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    田中 弘 (新潮新書)

    傑作(30点)
    2005年5月17日
    ひっちぃ

    時価会計制度こそが今日の不況の本当の原因であると告発した本。実体に即した会計をつけるために時価会計にしても、ごまかす方法が増えただけで却って見えなくなったばかりか、会計の本質から足を踏み外してしまったのだと主張している。

    まず作者が分かりやすい話として説明しているのは、モノの価値とは何かということだ。原価会計だと、モノがいくら値上がりしようと値下がりしようと、買ったときの値段しか記録しないので、現時点でどのくらいの価値があるのかが分からない。では時価会計がいいのかというと、こちらも問題がある。限られたものをたくさん買い集めていくと、市場からモノが少なくなっていくのでどんどん価格が上がっていく。逆にあるモノを一度に大量に売ろうとすると、市場にあふれてしまい価格が暴落してしまう。時価いくらのものをどれだけ持っているかというのを掛け算しても、そのとおりに売り切ることは出来ないのだ。そういうものをバランスシートに載せてしまうと、実体に即した会計とはならないのだ。

    時価会計の特徴として、損益として計算できそうなものはなんでも計上してしまうという考え方がある。それは将来の利益を現在計上することも可能にした。グローバル・クロッシングというアメリカの巨大な通信会社は、自分が敷設した通信回線を他社に長期間貸す契約をしていたが、赤字をごまかすために未来の利益を現在にもってきてしまった。この例は単純だが、時価会計を駆使すると、その道の専門家でさえ分析不可能になり、いくらでも損益をでっちあげることができるという。

    ではなぜ時価会計により不況が起こったと作者は主張するのか。

    時価会計になったことにより、本来売らなくてもいいようなものまで売らなくてはならなくなったからだ。なぜ売らなくてはならないのかというと、売らずに持っておくと企業の会計にマイナスとなって反映されるからである。将来必ず花開くと思ってじっくり待つということが出来なくなるのだ。

    時価会計は全世界的な動きかと思わされてきたが、実は導入しているのはアメリカと日本ぐらいのものだという。しかもアメリカは実質的には外国企業にだけ適用しているというから驚く。しかも日本の会計制度は非常に中途半端なもので、いくつも出された国際規格のうち、そのままでは使えませんよと注釈がついたまま出されたものをそのまま使っているというのだ。

    ではどうしたらよいか。原価会計をベースに、必要な注釈をつけるだけでよいと言っている。会計は企業の実体を照らすための道具で、フェアな投資が行われるための必要不可欠な情報公開の一つだ。個人投資家も必要最低限の注意力を持てば大丈夫だということなのだろう。

    私はこの評を書くためにこの本をざっともう一度見直しているところなのだが、主張が単発的にポコポコ出てくるので、内容をだいぶ忘れていた。きちんと一つの流れで書いてくれていれば、流れにそって思い出すことが出来ただろうし、すんなりと頭に入っていたと思う。いろんな角度から分析して見せたところは良かったのだが、散漫な感じがする。

    その散漫さも、経済や会計を理解するための読み物と考えれば、それなりに読み応えのあるものではあった。V字回復を演出する損失先取り会計のことを減損会計と呼ぶだとか、金と錫と半々で出来た壷を百万で買ってから金の部分だけ99万で売って帳簿上は半分売ったことにして残り半分50万の価値が残っているようにする手法だとか、ちょこちょこと興味を引く話が語られている。

    図らずも現代の経済を理解するための入門書ともなっていることを評価したい。

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