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  • ものぐさ箸やすめ アメリカと日本、男と女を精神分析する

    岸田秀 (文春文庫)

    傑作(30点)
    2007年10月2日
    ひっちぃ

    精神分析学の始祖フロイトのオリジナル理論を元にネオテニー説や社会心理学を取り入れて独自の理論を構築した岸田秀が、いろんな雑誌に書いた短めの「雑文」をかき集めた短編集。

    岸田秀は私がもっとも尊敬する学者なのだが、文春文庫になっている10冊近くの本にはいままでまったく手をつけていなかったので、これから買い集めて読むことにした。

    この人は最初の本で自分の言いたいことは全部書き尽くしたと言っているのでそれ以降特に何も書いていないと思い込んでいた。

    まあでも確かにその言はある程度本当だと思う。今回この本を読んでもそんなに目新しいことは無かった。

    まずストラスブールでの生活と、フジモリ大統領とのちょっとしたつながりについて書いている。ストラスブールというフランスとドイツの境界にあって揺れ動いていた特殊な地域についての考察は、国家を精神分析するという作者が一貫して行っていた流れの延長に過ぎない。アメリカについても湾岸戦争が材料に加わったが基本的に主張にまったく変化は見られない。

    ただ、最初の作品が出た頃には無かった社会現象について語っている文章を読むととても新鮮に感じる。繰り返すが作者の主張には良い意味でまったく変化がなく、この人の理論が随分前から確立されていたことに改めて驚く。そしてその理論をずっと前から知っていた私は、その理論を最近の社会現象に当てはめて考えることが出来ることにさらに驚く。まあ最近といってもこの本に収録されている「雑文」は90年ちょっと過ぎぐらいのもう十数年前のものなのだが、あまり古さを感じなかった。

    ちなみにわざわざ「雑文」とかぎ括弧でくくっているのは作者が自身の文章をそう読んでいるからであり、しかしそのまま雑文と書くのは畏れ多いからである。

    さてこの本単独での価値について評すると、やはり「雑文」集だけあって作者の理論が根元からは紹介されていないのが欠点として挙げられるだろう。よそで書いてるからここでは詳しくは説明しないよ、という注記がいたるところにある。まあそれは最初の書「ものぐさ精神分析」三部作を読むのが一番良いと私も思うし、中途半端に説明するのはかえってよくないだろう。一方でこの本には読みやすさがある。あまり深いこと考えずに知的な楽しみを刺激してくれる。それで十分ではないだろうか。ここまで手軽に知的に興奮できる本はなかなかないんじゃないだろうか。

    そしてやはりどうしても挙げなければならないのは、精神分析学というもの自体の持つ怪しさがある。これを受け付けないという人もいるだろう。科学的にしっかりしたものでないと認めないし読みたくもないという人の態度も私には一応理解できる。とはいってもここまでしっかり理論化されているものに対して「あやしい」の一言で片付けることが出来る人は逆に偏屈すぎるんじゃないかと思う。べつにこれが世の中の確固たる真実だというわけでもないし、作者自身そこまではっきりと断言しているわけでもないのに。

    そんなわけでこの気軽に楽しめる知的な娯楽を私は出来るだけ多くの人に勧めたい。

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