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陰日向に咲く

劇団ひとり (幻冬舎文庫)

傑作(30点)
2009年5月20日
ひっちぃ

冴えない主人公五人の物語を描いた連作短編。お笑い芸人の劇団ひとりが書いて百万部以上売れた。

少し前に、芸人が書いた本が色々話題になったことがあったが、この作品はそんなプチブームの最初の本だと思う。自伝的小説ではなく完全な作り話。爆笑問題の太田光がこの作品のことをすごく評価していて、この作品が文壇で評価されないなら今の文壇はおかしい、とまで言っていたので、よっぽどすごい作品なのかなと思って読んでみたら、普通の良作だったので少し肩透かしだったけど面白かった。

最初の短編は普通のサラリーマンがニセホームレスになり、ホームレス仲間のとある男に訪れるドラマを見届ける話。ホームレスにやつす体験の描写とか、彼らの中に巻き起こるしょうもない争いなんかが普通に読ませる。感動話かと思ったらオチがつく。

次はマイナーなアイドルを追いかけて応援している男の一方的な愛情と、彼女が売れるよう仕掛ける話。この男のどこかズレた気配りと必死な部分の内面描写が結構面白かった。この男がそのアイドルを追いかけるようになったきっかけの部分が最後に倒置で描かれているのがとても憎い。短編の中で私はこの話が一番好き。

思いつきで生きている二十歳のフリーターの女性が主人公の「ピンボケな私」は、飲み会で気に入った男にアプローチするが、結局そいつはろくでもない男で、遊ばれるだけで終わるのだが、最後にちょっとした叙述トリックが明かされて、というかその段階に来る前に分かることだけど、みんなみんな似たようなもんだというどうしようもない話。全体的にユルい話だけど、この風刺は結構辛辣でよかった。

ギャンブル狂いの男が、借金にまみれていって、ついにはオレオレ詐欺をやる話。借金を重ねた挙句慣れない犯罪に手を出すさまがとにかく喜劇なのだが、そのあと意外な展開で感動話に持っていく。正直意外性は無かったけどそれでもちょっと泣けた。

最後の短編は、一人の少女の生い立ちから入るが、その少女が出会った運命の人こと売れないピン芸人が主人公の話。そのピン芸人のしょうもなさや、そんな彼があこがれるアート気取りのストリッパーの女性の風変わりなパフォーマンスが笑うとこなのだが、ピン芸人のことを運命の人と思って必死で努力する少女と、彼らの悲しきすれ違いが描かれる。ラストがいまいちだったけど良かった。

五本の短編は登場人物が一部重なっていて、別の話の主人公が脇役としてちょこっと出てきたりする。オムニバス形式の短編集にすごくありがちなのであざとさを感じたけれど、彼らの視点がそれぞれ違っていて、その勘違い振りが面白かった。最初の短編で気が狂ったようにゴミ箱の中の弁当を漁っていた若い男が、実は二番目の短編の主人公で単にアイドルに貢ぐために食費をケチっているだけだったりとか。

読みやすいし先が気になるほど読ませるしオチもうまい。私がこれまでに読んできたあまり多くない短編集の中ではかなり質の高い作品だと思う。最後の短編の結末がいまいちだったので残念ながら読後感が最高とは言えないのだけど、芸人の処女小説というレベルを遥かに超え、また作品を読んでみたい作家の一人になった。さすがに新刊を待つというほどではないのだけど。

最後気になったのは、アメリカ兵を殴ったじいさんは結局誰と結婚したのか、など登場人物の関連付けとエピソードが意味ありげなまま放置されている点があるように思った。あまり深く考えてはいけなかったのか。

作者の劇団ひとりは週刊文春にエッセイを連載していて、主に自分の少年時代のこととか、大人になってからのしょうもない自分ルールとか性癖なんかをあけすけに語っていて、毎週それなりに楽しみに読んでいる。特に「自分マイレージ」はウケた。良いことをすると自己申告でマイレージをためていき、それがある程度たまったら自分にご褒美をするというだけのことなのだが、劇団ひとりの筆致に掛かるとそれがいかにもおおげさで馬鹿馬鹿しくて笑えてくる。一方で、ちょっとマンネリでセコさが強調されすぎていて、先がある程度見えているような感じもする。

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