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瘋癲老人日記

谷崎潤一郎 (新潮社版)

まあまあ(10点)
2007年6月13日
ひっちぃ

昭和半ばに上流階級の家の隠居として病を抱えて余生を送る主人公の老人・督助が、長男の嫁でありダンサー出身で学はないが美人で頭も回る颯子に対して性的な欲望を抱き、自らは既に歳で不能となっていながらあの手この手で倒錯的になりながら欲望を満たしていく様子を日記による独白という形で描いた小説。

作者は教科書の文学史にも出てくる文豪・谷崎潤一郎。「細雪」など日本の文学史に残るほどの作品を書いた大作家が、「鍵」と並んで変態的な性描写を描いて本邦初のフェティシズム小説と言われているのがこの作品である。

私はこれまでに何べんかこの作品についての評判を聞いていたのでいずれ読んでみたいと心に留め置いていた。私の中でこの作品は「足フェチ」の話なのだとばかり思っていた。しかし実際に読んでみるとこれはむしろ軽いマゾヒストの話なんじゃないかと思う。むしろ「鍵」のほうが四肢とくに足への異常な興味を描いていたと思う。

この作品の中で一番のポイントはというと、上流階級の一家の中に一人異質な嫁がいて、育ちの良い子供たちを差し置いて老人がこの嫁を溺愛する点にある。当時のダンサーと言えば今なら多分キャバクラ嬢くらいのものだと思う。彼女を嫁に迎えた長男は一家に対して心苦しいものがあっただろうし、だが彼女に肩身の狭い思いをさせるつもりはなかったため、次第に彼女は一家の中で立場を高めていき、しまいには姑と優勢にやりあうまでに至る。

一家の当主である主人公の老人・督助は、若い頃よく遊んでいたせいかどうか知らないが、一流の教養人でありながら颯子に惹かれる。一家で一番の権力を持っているのに、颯子に対してひたすら下手に出てあれこれしてもらう。颯子も心得たもので時に拒絶したり高価なものを買わせたりしながらこの老人の頼みを少しずつ聞いてやる。

要はこの作品は、魅力的で奔放な悪女を不能の男の視点からあがめて描かれたものだ。いまどきの言い方で言えば、ツンツン小説になるのだろうか。主人公の老人のメンタリティは今のオタクに近いものがあるような気がする。というかぶっちゃけ私もこの老人の気持ちがすごくよく分かる。職場で派手めな派遣の女性と仲良くなって、貧乏揺すりしてたらしまいに足を蹴られて逆に嬉しかったりとか。

この作品のほとんどは老人の日記から成り立っている。老人が自らの欲望を満たすために、周りから見てあまり不自然でないよう色々と取り繕うのだが、最後の最後で熱意のあまり時間の経過を忘れてしまう。そこでちょうど日記が途絶え、そこから別の人の視点で物語が語られるのだが、その視点の切り替えが実に見事で、常人と変態とが紙一重であるかのごとき演出がなされている。

精神分析学的には、異常性欲とは不能の性から来ている。異常性欲とはまず幼少の頃に形作られるものとされるが、逆に性的な能力の衰えた老人になってから芽が出てくる場合もあるんだろうなあと思わされる。

こんな作品が昭和36年に大文豪・谷崎潤一郎によって書かれたことに驚き、そして楽しんだが、やはりいくつか難がある。カタカナと漢字ばかりで読みにくい。内容が冗長でつまらない部分が多い。ただ、地道な描写を重ねることでこの作品独特の雰囲気や味があるのかもしれないので断じがたい。

たとえば、一家でどこぞの料亭で食事をするシーン。婆さんは魚を猫のようにきれいに平らげる。子供たちは老人のためにわざと通好みの部位を残して譲る。颯子は育ちが悪いので魚を汚らしく食べる。こういう魚の食べ方だけで一家の人々の性格が浮き彫りになっている。とても素晴らしい。

つまりこういう細かいところもじっくり読んでいけるような小説好きには勧められるが、何かはっきりした展開とかがないと面白くないと思うような人は手を出さないほうがいいと思う。正直私にとっても微妙だった。読んでよかったとは思うけれど。

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