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冴えない彼女の育てかた 7巻

丸戸史明 (KADOKAWA 富士見書房 富士見ファンタジア文庫)

傑作(30点)
2015年2月25日
ひっちぃ

アニメやゲームが大好きな高校生の安芸倫也は、仲間を集めて冬のコミックマーケットに合わせて同人ゲームを完成させようとしていたが、無理なスケジュールで幼馴染の絵描きの女の子が体を壊してしまう。彼の独断で完成を先延ばしにしたが、そのことが彼のサークルに新たな問題を起こしてしまう。ライトノベル。

6巻でひと段落かと思っていたらどうやらこの7巻で第一部完結ということなので読んでみた。怒涛の展開で一気に読み終えてしまった。

主人公の安芸倫也の無理をなんだかんだで聞き入れてきた「メインヒロイン」の加藤恵だったが、倫也が自分になんの相談もせずに独断でことを進めたことで静かに怒ったのが前巻の最後の引きだった。なぜ彼女は怒ったのか?そして体を壊した英梨々は、倫也にやさしくされたことで彼に寄り添うようになるが、逆に創作意欲がなくなってしまう。そしてなにより、なんとか無事に同人ゲームを完成させた彼はその後どうしたいのか?

すごい。こんなにドラマチックな小説を長いこと読んでいなかった気がする。なんて言うと自分の読書体験が貧弱だと晒すようなものかもしれないけれど、名作文学と呼ばれるものでも盛り上がるまでが結構退屈だから、終始読ませてくれて萌えて笑えて盛り上がるってのはすごいと思う。

と、ひとまず持ち上げておくけれど、感動の余韻の中で色々と考えてしまった。

この作品ってほとんど創作活動だけに焦点が当たっている。加藤恵が怒った本当の理由が描かれる場面でまず「あれ?」って思った。最初に読んだときはまあこんなものかと流したのだけど、読後に振り返ってみると本当にそれだけのことなのかと驚いた。

そして一番盛り上がる霞ヶ丘詩羽とのシーンなのだけど、主人公の倫也とひいては読者が揺り動かされる感情というのは、もう純粋に創作活動に関することだけ。詩羽のほうには恋愛感情というものがあるけれど、倫也のほうにはそれはない。あるようには見えない。

自分は主人公の倫也の気持ちがとてもよく分かる(?)し、この展開はすごく衝撃的で目が離せなかったのだけど、一体自分が何に対して心を動かされたのだろう。物事が思い通りにいかない悲しみ?自分が卑小に思えてならない挫折感?うーん、違うと思う。突き詰めていくと、倫也を揺り動かした気持ちというのは、純粋にクリエイターとして仲間に突き放されたことなのだと思う。それ以上でも以下でもない。これってどのくらいの読者の共感を得られるのだろうか?

この作品は、倫也が純粋にクリエイターとして成長していく物語なのだと思う。そこに創作活動以外の喜びや悲しみや人間的な成長や色恋なんてものはない。最初の同人ゲーム制作での倫也の役割はプロデューサーだったけれど、たぶんこのあとシナリオライターになっていくのだと思う。決めつけてしまうようだけど、作者が描きたいのはきっとそういう話なんじゃないかなあと思う。

勝手に決めつけておいて話を続けてしまうと、自分はそういう話を読みたいんじゃないんだよなあ。って、すごく面白いので先を期待してはいるのだけど。もっとこう、根源的で幅広い悩みとか感情の数々がうねるような、そんな話が読みたい。なのに、倫也にとっては創作活動がすべてで、それ以外の感情は持っていないかのように見える。結局、加藤恵との出会いって単なる創作の原点ってだけなんだろうか。次回作こそ加藤恵の魅力を前面に出そうとしているのだけど、本人を目の前にしてまさか照れているだけってこともないだろうし、代償行為のはずが倒錯してそれ自体が目的となってしまったところの「創作活動」にのめりこんでいくのだろうか?まさにそれこそがクリエイターなのだから。

今回、英梨々の短いデレ期が描かれたのだけど、もうあれで終わりなんだろうか。誰かに認められることっていうのはクリエイターにとっての大きな目的の一つだと思うのだけど、それが彼女の場合は倫也だった、みたいな流れにはならないんだろうか。ならないんだろうなあ。人を突き動かすエネルギーっていうのは色々あるもので、そういった様々なエネルギーのうねりを見せてくれるほうが広くて深い感動を得られると思うんだけど、作者にとってはあまり関心がないのかなあ。

と痛い文章を書いてしまったけれど、読んだあと久々に色々なことを考えたのを残しておきたいので置いておく。

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