もし、日本が中国に勝っていたら
著:趙無眠 訳:富坂聰 (文春新書)
まあまあ(10点) 2007年11月14日 ひっちぃ
旧日本軍の実際を様々な文献の記述から冷静に掘り起こし、これまで中国人が感情的になって憎悪してきた日本と中国の善悪両面を事実に即して突きつけ、中国のネット界で大論争を巻き起こしたとされる有名な論文『如果日本戦勝了中国』を訳したもの。
私はこの本を週刊文春の誰かの読書日記かなにかで知って多少気になっていた。もし日本が中国に勝っていたとしても、旧日本軍はこれまでの中国の歴史上存在した唐や清などの外来王朝となんら変わりない道をたどり、逆に中国化されるのではないかと主張していると紹介されていた。私自身も大体このような考え方を随分前から自分でしていたので、それならあっちの人はどんなことを言っているのか気になった。といっても積極的に手を出すほどのものとは思えなかったので長く放置したが、何かの拍子についでに目に入ったので買って読んでみた。
この論文(?)は論旨が定まらず、とにかく色んな事実とそれに付随する主張を詰め込んだ雑多なものとなっている。だから何を一番言いたいのか分かりにくいのだが、あれもこれもと興味深いこと刺激的なことを詰め込んでいて破壊力がある。
まえがきで訳者が述べているように、この論文は進歩的な皮肉屋の中国人が同じ中国人に向けていわゆる「煽り」で書いたものだと思う。しかし面白半分に煽るのではなく、事実の持つ威力が現代中国人の欺瞞をひっくり返そうとする筆致は書き手も読み手も真剣にならざるをえない。だからこそこの論文がネットで評判になったのだろう。
前置きが長くなったがこの本の内容を要約するとこんな感じである。
1. 第二次世界大戦の真実
中国は運良く連合国の側に加われたとか、枢軸国=悪というのは能天気な考え方で連合国はもっとひどかった、など。
2. 日本の中国文化への接し方
日本はなんだかんだで中国人を人間として扱ったし文化も尊重したとか、日本人は唐の頃の中国人の発展形だとか、現代の中国語がいかに近代の日本語から影響を受けたか、など。
3. もし日本が中国に勝っていたとしても
内紛に明け暮れて頼りない中国人勢力よりも、日本という外来勢力のほうが人民から信頼されていたとする資料があるとか、日本人は侵略者であると同時に次世代の中国を作る礎になった可能性もある、など。
あとはちょこちょこ気になったことを紹介する。
「〜的」という表現はいかにも中国語っぽい表現に思うが、実は近代になって日本語から輸入されたものらしい。他にもいくつかの具体例を挙げていかに日本語の影響が強かったかを説明している。あと日本に留学した中国人がいかに多かったかなど、今の中国人にとってはショッキングなことかもしれない。
ことあるごとに枕詞的に日本軍の侵略や残虐性を訴えるが、作者はあまりこの点に熱心ではなく言い訳がましい。
南京で30万人虐殺説を採ってはいるが、これまでの中国の歴史上、戦闘後や都市の陥落後に数万〜数十万、下手をしたら百万を超える虐殺は普通にあったと枚挙している。
日本が中国と一つになって近代的国家としていち早くまとまったら超大勢力になったのではないかという可能性も述べている。実際にはこれは実現されなかったが、人口の大きい近代国家としてなんとか維持できている中国のこれからの未来が明るいことを宣言しており、ヨーロッパのような小国の集まりが競い合って優れた文明を育てたという学者の説を一蹴している。
旧日本軍が慰安所を作ったのは無秩序な暴行を防ぐためだったし実際他国特にソビエトからより被害が少なかったとちゃんと書いてくれている。
中国方面軍司令官だった岡村寧次をはじめとして日本の軍人は中国の文化を尊重し、民家に踏み込んでもやたらとモノを壊さず陶器などの芸術品を愛でたと書いている。一方でドイツ人らはとにかく壊しまくったという。日本の支配地域では中国語を廃止せず逆に文学も認めて振興していたらしい。
近代の中国人のふがいなさを責める記述が比較的多かった。きわめて理性的な批判になっており、もしこの批判を元に中国人の意識が変わるのならば、中国は現代国家に生まれ変わるのではないかと思った。この論文を読んでどのくらいの中国人がどの程度認めたのか分からないのでなんとも言えないが。
ところで私は2001年ぐらいに海外の掲示板(heavengamesなど)でSAPIOなどから仕入れたこの手の情報をKanjiという筆名で英語で書き散らしていたことがある。内容は主に第二次世界大戦の真実や、「人民」とか「共和国」なんていう単語は元々日本語だったとかの文化関連、それに日本が侵略したとされる地域がいま他の地域と比べて発展しているなどである。私の英語がまずかったせいもあるだろうが当時はあまり大した反応がなかった。ちょうど皇太子に子供が産まれたときに、愛子という名前は中国の古典からとってつけられたとか、「電脳」とか現代中国から再び日本に輸入された単語もあるなど好意的なことも書いた。そういうのがめぐりめぐってこの論文にもつながっているんじゃないかと夢想するのは私の誇大妄想だろうか。
そういえば9.11が起こる前に「現代社会は脆弱だからFedEx(航空便)で核爆弾が運ばれる可能性がる」なんてことも書いた覚えがある。
(最終更新日: 2007年11月14日 by ひっちぃ)
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