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シドニアの騎士 14巻まで

弐瓶勉 (講談社 アフタヌーンKC)

まあまあ(10点)
2015年7月12日
ひっちぃ

空想未来の人類は、奇居子(ガウナ)と呼ばれる謎の粘菌状の生命体に侵略され、地球を放棄していた。そんな人類の一部が乗る巨大な移民船シドニアの中で、祖父の遺言を守って古い区画の中で生まれたときから一人孤独に暮らしていた谷風長道(ながて)だったが、あるとき米泥棒をして見つかって拘束されてしまう。初めて人間社会と触れることになった彼が、様々な人々と出会い交流し自分のやるべきことを見つける。少年マンガ。

2014年4月にアニメ化されたのを見てそこそこ衝撃を受けた。いわゆるSF作品なのだけど、世界観がオリジナリティにあふれていて(パクり元が何かあるのかもしれないけど)魅了された。題に「騎士」とあるのに東洋風で随所に漢字が使われていたり、あえて人間味を出したくない人物が能面みたいなものをかぶっていたり、文明として進化しているのだけど雑然としていて汚れていたりしている。

この作品の最初の面白さは、隔絶された人類の集団の中からさらに隔絶されていた主人公の谷風長道が、長いこと一人でいた間にロボットの操縦訓練を積んでいて、その腕が買われて戦いでたちまち英雄になっていくこと。まあロボットものの王道なんだけど。

敵の奇居子(ガウナ)が本当に気持ち悪い粘菌みたいな感じ。ほぼ唯一の弱点が「カビザシ」と呼ばれる独特のカビの付いた槍で、こいつにコアが触れると胞状分解する。でもコアは胞衣(エナ)と呼ばれる肉みたいな組織に包まれているので、最初にそれをはがさないと倒せない。

奇居子(ガウナ)は色んな形になり、人類の模倣をして多彩な攻撃を覚えて仕掛けてくる。人類も次々と新兵器を作っていくのだけど、いたちごっこみたいになっている。

こんなとてもハードなSFなのにラブコメ要素まである。まずは一度生死を共にすることで親しくなる星白閑(しずか)。そして男でも女でもない中性の科斗瀬イザナが、最初は仲間として親しくなり、徐々に主人公に惹かれていく。こいつは普通に男と女の中間で、美形なわけじゃないんだけど、なんか見ていて魅力を感じてくる。

他に才能を見出されて司令補として活躍することになるメカオタク少女の緑川纈(ゆはた)、融合個体(もう人間じゃない何か)の白羽衣つむぎ、アンドロイドの市ヶ谷テルルと、ハーレム化してくる。でも例によって主人公が鈍いのでなかなか進展しない…かと思いきや、作者にとってどうでもいいからなのか普通に話が動くのだった。自分の勝手な憶測を言わせてもらうと、たぶん作者はラブコメにはあんまり興味がないと思う。

というかきっと出来ればハードSFだけを描きたい人なんだと思う。自分が思い描いていた展開として、主人公の谷風長道自身が言っているように集団生活やその中で育まれる文化や文明(ジャンクフードなど)の愛おしさをテーマとして話が進んでいくのかと思っていたのだけど、そんなテーマはたまに言い訳のように出てくるだけなのだった。これって結構みんなの共感(か反発)を得られそうなすごくいいテーマだと思うんだけどなあ。

移民船シドニアの権力構造や、かつてこの船で何があったのかといった謎が明らかにされていくのもこの作品の魅力となっている。世界観が独特すぎて、最初は何から何まで分からないまま話が進んでいくので、なんでもないことでも一つ一つ明らかになっていくことが楽しい。まあたぶんこういうのは好きな人じゃないと訳わからなくてつまらないんだろうなあ。自分は大好きなんだけど。

アニメはポリゴン・ピクチュアズというところがフルCGで作っていたからあんまり感じなかったけど、原作を読むと宮崎駿「風の谷のナウシカ」のマンガ版の終盤を思い出した。あの訳の分からない粘菌とか、人間がゴミゴミしたところで生活している感じが。宮崎駿みたいに自然や人間がどうこうとか描いたら大ヒットするのかも(笑)。

アニメの二期がちょうど先月終わったところなのだけど、融合個体の白羽衣つむぎのコミュニケーション用の端末の姿かたちがまるで男性器のようで、ネット上では「上級者向け過ぎたな」と言っている人がいて笑ってしまった。こいつが女の人格を持っていて女声で主人公になびくのだから、大半の人は置いていかれたんじゃないだろうか。

主人公の谷風長道がラッキースケベに失敗してボコボコになる描写がたびたび描かれる。あんまり面白くないんだけど、これがなかったらモテモテ描写だけになっちゃうからなあ。

ハーレムものの鞘当てとして、男でも女でもない中性の科斗瀬イザナのことを緑川纈(ゆはた)がわざと「イザナくん」って呼ぶところとか、結構本気で牽制しあっているところが面白い。イザナの名前は日本神話の「イザナギ」「イザナミ」の兄妹の名から取っているみたいで、男でも女でもないから「イザナ」にしたらしい。自分はSFの一番の魅力はこういうありえない設定で普通なら描けない何かを描けることだと思っているのだけど、イザナの振る舞いを見ていると小中学生の頃の子供たちが男と女になっていくときのようななんともいえない感覚が蘇ってくる。じゃあ小中学生を描けばいいじゃんだとか、精神的に未発達な若者を描けばいいだけだと突っ込まれそうだけど、うんそれは確かにその通りだから反論できないものの、これはこれでいいものだと思う。

ライバルキャラとして岐神(くなと)海苔夫というロンゲイケメンが出てくる。シドニアの中のエリート一族の御曹司で、本来なら自分がいるべき場所を主人公に奪われたように感じ、ついには主人公に対してとんでもないことをやる。でも主人公はそれほど意に介さない。これは普通に考えればすごく不思議だしありえないことで、物語そのものを台無しにしてしまうんじゃないかと思った。ただ、多分主人公にとって集団生活の中での悪意というものがまったくなじみのないものだったので、戸惑っていたのかなあとも思う。にしても普通だったら失ったものに対する感情が爆発してきっと何か大きなアクションがあったと思う。あまり興味がないのでこれ以上の想像はしないけれど。

とにかくアニメ版が素晴らしかった。原作あってのアニメなのだけど、原作の魅力的な世界観をさらに一歩深めて描写していて、不思議なサウンドトラックと相まって独特な世界を構築していた。原作を読んでいると、特に星白閑との一夜のシーンってアニメだと序盤のハイライトだけど原作だとこれだけだったのか、みたいに思った。

主人公やそれぞれの人々の物語性というかそもそもの描写が薄く、ハーレムも不徹底だし、魅力的な世界観にも哲学が感じられない。ひたすら世界観だけが光っている作品のように感じられてならなかった。その分、押しつけがましいことがなく、甘っちょろい展開にもならず(ハーレムや特別扱いを除く)、辛口の展開が楽しめると言うこともできると思う。こういうのが好きな人もいるんだろうけど、自分はそんなにこの作品を好きになれなかった。

艦長の物語が披露されたとき、いま思えばもっと感動できたんじゃないかと思ったのだけど、読んだときはまるで涙腺を刺激されなかった。なんでだろう。普段仮面をかぶりすぎているからなんだろうか。初期の船員たちの物語が感動的にならないのは、それぞれの人々の意志がうやむやになっているからなんじゃないだろうか。なぜ主人公の「祖父」は一人引きこもってしまったのか。艦長は何を思って戦い続けているのか。ヒ山さんの主人公への接し方にはどんな思いがあるのか。そして彼らの思いは今の世代に引き継がれていないのか。

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