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けんぷファー

築地俊彦 (メディアファクトリー MF文庫J)

まあまあ(10点)
2012年10月13日
ひっちぃ

平凡な男子高校生だったはずの瀬能ナツルは、ある朝とつぜん女の体になり、訳の分からぬまま見知らぬ女から襲撃を受ける。それは何か得たいの知れない大きな存在同士の代理戦争であり、そのプレイヤーとして選ばれた彼は、戦闘モードとして女に変身して超人的な力を発揮する能力を得て、敵と戦わなければならないのだった。敵だけでなく味方も現れ、いつ敵が襲ってくるか分からないため女としても学園に在籍するようになり、様々な交友関係や恋愛関係が生まれるなか、依然として意味が分からないまま戦い続ける。ライトノベル。

男が女に変身できるというおいしい設定のもとで、出てくる女の子たちがみんな主人公を好きになるいわゆるハーレムものであり、女の子同士が戦うというキャットファイトものでもあるという、なにからなにまで出来すぎたオタアニメだったので楽しみに見ていたのだけど、その出来すぎた感に見ていられなくなって視聴をやめたのがこのアニメ版だった。さては原作の方が面白いパターンかと思い(これ多いな自分)、例によって手を出してみた。

導入部の文章のうまさにいきなり驚かされる。モノローグが流暢で一人称の語り口に引き込まれる。しかしその後は逆に主人公の超鈍感な勘違いに辟易することの方が多くなる。なにせ女たちが本当に露骨に主人公に好意を伝えまくっているのに主人公はその行動を認識しながら好意にはまったく気づかないという。それと、主人公にも腹立たしくなる反面、もっとちゃんと伝えろよと女たちのほうにも軽くイラッとくる。

女は一人+三人+αに分けられる。まず主人公がひそかにずっと想いを寄せ続ける女が沙倉楓。学園の二大美女の一人で、誰とでも気さくに話す代わりに一定以上の距離には寄せ付けない。主人公も中学から一緒の中の良い友人として「いい人」枠で彼女の交友関係に入っているのだけど、恋愛関係になるには程遠い。

一方で三人の少女が主人公を想うようになる。一人目は図書委員の内気なメガネっ娘で、代理戦争での戦いの同志でもある。普段はおとなしいけれど、ひとたび変身すると性格が正反対になり、非常に怒りっぽくて常に銃の引き金に指を掛けていて簡単に撃ってしまう。二重人格のようなものだけど、変身後の人格だけ変身前の人格の記憶をうっすら持っている。キレっぷりが素晴らしく、文章が軽妙で読んでいて気持ちいい。

もう一人は主人公の幼馴染で、小さい頃から世界をまたに掛けて冒険を繰り広げてきた女版インディージョーンズのような少女。主人公のことは親しい友達のように想っていたが、あるとき恋心を意識してしまう。こちらは変身前後で人格は変わらないけれどもともと奔放な性格をしていて、両親不在の主人公の家にいつもズカズカ踏み込んでくる。

三人目が生徒会長の三郷雫で、モデルのような体型と美貌を誇る学園二大美女の一人でありながら、学校を治める大人たちとも対等以上に渡り合い、全幅の信頼を寄せられる実務家でもあるという超人キャラ。性格は淡白で計算高くて自信に満ち溢れているが、自分はたかが高校生であるという謙虚さを持つ。周りから距離を置かれて崇め奉られる中、気さくに話しかけてくる主人公に惚れて大胆な行動を取るようになる。

という三者三様の女の子に惚れられる主人公なのだが、他の作品と違うのは、主人公には別に好きな人がいてそれがまったく揺らがない点と、さらに主人公が女に変身できて男とはまったく異なる世界があり、主人公の好きな沙倉楓はそれと知らず女に変身している間の主人公にベタ惚れしてしまうこと。ごく親しい仲間を除いて主人公の女に変身できる能力は秘密になっており、男でいる間に女の方の自分のうわさを聞いたり、逆に女でいる間に男の方の自分のうわさを聞いたりする。男の自分の悪口を言われたり、女の自分がいつのまにか学園の新たな三大美女の一人として奉られたり怪しいうわさが広がっているのを聞かされたりする。

アニメ版だと主人公の声を井上麻理奈という女の声優がやっていたのでわかりにくかったのだけど、主人公は女に変身するとすごい美女になるにも関わらず、声だけは男のときのままなので、あまり大きな声を出してしまうと正体がバレてしまうから、仕方なく普段は声を落としてボソボソとしゃべらざるをえない。すると押しの強い周りの面々から勝手なことを言われるまま引きずられてそれに従わざるをえなくなり、あれやこれやとやらされてしまう。女のときのクラスには委員長さんたちという三人組の名物キャラがいて、金になりそうなことを目ざとく見つけて主人公を使ってことあるごとに商売をしようとする。

ところで舞台となっている学園は一応男女共学なのだけど、最初は女子高として作られてその後に男子部を作るにあたり、OBからのやっかみなどがあって建物が別々になっていて、おまけに男女がくっつかないよう大きな壁で仕切られている。そうはいってもおとなしく従う生徒たちではなく、あの手この手で男子部と女子部とを行き来するための手段を持っており、時々そのいくつかがつぶされたりもするけれど、男子部と女子部の面々が協力しあって常に新たな方法が開拓され続けているという。

とまあこうやって紹介する限りにおいては楽しい作品なわけだけど、ではまずなぜ自分がアニメ版を途中で見るのをやめたのかというと、途中まで敵として出てきていた万能超人の生徒会長・三郷雫が、よくわからないうちに主人公に惚れて、クールな態度のまま主人公にアプローチして主人公を戸惑わせるようになったから。視聴者である自分まで主人公のように戸惑ってしまった。その理由は原作では最後の方で明かされるわけだけど、一人称視点のせいかそれまでずっとモヤモヤしたままだった。原作小説ではアニメと比べて文章で状況説明がそれなりに行われているので多少分かるのだけど、アニメだとよく分からなかった。さらにこの生徒会長は物語のカギも握っていて、意味不明な代理戦争をどうにかしようとしていたのだけど、こっちのほうも終盤まで謎が明かされずにダラダラと続いていくので、どうにも物語が締まらずにイライラしてくる。

この作品、全部で文庫本15冊分もあるのに、展開の起伏に乏しい。それは戦いにおいても恋愛においてもそうで、段々と飽きてくる。それでも惰性で読み続けられる程度には面白かったので結局最後まで読んだ。すると少なくとも恋愛においてはいい決着の付き方をしたので最後まで読んで良かったと思った。主人公はちゃんと一人の女を選ぶ。その選択は意外ではあるけれど非常に納得のいくものだった。ハーレムものというと大抵は本命ヒロインとくっつくか、うやむやに終わるものが多いのだけど、この作品はそれとはまた異なるラストを、奇をてらわずに見せてくれる。

でもこの物語のストーリー上の芯となっている戦いにおいては消化不良のまま終わった感じがした。一応きっちり終わってると思うのだけど、えっ?これだけ?って思った。戦いの決着だけが楽しみになったらそっと本を閉じる方がいいと思う。

委員長さんたち三人組の軽妙な語り口は楽しかったのだけど、ライトノベルらしい端折った描写の仕方なせいか軽すぎていまいちな感じがした。読みやすいのはいいけれど、もっと丁寧に描いて欲しかったような。でもそれは作品の狙い上しょうがないところなんだろうなあ。読みやすいのがライトノベルのウリなのだから。ただ、それ以外の人物描写は濃くて、台詞回しがイキイキしていて、特にヒロインは三者三様に個性的で引き込まれた。図書委員の女の引っ込み思案だけどたまに一番の大胆さを発揮するところとか、幼馴染の奔放な少女が天然気味に主人公を振り回すところとか、生徒会長の女が恋愛モード中なのに持ち前の冷静さだけは自然に発揮してしまうところなど、人物の描写がとても素晴らしい。この人は普通の青春ものを描いた方がいいと思った。

そんなわけで、十分楽しい作品ではあるけれど、必読かと言われるとそこまでではないといった感じ。それに、登場人物はとても魅力的だったけれど、自分は特別な思い入れを抱くには至らなかった。なぜだろう。もしかしたら読む人によっては誰かしらキャラを気に入ることがあるかもしれない。でも原作小説もアニメもそれほど大きくヒットはしていないみたいなので、その可能性もあまり高くないような気がする。

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