岩倉使節団という冒険
泉 三郎 (文春新書)
まあまあ(10点) 2005年1月8日 ひっちぃ
大政奉還が行われ明治政府になってから間もないころに、政府の主だった人間、岩倉具視を大使として大久保利通や伊藤博文や木戸孝允などが、なんと632日間も欧米視察旅行を行った。その使節団に随行して記録した歴史学者久米邦武の記録を中心に、近代史上の壮挙か暴挙かと作者の言うこの大旅行を簡潔にまとめた本。
私はこの使節団についての岩倉具視を茶化した川柳ぐらいしか思い出せなかったのだが、作者がはじめに語るように、この視察は常識では考えられないスケールがある。若手を送るならまだ分かるが、既に実力者となっていた人までも行ってしまい、帰ってくるまでは政府は重要な決め事を行うなという取り決めまであったという。つまり、予定外の延長もあったが、一年以上も日本を半分以上麻痺させてまでも、日本はこの使節団に掛けていたのである。
行く先々で、新興国家日本の一行は大歓迎を受ける。国や都市に入るたびに、その場所で一番偉い人からかなりの有力者が出迎え役として派遣されてくる。迎えられたらその後には歓待が待っている。
視察先は都市や各種工場だけでなく観光名所や農村まで多岐に渡る。ありとあらゆるところを見て周ったようだ。国によって特徴があり、その特徴について考察する記述がある。翻って自分たち日本はどの国のどの部分を参考にしたらよいのか、随行員同士で活発な論議が行われる。
ほんと、この使節団の人たちは幸せだなと思う。俗っぽく言うと、うまいもん食って行ったことがなかった場所に行って目新しいものをたんまり見てきて、しかもそれを国の金を使ってやっていた。数日とか数十日ではなく数百日もだ。うらやましい。
この本の最大の魅力は、明治まもない頃の欧米の様子がスナップショットのように描かれている点だろう。新興工業国アメリカ、最初に産業革命を起こしたイギリスを始めとして、依然としてヨーロッパの文化的中心となっていたフランス、勤勉で高い技術力を持って日本と似た気質のドイツ、とまあよく知られていることも多いが、ディテールの描写によりもっと細かく伝わってくる。私はこの本を読んだことで当時の空気みたいなものを掴んだ気になれた。
この本を批判すべき点もある。まず最初に鬱陶しいと思ったのは、作者の想像で書いている部分だ。読者に雰囲気を伝えたかったのだろうと思うが、はっきり言って余計だ。才能ある作家にのみ許されるべきことだろう。たとえば、
(もうひとり大鬼が残っているな)
大熊、井上はそう思ったに違いない。
いらない。こんなの。
行く先々の国々で似たような描写があるのも飽きがくるが、まあヨーロッパ系の近代国家ばかり回ったのだからそれも当然か。むしろ少しずつ違う点をわりと書いてくれていたのかもしれない。この地では誰それが歓待してくれた、日本とはこれこれこういう関係があった、という記述が逐一書かれるので、こういう地味で淡々とした話が好きじゃないと平坦な感じがすると思う。
彼らが帰国してから、この使節団の成果がどのようなものであったかの考察が簡単に書かれている。かなり物足りない。まあ新書だし道程中心になるのはしょうがないのか。一応西郷隆盛らとの決別まで持ってきているのだが、明確に使節団の成果なのかというところまではいってないんじゃないだろうか。
内容のある本だとは思うが、あまりスカッとしないのは何故なのだろう。半分以上、久米邦武「米欧回覧実記」の副読本のようになっている。作者の個性も筆力もいまいちなんじゃないだろうか。良く言えば、無難にまとめているということになるが、なんかいまいちな感じだ。特に、岩倉使節団という事実そのものが強烈なつかみになっているので、いざ内容を語る段になると、ふーんっていう感じがするのはしょうがないのかもしれない。
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