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惡の華

押見修造 (講談社 講談社コミックス)

最高(50点)
2014年7月20日
ひっちぃ

父親の影響で読書が大好きだった春日少年は、なかでもボードレールの詩集「惡の華」を愛読しており、それが自らのアイデンティティになっていた。小心者なので、クラスの美人・佐伯さんのことを見つめることしか出来なかった少年だったが、誰もいない放課後の教室でロッカーから偶然落ちた佐伯さんの体操着を見て衝動的に盗んでしまう。それをクラスの危ない女子・仲村さんに見られてしまい、それ以来春日少年は彼女から欲望むき出しの脅迫をされ続ける日々を送ることになる。少年マンガ。

2013年にテレビアニメ化されたのを見て興味を引かれたものの、ロトスコープという実写をトレースする手法で作られていたため、ストーリーは気になったもののモヤモヤしていまいち入っていけなかった。コマーシャルでこの原作マンガの宣伝をしていて、仲村さんの絵がかわいかったので、原作のほうが魅力的なんじゃないかと思って読んでみたらぐいぐい読めてとても面白かった。

Wikipediaを見るとこの半実写でのアニメ化は長濱博史監督の発想によるもので、そのままアニメ化するのは原作の本質と違うからそうしたのだとインタビュー記事で語っているそうだ。その考え方は分からないことはないけれど、原作の絵の魅力が失われたのは痛すぎると思う。それに、本質うんぬんは視聴者が抜き出せばいいだけのことで、本質に関係なく楽しめる娯楽作品にするのが監督の仕事だと思う。まあ映像作品は監督の著作物なのだし、そうしたいと思って作られたものについてケチをつけるのはよくないんだろうけど。

単行本は全11巻あって、大きく前編と後編に分かれている。「文学が好きな自分ってかっこいい」と思っているような春日少年が、自分の中の醜い欲望と戦って抑え込もうとするものの、クラスの危ない女子・仲村さんにけしかけられて葛藤するうちに、それが周りへと影響していくのが前編なんじゃないだろうか。春日少年と仲村さんの行動はどんどん過激になっていって、それにほだされた佐伯さんにまで情熱の火が付き、ついには破綻してしまう。一方で後編はちょっと春日少年にとって都合の良すぎる話になっていて、読んでいて心地よいけれど単なるボーイミーツガールにしかなっていないと思う。

この作品がほかの作品と大きく違うのは、主人公がなんだかんだで普通の人には踏み出せない一歩を踏み出して青春の勝者(?)になってしまうことだと思う。その点が正直物足りなくて、たぶん自分はこの作品を読んであまり感動しなかったと思う。でも、こうあって欲しいと思うような展開が繰り広げられるので、最高の娯楽作品になっていると思う。

主人公の春日少年は、危ない女子・仲村さんにそそのかされて初めて一歩踏み出すという受け身の姿勢で動いていたのだけど、いざ佐伯さんとうまくいきだすと今度は危なっかしい仲村さんのことが気になって仕方がなくなり、かわいそうな魂を持つ仲村さんのことを救ってあげたくなる。そこからの春日少年の行動は狂気に満ちているけれどとても勇気がある。

危ない女子・仲村さんはもうほんとどうしようもない手遅れの人で、感情を取り繕ってすましている世の中のほとんどの人々のことを虫けらのごとく嫌っている。生い立ちとして両親が離婚しているらしいのできっとそのへんからこの性格が来ているのだろう。自分も彼女の気持ちが多少は分かるけれど、ここまで極端だと引いてしまう。

作者はこの作品をいま青春まっただ中の人および青春を遠い日のこととしているすべての人に捧げると言っている。じゃあこの作品をどういう風に捧げたいのだろう。春日少年のように醜い感情(?)を内に秘めてきた人に捧げるのならば、春日少年のように結果的に発散できた人の物語をどうやって受け入れればいいのだろう。仲村さんのような救われない魂を持った人をどう慰めようというのだろうか。また、佐伯さんのように自らを省みず無我夢中に振る舞った人を慰撫したいのだとしたら、悪く描きすぎじゃないだろうか。

改めて読み返してみると、佐伯さんが一番かわいそうでけなげで魅力的に思った。俗物なんだけど。自分だったら仲村さんよりも佐伯さんを選ぶだろうな。でも春日少年は、佐伯さんなら自分とじゃなくても幸せになれるけれど、仲村さんには自分しかいないと思って仲村さんを選んでしまう。後編で出てくる女の子の彼氏もまた佐伯さんみたいないわゆる俗物なのだけど、自分が歳をとったせいか彼らを見下すことができず、ちょっといとおしく思ってしまう。まあちょっとだけなんだけど。

祭りの日の最後に仲村さんがとった行動の裏には彼女のどんな気持ちがあったのだろう。それは彼女なりの気遣いとか絶望とかじゃなくて、自分の世界をはっきりさせておきたかったからじゃないかと思う。というのはあくまで自分の想像であって、作品中には明示されていない。仲村さんから見れば春日くんはやっぱり俗物だったのであり、自分の世界の外側の人間だったのだろう。

仲村さん自身についての描写は意外と少ない。最終話で補足的に描かれているのは、作者がこのままだとちょっと足りないんじゃないかと思ったんだろうか。でも彼女の物語があまり描かれていないのはたぶん良かったと思う。ただ、もし彼女の物語があるとしたら、彼女の狭くて閉じられた世界になんだかんだで強引に入ってこようとした春日くんという存在を見つめるような結末になりそうだし、そう思ってラストシーンを見てみるとそんな風に解釈できそうな気がする。

じゃあ春日少年の物語はどういうものなのだろうか。あこがれの存在だった佐伯さんとうまくいきそうだったのに踏み外した。仲村さんが春日くんに失望してひどく落胆しているのを見て、きっと春日くんは仲村さんのことが好きになったのだろう。春日くんはそれまで佐伯さんのうわべが好きだったけれど、仲村さんの本性に惹かれるようになり、一方で佐伯さんの生身には向き合えなかった。そして春日くんの恋心が仲村さんの狂気にあてられて暴走し、最後に裏切られる。そんな青春を描いた作品なんだろうか。

いやそこで終わりじゃない。後編で春日少年が絶望の底から這いあがる。最初は単なるボーイミーツガールで娯楽作品だと思ったけれど、悩みに悩んだ春日くんが最後に幸せになれるところまでが物語であり、この部分が作者の一番伝えたい部分なんじゃないかと思う。そうなると逆に前編なんて実は青春の失敗さえ描かれていればあとはどうでもよかったのかもしれない。ってそれは言い過ぎか。

やっぱり自分はこの作品を読んであまり感動しなかったと思う。こんなのはまったくの出来すぎた話で薄っぺらいとも思う。でも、春日くんが幸せになったことは嬉しかったし、最高に楽しめた作品だった。

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