六冊挙げられていて、うち二冊が自伝、一冊は部下による回想録(?)、二冊は金融史の資料、一冊が他人のまとめた評伝だった。私はこれらの本のどれも手にとったことがないので分からないけれど、少なくとも細かい資料をほじくりだして書き上げた労作ではなく、読み物として贅肉をそぎ落としてまとめられた作品のようだった。
どのへんが面白いのかというと、是清が色んな人脈を得て色んな職について活躍するところ。維新後の日本にやってきたお雇い外国人や外国の銀行なんかの出先機関の人間の下で働いたり、一緒に留学したり勉強した知り合いの縁があったり、留学で得た語学力を買われて学校の先生になりその教え子のもとで後日働くことになったりする。この人は基本的には金融界の人で、特に一番の功績は日露戦争に必要な戦費を調達するために外債を欧米で立てたことで、そのときの活躍が本書で一番の盛り上がりを見せているように思う。大蔵省や日本銀行や横浜正金銀行と組織を行ったり来たりしながら活躍した。学校の再興や、ペルーの鉱山や移民なんていう突飛な事業にも関わったりしている。
いまの閉塞した日本と比べると、大変な時代だったのだろうけど、夢があっていいなあと思う。勉強すればするだけ見返りがあったり、活躍の場所が与えられたりする。いまは大学院を出たポスドクの人たちがアルバイト同然の低い給料で働くしかないなんてことがあって夢のない時代だ。もっともあの時代は、たまたま開明的な藩の武士階級に属していて本当に頭の良い一部の秀才だけが機会をものにしたわけで、そう考えると努力次第でなんとかなる今の時代の方がまだ公平かもしれない。
是清の仕事での活躍の仕方というのは、自分が所属した組織での仕事のやりかたを調べて無駄を見つけ、それを各方面の関係者にあたって利害調整しながら効率の良いやりかたに変えていくというもの。現代にも通じるビジネスといった感じ。相手にちゃんと説明して納得してもらうというのはビジネスの基本なのだなと改めて思った。海外の銀行家や資産化が割とすんなり是清の説明に納得したり、是清のほうも何かやる前にいちいち彼らに事前に相談したりして、問題が起こりにくいよう最大限の配慮をしている。
一方で、なんだか戦国時代の豊臣秀吉の立志伝を読んでいるようだった。もっとも、是清の場合は秀吉のようにまっすぐに出世したわけではなく、時々失敗したり徒労に終わったり不本意な異動を命ぜられたりする。ちょっとめまぐるしい上に記述がそっけないので流れが感覚的につかみにくかった箇所がいくつかあった。少年時代に騙されて奴隷として売られたというエピソードは、こうして一文にまとめると大層なことのように思えるのだけど、実際の描写を読むと本人も回りもはっきりした意識を持っていなかったように取れる。このへんちょっと微妙でもやもやした。
本書で出てきたユダヤ人銀行家シフについて前に本を読んだことがあるのだけど、シフが口火を切って日本の債券を引き受けたかのごとく書かれていたからてっきりそうなのだと思ったら、本書ではその前にすでにイギリスの銀行家たちによるシンジケートのほうが先に五百万ポンドの債券の引き受けをほぼ決めていたとあった。どちらが正しいのか分からないけれど、なんにせよシフがアメリカでの起債に大きく貢献したのは確かなようだった。
債券を発行するということは借金をするということになるわけで、利息をつけて日本が彼らに金を返していかなければならないわけだけど、彼らを利害関係者として巻き込むことで間接的に戦争に協力させたのは大きかった。アメリカがロシアと日本の仲裁に入ったのもアメリカの国益のためだった。その後、是清はアメリカの鉄道王ハリマンら産業界の人々と人脈を築いたとあり、本書ではここまでで物語が終わっているのだけど、その後の歴史で日本は満州鉄道を独力で経営することにこだわってアメリカと利害が対立してしまい、第二次世界大戦につながってしまう。
ふと思ったのだけど、現代日本の竹中平蔵が日本の年金資金の運営をアメリカなどの投資顧問会社に開放したのも、利害の共有という意味ではプラスになったのかもしれない。もっとも、そうして運用を任された資金は運用成績こそ良いのかもしれないけれど、日本に投資される資金が減ることで日本経済を停滞させる方向に向かってしまう。それに、債券と違って日本がどうなろうと彼らが損をするわけではないので、ほとんど利害の共有にならないと思う。それどころか日本はアメリカの国債を大量保有しているので、逆に日本はアメリカを破産させないように努力しなければならない。それだったら借金していたほうがまだ良かったというw
当時の日本の債券の説明に際して、発行価額が何ポンドで何分利付、たとえば90ポンドで五分利付というと、起債時に90ポンドで売り出されて償還時に100ポンド払われ年利が5%つく割引債ということなのだろうか。起債ごとにこういう詳細を書く割に説明が少ないのが少し気になった。
私はこの本、結構面白く読めたのだけど、冒険活劇ではなく斬った張ったもないし、読みようによっては地味な仕事の話なので、楽しめない人もたぶんいると思う。それから、登場人物が活き活きと動くような小説とは異なり、分かりやすく台詞がまとめてある以外はなにをどうしたという行動の羅列が中心なので、話に感情移入して楽しみたい人にも向いていないと思う。でも、ノンフィクションが好きな人ならこのスタイルは歓迎のはず。もうちょっと細かいディテールが欲しいと思う人もいそうだけど、まったくダラダラしないし起伏に富んでいるのでどこを読んでも退屈せず面白く読めるのが良かった。
作者は直木賞作家の津本陽という人。知り合いがこの本を勧めるので読んでみた。絶版になっていてAmazonで中古が二千円ぐらいになっているらしいけど、図書館にあったので普通に借りることができた。
すごく淡々と出来事を追っていて、そっけなくはあったけど余計な脚色がなくて読みやすかった。巻末に参考文献としてたった六冊挙げられていて、うち二冊が自伝、一冊は部下による回想録(?)、二冊は金融史の資料、一冊が他人のまとめた評伝だった。私はこれらの本のどれも手にとったことがないので分からないけれど、少なくとも細かい資料をほじくりだして書き上げた労作ではなく、読み物として贅肉をそぎ落としてまとめられた作品のようだった。
どのへんが面白いのかというと、是清が色んな人脈を得て色んな職について活躍するところ。維新後の日本にやってきたお雇い外国人や外国の銀行なんかの出先機関の人間の下で働いたり、一緒に留学したり勉強した知り合いの縁があったり、留学で得た語学力を買われて学校の先生になりその教え子のもとで後日働くことになったりする。この人は基本的には金融界の人で、特に一番の功績は日露戦争に必要な戦費を調達するために外債を欧米で立てたことで、そのときの活躍が本書で一番の盛り上がりを見せているように思う。大蔵省や日本銀行や横浜正金銀行と組織を行ったり来たりしながら活躍した。学校の再興や、ペルーの鉱山や移民なんていう突飛な事業にも関わったりしている。
いまの閉塞した日本と比べると、大変な時代だったのだろうけど、夢があっていいなあと思う。勉強すればするだけ見返りがあったり、活躍の場所が与えられたりする。いまは大学院を出たポスドクの人たちがアルバイト同然の低い給料で働くしかないなんてことがあって夢のない時代だ。もっともあの時代は、たまたま開明的な藩の武士階級に属していて本当に頭の良い一部の秀才だけが機会をものにしたわけで、そう考えると努力次第でなんとかなる今の時代の方がまだ公平かもしれない。
是清の仕事での活躍の仕方というのは、自分が所属した組織での仕事のやりかたを調べて無駄を見つけ、それを各方面の関係者にあたって利害調整しながら効率の良いやりかたに変えていくというもの。現代にも通じるビジネスといった感じ。相手にちゃんと説明して納得してもらうというのはビジネスの基本なのだなと改めて思った。海外の銀行家や資産化が割とすんなり是清の説明に納得したり、是清のほうも何かやる前にいちいち彼らに事前に相談したりして、問題が起こりにくいよう最大限の配慮をしている。
一方で、なんだか戦国時代の豊臣秀吉の立志伝を読んでいるようだった。もっとも、是清の場合は秀吉のようにまっすぐに出世したわけではなく、時々失敗したり徒労に終わったり不本意な異動を命ぜられたりする。ちょっとめまぐるしい上に記述がそっけないので流れが感覚的につかみにくかった箇所がいくつかあった。少年時代に騙されて奴隷として売られたというエピソードは、こうして一文にまとめると大層なことのように思えるのだけど、実際の描写を読むと本人も回りもはっきりした意識を持っていなかったように取れる。このへんちょっと微妙でもやもやした。
本書で出てきたユダヤ人銀行家シフについて前に本を読んだことがあるのだけど、シフが口火を切って日本の債券を引き受けたかのごとく書かれていたからてっきりそうなのだと思ったら、本書ではその前にすでにイギリスの銀行家たちによるシンジケートのほうが先に五百万ポンドの債券の引き受けをほぼ決めていたとあった。どちらが正しいのか分からないけれど、なんにせよシフがアメリカでの起債に大きく貢献したのは確かなようだった。
債券を発行するということは借金をするということになるわけで、利息をつけて日本が彼らに金を返していかなければならないわけだけど、彼らを利害関係者として巻き込むことで間接的に戦争に協力させたのは大きかった。アメリカがロシアと日本の仲裁に入ったのもアメリカの国益のためだった。その後、是清はアメリカの鉄道王ハリマンら産業界の人々と人脈を築いたとあり、本書ではここまでで物語が終わっているのだけど、その後の歴史で日本は満州鉄道を独力で経営することにこだわってアメリカと利害が対立してしまい、第二次世界大戦につながってしまう。
ふと思ったのだけど、現代日本の竹中平蔵が日本の年金資金の運営をアメリカなどの投資顧問会社に開放したのも、利害の共有という意味ではプラスになったのかもしれない。もっとも、そうして運用を任された資金は運用成績こそ良いのかもしれないけれど、日本に投資される資金が減ることで日本経済を停滞させる方向に向かってしまう。それに、債券と違って日本がどうなろうと彼らが損をするわけではないので、ほとんど利害の共有にならないと思う。それどころか日本はアメリカの国債を大量保有しているので、逆に日本はアメリカを破産させないように努力しなければならない。それだったら借金していたほうがまだ良かったというw
当時の日本の債券の説明に際して、発行価額が何ポンドで何分利付、たとえば90ポンドで五分利付というと、起債時に90ポンドで売り出されて償還時に100ポンド払われ年利が5%つく割引債ということなのだろうか。起債ごとにこういう詳細を書く割に説明が少ないのが少し気になった。
私はこの本、結構面白く読めたのだけど、冒険活劇ではなく斬った張ったもないし、読みようによっては地味な仕事の話なので、楽しめない人もたぶんいると思う。それから、登場人物が活き活きと動くような小説とは異なり、分かりやすく台詞がまとめてある以外はなにをどうしたという行動の羅列が中心なので、話に感情移入して楽しみたい人にも向いていないと思う。でも、ノンフィクションが好きな人ならこのスタイルは歓迎のはず。もうちょっと細かいディテールが欲しいと思う人もいそうだけど、まったくダラダラしないし起伏に富んでいるのでどこを読んでも退屈せず面白く読めるのが良かった。