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失踪日記

吾妻ひでお (イースト・プレス)

傑作(30点)
2006年8月14日
ひっちぃ

カルトな人気のある漫画家・吾妻ひでおが、突如家庭や仕事を放り出してホームレスな生活を送ったときのことをあっけらかんと書いたマンガ作品。雑木林で古い毛布にくるまってゴミをあさったり、ふとしたことで働き口を得て配管工になったり、飲みすぎでアル中になって入院する話に展開する。

大きな賞をいくつも受賞した有名な作品なので前から読んで見ようとは思っていたが、なんだか内容が想像できるような気がして手が伸びなかった。その判断はある程度当たってはいたが、やはり面白い。ホームレスな生活が意外にやれるということについては、テレビのドキュメンタリーや他のマンガ作品なんかで既に見ていたのでそんなに意外性は無かった。

この作品が特に素晴らしいところは、作者がちゃんと別ルートで社会復帰してしまい、そこでの生活も描いていることだと思う。こんな生活も出来るもんなのだと勇気が沸いてくる。まあでもそれなりの大学を出てそれなりの会社で働いているサラリーマンには、仕事内容はいいとしても同僚との付き合いで苦労するだろうなと思った。割とこだわりのない作者でさえ、底意地の悪い柳井さん(仮名)としばらく平穏に付き合ったのちに、最後はキレて会社をやめている。

私のような、臨海副都心の超高層ビルに通う、立場は低いながらもホワイトカラーの人間からすれば、こういう世界とつながるのは免許の更新のときとか、ふとしたことで地方の拠点を巡ったりするときぐらいで、そのときに垣間見る世界がこんな形で語られるというのはある意味とてもファンタジーである。いままで何人も辞めていったが、そのうちの幾人かは高い場所へ、一部はこういうところへと流れていったのだと思うと、そんなもんなんだと色々ないまぜになった感情を抱く。

非常に淡々とした作品だが、描かれる内容が内容なので余計な演出にわずらわされなくてよい。この作品をあんまり分析とかしたいと思わないので私はただ読んだだけなのだが、分析してみたら円熟した造りをしていることが分かるのだと思う。何より作者自身の性格が丸くて、精神的に不安定なところも丸ごと描いてしまっているところに尊敬を覚える。

この作品は、失踪というとんでもないことをあけすけに語った作品としての価値もそこそこながら、むしろちょっと変わった身辺録とかエッセイとして非常に優れた作品だと思う。刺激が欲しい若者よりも、大人が読んで楽しむ作品だ。誰彼構わず勧めたいというものではない。

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