ど根性ガエルの娘
大月悠祐子 (ヤングアニマルコミックス)
傑作(30点)
2026年1月5日
シャツに張り付いたカエルのピョン吉とやんちゃな中学生の男の子ひろしが活躍する昭和の大ヒット少年マンガ「ど根性ガエル」を描いた吉沢やすみの娘が、その後スランプに陥って荒れていた父と崩壊した家庭を描いたエッセイマンガ。
自分はこの人の弟と小学校低学年の頃に同級生だったことがあり、当時の風俗とか描かれていたら懐かしいだろうなあと思って読んでみたらとんでもない内容だったw
まずは父である吉沢やすみがいかに落ちていったかが描かれる。家族に当たり散らし、子供の金まで盗んでギャンブル三昧、マンガの仕事13本を放っぽり出して家を飛び出し、駅の清掃員とかもやっていたという衝撃的な事実の数々。
一方で、全盛期には編集者にソープに連れて行ってもらって脱童貞したり、集英社のパーティに娘を連れて行って有名な先生たちに会わせてあげたり、真剣にマンガを描いている後ろ姿を見せていたりといったエピソードも描かれている。
作者が小さい頃に集英社のパーティで「キャプテン翼」の高橋陽一のところに一人で行ってサインのついでに(主人公の大空翼ではなくて)岬くんの絵を描いてもらっていたのが妙にリアルだったw
ここまでが単行本にして2巻ぐらいまでの話で、ここから自分と家族の本当の問題について赤裸々に語り始める。無茶苦茶な父親から詰められただけでなく、一緒に耐えていたはずの母親からもはけ口にされていたこと、学校で生きづらさを感じていたことなんかが描かれる。
そんなこんながあって、なんとかなりました、めでたしめでたし、では終わらない。
今度は夫である同じマンガ家の大井昌和との話になる。DV(ドメスティック・バイオレンスつまり家庭内暴力)していると言われ、カウンセリングを受けろと迫られることになる。そこで彼女はカウンセラーに会って自分の気持ちを語り、指導を受けて行動していくことになる。
親から虐待を受けた子供が自分も子供に同じことをするというのはよくある話なんだけど、この人の場合はそれを自覚しており子供は作らなかった。しかし、彼のほうが彼女に甘えたことにより二人の問題が燃え上がるのだった。
彼は彼で問題を抱えており、学校に通っていた頃は授業なんて教科書さえ読めば十分だからと、教科書はすぐに読みつくしてあとは授業中に図書館の本を片っ端から読んでいたり、自由を妨げられることは死と同じなんだと言って極端に恐れていたりしており、能力があったのでそれでやっていけていた。自分を否定するような人が現れたら自分から切り捨てていっていた。しかし彼女と出会ってからは彼女に嫌われるのだけは耐えられなくなって狂っていってしまう。
なんだかんだで落ち着いたと思ったら急にまたぶり返した場面が描かれているんだけど、そのとき作者が冷静になって、あれ?これは新しいパターンだぞ?ここは対話しなきゃ、みたいに考えるところがなんかおかしかった。精神の病って良くなる前にこういうのがあるらしくて、結構真剣に勉強していたんだなあと思った。
この作品がここまで描けたのは、主要な関係者が全員尖ったクリエイターだったからだろう。父である吉沢やすみと、夫である大井昌和、そして自身がいずれもマンガ家であり、悪く描かれることも許容していた。母親と弟は普通の人だけど二人とも医療関係者だった。編集者も匿名の人が多いけど一部特定できそうな描かれかたの人は許可を出したのだろう。
一部の編集者は最後を円満な形で終わらせたかったらしく、それが読者の求めるものだと言っていた。それは確かにそうだと思う。でもそうしなくてよかった。
昭和の頃に「積木くずし」という本とドラマがあって、不良少女になった娘との間で本当にあったことを描いて大ヒットし、最終的に娘が更生してめでたしめでたしとなったはずが、再びグレて台無しになった事件があった。自分は世代じゃないので精神分析学者の岸田秀の文章で知ったんだけど、結局何も変わっていなかったことが破局を呼んだのではないかと解説していた。
ちなみにその岸田秀は自分の母親が今でいう「毒親」だったことを語っていたのだけど、その母親とは十分な対話ができなかったみたいだった。それに対してこの作品は、父親も母親も夫もみんな心情を語っている。どこまで本当なのかはともかくとして。
絵は基本的に等身の低いデフォルメの効いた絵になっている。実際のところはどうか知らないけれど、父の吉沢やすみが娘に対して西原理恵子みたいな作品を描けと言っているシーンがあり、意図的に寄せていっているのだと思う。ちょっと笑ってしまったw この人自身の絵は、代表作が「ギャラクシーエンジェル」なので普通のアニメっぽい絵みたいだった。
時系列が何度も行き来する。あんまり気にしなくても大丈夫だと思うけれど、時々ちょっと混乱した。ちゃんと年月を書いているので読めばわかるんだけど、読み取るのがめんどうくさかった。
こういうエッセイにありがちな自己美化については、あるっちゃあると思うんだけど、ぶくぶく太っていた頃の自分も描いているし、読み終えたあとでこの人のことを一方的な被害者だと印象づけられたわけでもなかったので、十分気を使ったんだろうなと思う。
あまりエンタメではないので読む人を選ぶだろうけど、精神の病について興味がある人はぜひ読んでみるといいと思う。
自分はこの人の弟と小学校低学年の頃に同級生だったことがあり、当時の風俗とか描かれていたら懐かしいだろうなあと思って読んでみたらとんでもない内容だったw
まずは父である吉沢やすみがいかに落ちていったかが描かれる。家族に当たり散らし、子供の金まで盗んでギャンブル三昧、マンガの仕事13本を放っぽり出して家を飛び出し、駅の清掃員とかもやっていたという衝撃的な事実の数々。
一方で、全盛期には編集者にソープに連れて行ってもらって脱童貞したり、集英社のパーティに娘を連れて行って有名な先生たちに会わせてあげたり、真剣にマンガを描いている後ろ姿を見せていたりといったエピソードも描かれている。
作者が小さい頃に集英社のパーティで「キャプテン翼」の高橋陽一のところに一人で行ってサインのついでに(主人公の大空翼ではなくて)岬くんの絵を描いてもらっていたのが妙にリアルだったw
ここまでが単行本にして2巻ぐらいまでの話で、ここから自分と家族の本当の問題について赤裸々に語り始める。無茶苦茶な父親から詰められただけでなく、一緒に耐えていたはずの母親からもはけ口にされていたこと、学校で生きづらさを感じていたことなんかが描かれる。
そんなこんながあって、なんとかなりました、めでたしめでたし、では終わらない。
今度は夫である同じマンガ家の大井昌和との話になる。DV(ドメスティック・バイオレンスつまり家庭内暴力)していると言われ、カウンセリングを受けろと迫られることになる。そこで彼女はカウンセラーに会って自分の気持ちを語り、指導を受けて行動していくことになる。
親から虐待を受けた子供が自分も子供に同じことをするというのはよくある話なんだけど、この人の場合はそれを自覚しており子供は作らなかった。しかし、彼のほうが彼女に甘えたことにより二人の問題が燃え上がるのだった。
彼は彼で問題を抱えており、学校に通っていた頃は授業なんて教科書さえ読めば十分だからと、教科書はすぐに読みつくしてあとは授業中に図書館の本を片っ端から読んでいたり、自由を妨げられることは死と同じなんだと言って極端に恐れていたりしており、能力があったのでそれでやっていけていた。自分を否定するような人が現れたら自分から切り捨てていっていた。しかし彼女と出会ってからは彼女に嫌われるのだけは耐えられなくなって狂っていってしまう。
なんだかんだで落ち着いたと思ったら急にまたぶり返した場面が描かれているんだけど、そのとき作者が冷静になって、あれ?これは新しいパターンだぞ?ここは対話しなきゃ、みたいに考えるところがなんかおかしかった。精神の病って良くなる前にこういうのがあるらしくて、結構真剣に勉強していたんだなあと思った。
この作品がここまで描けたのは、主要な関係者が全員尖ったクリエイターだったからだろう。父である吉沢やすみと、夫である大井昌和、そして自身がいずれもマンガ家であり、悪く描かれることも許容していた。母親と弟は普通の人だけど二人とも医療関係者だった。編集者も匿名の人が多いけど一部特定できそうな描かれかたの人は許可を出したのだろう。
一部の編集者は最後を円満な形で終わらせたかったらしく、それが読者の求めるものだと言っていた。それは確かにそうだと思う。でもそうしなくてよかった。
昭和の頃に「積木くずし」という本とドラマがあって、不良少女になった娘との間で本当にあったことを描いて大ヒットし、最終的に娘が更生してめでたしめでたしとなったはずが、再びグレて台無しになった事件があった。自分は世代じゃないので精神分析学者の岸田秀の文章で知ったんだけど、結局何も変わっていなかったことが破局を呼んだのではないかと解説していた。
ちなみにその岸田秀は自分の母親が今でいう「毒親」だったことを語っていたのだけど、その母親とは十分な対話ができなかったみたいだった。それに対してこの作品は、父親も母親も夫もみんな心情を語っている。どこまで本当なのかはともかくとして。
絵は基本的に等身の低いデフォルメの効いた絵になっている。実際のところはどうか知らないけれど、父の吉沢やすみが娘に対して西原理恵子みたいな作品を描けと言っているシーンがあり、意図的に寄せていっているのだと思う。ちょっと笑ってしまったw この人自身の絵は、代表作が「ギャラクシーエンジェル」なので普通のアニメっぽい絵みたいだった。
時系列が何度も行き来する。あんまり気にしなくても大丈夫だと思うけれど、時々ちょっと混乱した。ちゃんと年月を書いているので読めばわかるんだけど、読み取るのがめんどうくさかった。
こういうエッセイにありがちな自己美化については、あるっちゃあると思うんだけど、ぶくぶく太っていた頃の自分も描いているし、読み終えたあとでこの人のことを一方的な被害者だと印象づけられたわけでもなかったので、十分気を使ったんだろうなと思う。
あまりエンタメではないので読む人を選ぶだろうけど、精神の病について興味がある人はぜひ読んでみるといいと思う。