ノンフィクション
随筆・日記
われ笑う、ゆえにわれあり
土屋賢二 (文春文庫)
最高(50点)
2011年5月8日
ダメ人間が屁理屈をこねるお笑い小品集。作者は元お茶の水女子大学教授の土屋賢二で、本書は処女作品。哲学の先生が哲学を使って全力でボケ倒す。
新潮が戦う哲学者の中島義道を擁するなら、文春には笑う哲学者の土屋賢二がいる。新潮対文春の出版社同士の戦いはこんなところにも火花を散らせていたのだった。中島義道は著書で露骨に土屋賢二の文章のどこが面白いのかさっぱり分からないと言っていてウケた。
土屋賢二はいまも週刊文春に連載エッセイを書いていて、芸風はずっと変わっていない。処女作品の本書を読んでも最初からまったくブレていないことが分かった。その芸風とは、一言で言えばダメ人間なのだけど、いくつかのジャンルがある。
・恐妻家
・助手との論戦(低次元)
・屁理屈な論考
・へたくそなアマチュアピアニスト
・ダメ教祖(ツチヤ師)
ちょっと前書きから引用するとこんな感じ。
*
事前に何人かの人に読んでもらったところ、「面白くない」と言う者と、「つまらない」と言う者とに意見が分かれた。(引用註:パターン1)
本書は、笑っていただくことを目的にしている。もちろん笑いの中から哲学的洞察や金もうけの方法などを読み取っていただくのは大歓迎である。読み取れた場合にはわたしに教えてもらえば幸いである。(引用註:パターン2)
ただ売れるだけの本を目指すならことはきわめて簡単である(一冊ごとに一万円札をはさんでおくなど)が、わたしは妥協しなかった。(引用註:パターン3)
*
抜き出してしまうと寒くなってしまうのだけど、こういう調子で延々と続くので時々笑えてくる。パターン1は結局どっちも同じだろ!というのを論理学的にごまかそうとして失敗した体で書いていて、パターン2はどさくさにまぎれて調子のいい文句を入れ、パターン3は当たり前だろ!と突っ込みたくなる身も蓋もない事実で笑いを取ろうとしている。ってこういう解説しちゃダメか。
こういう小ボケのほかに、世の中に鋭く突っ込みながらも笑いを取るという高度なネタがある。「人気教授になる方法」なんていうのがそうなのだけど、表紙でも取り上げられているようにやはり女性の調子の良さについて茶化した文章が一番面白い。2ちゃんねるで最近よく見かける、イケメンとブサメンが同じ行動をしてもまったく違ったように解釈される一覧表(「決断力がある」⇔「軽率な」など)が、1994年に出版された本書で既に書かれている。表現と実際の意味の一覧表(「心が広い」⇒「好き放題やっても許してくれる」など)もある。こういうことを普通に書くと攻撃的でひがみっぽい文章になるのだけど、作者は自分もお調子者を装って書いているので笑い飛ばせる。
巻末の解説を、90年代の人気テレビドラマ「東京ラブストーリー」などの原作者である漫画家の柴門ふみが書いている。というのも柴門ふみは当時お茶の水女子大の哲学科の学生で、作者のゼミには入っていなかったそうだけどたびたび作者の家に友達と一緒に遊びに行っていたらしい。そして柴門ふみは作者のデビューにも関わっている。作者は書き溜めた文章を出版しようとして自分で持ち込んだもののうまくいかなかったので、柴門ふみに頼んで相性の良さそうな編集者を紹介してもらったのだそうだ。
作者はアメリカ大使館の晩餐会に招かれたこともあるそうだ。こういう論理的な笑いというのはむしろ日本人よりも欧米人にウケがいいんだろうなと思った。
本書やこの作者の著作は、内容としてみればごく当たり前のことが書かれているだけなので、人によってはまったく笑えないと思う。でも普通の人なら程度の差こそあれ、なにかしら笑えるんじゃないかと思う。私はこの人の文章をだいぶ読み飽きたので本書を読んでもいまさら感を感じることのほうが多かったけれども、それでも助手との対話なんかは声に出して笑った。まだ読んだことのない人にはきっともっと笑えると思う。
新潮が戦う哲学者の中島義道を擁するなら、文春には笑う哲学者の土屋賢二がいる。新潮対文春の出版社同士の戦いはこんなところにも火花を散らせていたのだった。中島義道は著書で露骨に土屋賢二の文章のどこが面白いのかさっぱり分からないと言っていてウケた。
土屋賢二はいまも週刊文春に連載エッセイを書いていて、芸風はずっと変わっていない。処女作品の本書を読んでも最初からまったくブレていないことが分かった。その芸風とは、一言で言えばダメ人間なのだけど、いくつかのジャンルがある。
・恐妻家
・助手との論戦(低次元)
・屁理屈な論考
・へたくそなアマチュアピアニスト
・ダメ教祖(ツチヤ師)
ちょっと前書きから引用するとこんな感じ。
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事前に何人かの人に読んでもらったところ、「面白くない」と言う者と、「つまらない」と言う者とに意見が分かれた。(引用註:パターン1)
本書は、笑っていただくことを目的にしている。もちろん笑いの中から哲学的洞察や金もうけの方法などを読み取っていただくのは大歓迎である。読み取れた場合にはわたしに教えてもらえば幸いである。(引用註:パターン2)
ただ売れるだけの本を目指すならことはきわめて簡単である(一冊ごとに一万円札をはさんでおくなど)が、わたしは妥協しなかった。(引用註:パターン3)
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抜き出してしまうと寒くなってしまうのだけど、こういう調子で延々と続くので時々笑えてくる。パターン1は結局どっちも同じだろ!というのを論理学的にごまかそうとして失敗した体で書いていて、パターン2はどさくさにまぎれて調子のいい文句を入れ、パターン3は当たり前だろ!と突っ込みたくなる身も蓋もない事実で笑いを取ろうとしている。ってこういう解説しちゃダメか。
こういう小ボケのほかに、世の中に鋭く突っ込みながらも笑いを取るという高度なネタがある。「人気教授になる方法」なんていうのがそうなのだけど、表紙でも取り上げられているようにやはり女性の調子の良さについて茶化した文章が一番面白い。2ちゃんねるで最近よく見かける、イケメンとブサメンが同じ行動をしてもまったく違ったように解釈される一覧表(「決断力がある」⇔「軽率な」など)が、1994年に出版された本書で既に書かれている。表現と実際の意味の一覧表(「心が広い」⇒「好き放題やっても許してくれる」など)もある。こういうことを普通に書くと攻撃的でひがみっぽい文章になるのだけど、作者は自分もお調子者を装って書いているので笑い飛ばせる。
巻末の解説を、90年代の人気テレビドラマ「東京ラブストーリー」などの原作者である漫画家の柴門ふみが書いている。というのも柴門ふみは当時お茶の水女子大の哲学科の学生で、作者のゼミには入っていなかったそうだけどたびたび作者の家に友達と一緒に遊びに行っていたらしい。そして柴門ふみは作者のデビューにも関わっている。作者は書き溜めた文章を出版しようとして自分で持ち込んだもののうまくいかなかったので、柴門ふみに頼んで相性の良さそうな編集者を紹介してもらったのだそうだ。
作者はアメリカ大使館の晩餐会に招かれたこともあるそうだ。こういう論理的な笑いというのはむしろ日本人よりも欧米人にウケがいいんだろうなと思った。
本書やこの作者の著作は、内容としてみればごく当たり前のことが書かれているだけなので、人によってはまったく笑えないと思う。でも普通の人なら程度の差こそあれ、なにかしら笑えるんじゃないかと思う。私はこの人の文章をだいぶ読み飽きたので本書を読んでもいまさら感を感じることのほうが多かったけれども、それでも助手との対話なんかは声に出して笑った。まだ読んだことのない人にはきっともっと笑えると思う。